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社会に出てから3か月。
彼の、留守電に入っていた愛の言葉に抱いていた微かな希望も既に消え去り、今では仕事を覚えなければいけないこともあり、多忙な毎日を送り八尋の事は隅に置いている。
そうしなければ、仕事に支障をきたすことは無いだろうが日常生活には絶対に支障をきたすと言い切れる変な自信があるから。

上司は厳しいながらも、いろいろ気を使ってくれたり優しいし、周りの先輩方にも良くしてもらっていて、環境としては最高だ。

そして今、同期で入った女の子に淡すぎる恋心も抱いてるところだ。
彼以上に好きになれるとは思えないが、彼の居ない今、そんなのどうでもいい。
好きかもしれないって気持ちが浮かんできたことが驚きなのだ。

今日は仕事終わりに二人で飲みに行く予定だし、雰囲気的には恋人でもいいかもしれない。
このまま仕事に慣れて、その子かはわからないけどお嫁さんを貰って、子供も生まれていつかは出世して、幸せな普通の人生を歩んでいきたい。

「鷹見君。今から私は用があるから終わったら机の上に書類を置いといてくれ」

「わかりました。どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと会議があってな」

そんな感じで、定時の少し後に仕事を終えフロントにある椅子に座り彼女を待つ。
彼女の部署は特に忙しいところらしくて、仕事を覚えるのが大変そうだ。

「ごめんね、待たせて!」

「大丈夫だよ。行こうか」

「今日は私のおすすめのお店紹介するね!安くて美味しいの」

「へぇ、楽しみだ」

彼女との距離は、人一人分。
俺が抱いている思いはまだ芽が出てきた程度だし、彼女も同期だから仲良くしておこうと思っている程度だと思う。

彼女に連れられた店は本当に美味しく、自炊しているとはいえたまに面倒な時などあるので、そうゆう時一人でも来ようと思った。
最寄りの駅まで彼女を送り、俺も早々に家に帰る。

暗い部屋に明かりがつくと、何故か物悲しい気分に陥る。
彼女と飲みに行った帰り道は明るい気分になれるのだが、家に入った瞬間に何か虚しい様な、急激な虚無感に襲われるのだ。

酒が入ったからか少し火照る体を鎮めようと水を飲み、暫くして明日も会社だからとシャワーを浴びようと腰を上げる。
その動きと同時に鳴る呼び鈴に、変だなぁと思いチェーンを掛けたまま扉を開ける。
知人が訪ねてくるような時間でもないし、荷物も頼んだ覚えはない。

「はい、どちら様です・・・」

「悠、開けてくれないか?」

ごめん、と口の中で呟き扉を勢いよくしめる。
慌てたような声がしたけど必死に目を瞑り、拳を握り耐え忍ぶ。

何回も押される呼び鈴と、扉を叩く音は絶えずに聞こえ続ける。
そんなに遅い時間でもないけれど、近所迷惑に変わりはないからと何時の間にか零れ落ちていた涙を拭いて、深呼吸をするとチェーンを外し扉を開く。

「近所迷惑だから。・・・頼むから帰ってくれないか?」

「そこは入っても良いって言ってよ」

「もう、俺たちは終わったんだ。今更話すことは無いだろ」

「・・・扉を開けた悠が悪いんだよ」

騒音で近所迷惑になるよりは、きちっと拒否した方がいいかと思ったのだがそれが悪かったようで強引に部屋へ侵入してくる。
身体を押し返してみても、逆に腕を掴まれて壁に押し付けられる。

片手で鍵を閉めた八尋は手慣れた様子で靴を脱ぐと俺の腕を引っ張って、リビングへ行くとソファーに押し付けるように俺を座らせる。
隣に座った八尋は掴んだままの俺の腕を引き、強引に口付けしてくる。

嫌だと抵抗してみるが、体格の違いもある上に今は酒も入っている為、何時の間にか深いものに変わっていて、久しぶりの刺激の強い口付けに身体はすぐさま反応してしまい、悔しいことに腰が抜けてしまいそうだ。
唇を離された後は、少し呆然としていて反応に遅れてしまい、余韻浸っていたともとれる行動をしてしまったことが悔しい。

「な、で・・・っ、くそ!」

「俺は悠を愛してるって言っただろ」

「知らねぇよ!も、・・・本当にやめてくれよ」

期待してしまうから、やめてくれ。
お前に求められれば身体も精神もすぐに従ってしまいそうになるんだ。

「お願いだからやめてくれ・・・もう、嫌だ」

「悠、ごめん」

涙が勝手に零れて、止まらない。
期待してしまうのも、求められて従いそうになるのも、久しぶりの口付けにこんなに体が熱くなってしまうのも全部八尋のせいで。
その八尋がもう自分のものでないと言うことが悔しくて、彼女のものになった八尋が今更何がしたいのかもわからなくて。

瞼や目の縁にキスをして、宥めようとしているみたいだがそれが更に悲しい。
だから涙は止めどなく溢れて、己の意思ですら涙を止められなかった。

「はぁ・・・悠、明日来るから」

「ふざけるなっ!!お前なんか部屋に入れるわけないだろ」

「ごめん」

彼の手元には俺の部屋の鍵があって。
家に帰ってきてリビングの小さな小物入れに鍵を入れる習慣なので、俺をソファーに座らせるまでにとったのだろう。

睨み付けると、その小物入れに入れる習慣は変わらないんだねと言われて、言葉に詰まる。
そんな俺を見て、もう一度唇に八尋のが数秒重なると掴まれた腕が離されて、彼は持っていた鞄の中から茶封筒が出してテーブルに置く。
彼女に渡された、あの書類の内容を鮮明に思い出してまた一筋涙が零れる。

「これ、読んでくれると嬉しい」

それだけ言うと彼は俺をその場に残して去って行った。


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