愛一蹴

誰にでも、虫の居所が悪い時がある。
何故かわからない原因不明の怒りがあることや、些細なことで異常なほど癇に障ることなど、人間なら一度は経験あるのではないか。
勿論それには原因があるのだろうが、無性に、というようなものだ。

そんな、傍迷惑な虫の居所が悪い時。
何の因果かはわからないが、その時が重なってしまったら、どうなるだろう。

簡潔に言うと言い合いになったり喧嘩になるだろう。
片方がそうでも、なんでそんなことで言うのだなど、喧嘩になるだろう。
原因がどんなに些細なことであろうと、怒りたくなってしまうののがこれの迷惑なとこ。

執筆作業も一段落し、部活も無いとなればこれは甘いものでも食って寝るしかない。
朝、今日も学校があると勘違いした母親に午前7時に起こされ不満が溜まっていた。

低血圧であまり食べないとは言え、起きてから時間もたったのでお腹がすいた。
ちなみに二度寝出来なかったのでもさもさと一時間程かけて布団から出た。
母親は既に何処かへ出かけており、ご飯の量は通常通りで少なすぎる。

小さな苛立ちが溜まるが、今日はゆっくりできるとあまり気にならなかった。

筈なのだが、先輩が約1時間ほど前にやってきて、更に15分程立ったその時。

「バスケしに行かなーい?」

「嫌ですよ。ただでさえ今疲れてるんです」

「えー、バスケ嫌いなのー?」

「勿論嫌いに決まってるでしょ」

朝から不本意な出来事が起こりまくり、先輩が遊びに来てくれて内心歓喜した。
恋心からもたらされる、少女漫画で言う甘酢っぱい、くすぐったいような心境だ。

だからこそ、二人で居たいと言う気持ちも強かった。
それに伴い元々あった家でゴロゴロしたいと言う思いと重なり、家に居たかった。
なのに先輩は外に行きたいと言う。

自分の中によくわからないスイッチがあったのだろうか。
それがそんな些細な先輩の提案に力強く押されてしまった。

自分でもそうゆう風に先輩に言うなんてと思う。
進行形で動いていた唇を思いながら、まるで他人事のように考えた。

「・・・俺がバスケ誘ったの本当に迷惑だったんだねぇ?」

「あれ無理やりでしたもんね」

声が低いことに気付いていながらも止まらない口。
ついでに言えば先輩から完全に顔を背けてパソコンを立ち上げている。
先輩の顔なんて見えなくて、そぉっと冷汗が流れる感覚がわかる。

不味いなと思いながらそのまま液晶画面を眺めていると後ろからは本を捲る音がする。
このタイミングで本読むかと思ったが、現に今俺は勝手に機嫌を損ねてパソコンしているという正にこのタイミングでするかという行動をしている。
自分のことを棚に上げるなよと言われればそれまでなのだが、今の俺は本当に、ただ先輩を責める言葉しか思いつかなかった。

そして、午後5時。
誰か第三者が居れば確実にお前ら何してるんだと言うツッコミが聞こえてくる。
ちなみに先輩がやってきたのは午後2時30分。

「俺、そろそろ帰るねー」

その宣言は唐突に。
だが既に帰る支度は終わらせており、振り向いたときにはドアノブに手をかけていた。

開く扉に何を思ったか、身体が勝手に動き出し、まるで体当たりでもするように先輩のもとへダッシュで向かうと、何故か抱きしめられた。

「・・・先輩」

「やっぱり、時雨はツンデレだねー」

「違います」

身体がぶつかり合い、俺はそのまま先輩の腕を掴むつもりだった。
体当たりなのは何というか、勢いだ。

なのに俺は先輩に正面から抱きしめられると言う想定外の出来事に直面している。
それでも何とか声を絞り出して名前を呼んでみた。
いつも通りの間延びした声が聞こえてきて安心し、一息すると謝罪する。

さっきのはどう考えても俺が悪い。
嫌いなものを嫌いというのは別にいいのかもしれないが、一度は好きと言ったものだ。
それに多少強引な勧誘であったことはあちらも自覚しているし、暫くしてから謝られたこともある。
態々話を蒸し返すのも馬鹿らしいが、どうやら先輩も無性にイラッときたらしい。

「その、本当にすいませんでした」

「俺もごめんねー?」

俺を抱きしめる腕の力が更に強くなる。
身長が高くて筋肉もつきまくってる先輩からのハグはちょっと痛い。

放せと訴えてもその後約十分ほどはそのままであった。
最終的にベッドに引き込まれて、再び目が覚めたらビデオカメラを持った香苗さんがいたことはまた別の話だ。

愛一蹴
(蹴った愛はその後君に拾われました)



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