久しぶりの授業に少し疲れを感じたが、腕を見て心配そうに大丈夫かと尋ねてくる生徒達に癒されたのも感じる。
授業がどこまで進んでいたかも正確に把握出来ていなかったので常より授業の進行が遅くなったのも申し訳なかった。
出来ればあの写真の彼―――神楽坂冬樹(かぐらざかふゆき)に会いに行きたいのだけど仕方ない。
記憶が安定しない生活は正直不安で堪らないが社会人なので私事は後回しだ。
そんな生活を約一ヶ月程過ごせば授業は通常のものに戻り、安静にと言われたがギプスも外せた。
となれば次は記憶を戻すのを優先せねばならない。
日常生活はきちんと送れているので、あまり気にかける必要は無いと言われればそこまでだか自分のことなのに知らないことがあるのは気持ち悪い。
明日はちょうど日曜日なので写真の彼に会いに行こうと決め、布団に潜る。
同棲する程仲が良かった友人なら会いに行くのが楽しみなのは仕方ないだろう。
そして次の日、メモと写真を鞄に入れ、手には携帯の地図アプリを起動させた。
電車に乗り、ここ数日で見慣れた景色が変わっていくことが少し怖くなった。
彼のマンションの最寄り駅につき、地図を見ながら歩くとそれらしき建物が見つかった。
メモに書かれているマンション名と一致することを確認し、中に入り307号室のポストに神楽坂と書かれてあり、それも一致する。
セキュリティの為、フロントで暗証番号を打たなければ中には入れないようになっている。
呼び出しも出来るようなので恐る恐る部屋番号を打ち込んだ。
少しして、掠れた低い声が機械越しに聞こえた。
「あ、藤守です。神楽坂さん、ですよね」
「・・・何のようだ」
「え、あの、半年前まで同棲してたんですよね?」
こちらの名前を名乗った瞬間舌打ち、返答は無愛想。
思わず佐伯先生から聞かされた関係性を聞き返してしまった。
少しの沈黙があったが、どうしようかと変な呻き声を上げていると有り難いお言葉が。
「あー面倒くせぇ、とりあえず来い」
面倒臭いと言われたが、その言葉と共に開くドアにとりあえず感謝。
そして意識せずに唾を飲み込んだ音が静まり返ったフロントに嫌に大きく響いた。
だがもたもたしている場合でも無いのでさっとドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。
三階なので心構えなどする間もなく、すぐについてしまった。
部屋の前まで行き、そこで何故か心が揺れてしまいノックすることが出来なかった。
拳を握りしめ、どうしようかと思っていると勝手に開く扉。
「さっさとしろよ」
「ご、めん」
写真で何度も見た筈の顔がそこにあって、実物を見ても記憶は戻らないことに思わず溜息を吐いてしまった。
そんな俺を見て舌打ちした彼はそのまま扉を閉めようとした。
流石に久しぶりに会うのに顔見て溜息吐かれるとか気分が悪くなって当たり前だろう。
「悪かった、入れてくれ!」
「ったく・・・」
慌ててドアノブを引っ張るとすんなりと開けた。
すでに背を向けて奥へ行った彼を追いかけるように室内へと入り込んだのだった。