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暗くなってきた街を、家まで全力で走ったせいで呼吸が乱れている。
震える手で握った鍵はなかなか鍵穴に入ってくれなくて、苦戦しながらも扉を開けると慌てて中に入り鍵を閉める。
異性同士付き合うことが当たり前の世界に、こんなにも彼を好きな、男を好きになってしまった自分が居ることがおかしいなと思ったのだ。。

自分の性癖に悩むなどではなく、ただ八尋との関係を大多数が否定してしまう世界が怖くて仕方がないのだ。
異端分子であることを嫌う平凡が今や、当たり前を怖がるだなんて。

荷物をリビングの床に放り投げ、ズボンやシャツを脱ぎ捨てると寝室へ籠る。
身を投げるように倒れる体を受け止める音と、柔らかい感触が何故か無性に悲しかった。

シーツを濡らしていく涙。
ほんの一瞬、天城からあの子供が八尋の本当の子供じゃないと聞いて期待してしまった。
それがいけなかったことだとわかっているんだ。

彼の子供に向ける優しそうな眼差しを見ただろう。
そのまま絵画にでも出来そうな、完成した家族の姿ってのがあっただろう。

期待した自分を嘲笑うような彼女の存在を思い出し、今更ながらに羞恥に打ち震える。
走って家まで帰ってきたせいか、未だに乱れてる呼吸を整えようにも涙があふれてそれすらも許してくれず、まともな呼吸が出来ずに死んでしまいそうだと思った。
死んでもいいと、思った自分が嫌だった。

彼の付けたキスマークは、前はかなり強い力で吸われていた為二日じゃ消えてはくれなかったくせに、今はもう彼の存在のように消えている。
俺なんかに興味が無くなって、所有印を付ける意味もなくなってしまったんだろうなと冷静に考えてはいるが、それだけじゃ収まらないのが感情ってものだ。

身体を抱きしめて目を瞑ると、そのまま気を失うようにスゥッと意識が遠のいていった。



朝の、眩しい日の光。
カーテンも閉めずに寝た昨夜を思い出す。
泣きはらした目は赤く腫れ、頬を伝った液体が乾いたせいか引きつる様な痛みを主張する肌に手を這わして、顔を洗おうと立ち上がる。

疲れた精神が身体にまで影響しているのか、立ちくらみを起こしてそのまま地面に倒れてしまった。
暫く、寝起きでぼーっとした頭を起こす様に座ったまま簡単にストレッチをしてから再び立ち上がり、少しふらつきながらも洗面所へ向かう。
鏡に映った自分の顔があまりにも酷くて自分でもびっくりしてしまった。

ついでにシャワーを浴びてから部屋着に着替えて、散乱した荷物を片付ける。
脱ぎ捨てた洋服を洗濯して、床に投げ捨てられた鞄と飛び出た書類を整理すると、もういつもの自分の部屋に戻って、昨日の名残はどこにもなかった。

傷ついて、なんだか精神的に疲れてたのに表面的にはこうも簡単にそんな俺の感情なんて消えてゆくのだと思うとなんだか笑えた。

「あれ、あの書類は・・・?」

研究のデータなどとそのほかのものを区別するために、集めた書類をみていたら彼女からもらった茶封筒がないことに気付く。
走ってしまったから何処かに落としたのかと、鞄の中を再び探すと彼が持っていた筈の俺の家の合鍵があった。

茶封筒の中に入っていたのだろうか。
俺が告げた別れを完全に受理しますと、彼女があんな合コンの場に来たのも八尋の指示だったのかもしれない。

茶封筒は無くなってしまったが、もうどうでもいい。
彼への思いなど早く消し去ってしまえばそれでいいのだ。

この部屋にある彼を思い起こすものを消し去る様に、歯ブラシやお揃いで買ったカップ、ぬいぐるみや小物なども全て処分した。
けっこうな量があり、寂しいような苦しい様な思いもしたけれどこれからの人生彼無しで生きていく第一歩だと決めてゴミ捨て場へと持っていく。

全てを捨て終えまたシンプルになった部屋で、いっそのこと引っ越しでもしようかと考えながら、また合コンに誘ってくれと天城に連絡を取ろうと携帯を開く。

一件の留守電が入っている。
誰からだろうとみると、別れを告げた日に消し去った電話番号だった。
着信拒否にするのも自意識過剰かと、少しの期待と共に消したが着信拒否にはしなかったその番号。
何も連絡など来なかった上に、彼女に証拠を見せられ、鍵を返されて。

今更一体何だと言いたいが聞いてやると、既に涙の溜まった目で画面を見やり、意を決してボタンを押す。

『俺は、鷹見悠を愛してる』

嗚呼、なんて酷い人。



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