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暫くして、左腕はまだ固定され包帯も巻かれてあるけれど何とか退院することは出来た。
カウンセリングの為に病院へ行かなくてはいけないのだがそれもまあ仕方がない。

住所はしっかりと教えて貰ったので道順は少し危なかったがすぐに家まで辿り着いた。
久しぶりの完全なるプライベートな空間に強張っていた筋肉がほぐれていくような、やっと肩の荷が下りたような気分で、やはり嬉しい。
24時間体制でこちらの健康を守ってくれる病院が嫌だとは言わないが、どうしてもずっと監視されているような気がしてしまうのだ。


それにしてももし街で偶然知り合いに会った時に気づけない。
それは相手にも失礼だし、連絡先を交換しているのならたぶんある程度仲が良かったと思うのだが、その仲にひびが入るかもしれないのだ。

兎にも角にも家に戻って来れたのだから仕事は早々に復帰しなければいけない。

「すいません、藤守です。塾長はいらっしゃいますか」

「あぁ、藤守くん!怪我は大丈夫なのかい?」

「はい、もう自宅に戻って来れました」

その後も労りの言葉を貰い、今週はしっかりと休みなさいと言ってくれた。
来週からもやはり通常通りとはいかずに授業数を少し減らすらしい。
生徒の為にも中途半端な授業をして欲しくないと言う塾長の想いはわかるし、腕の痛みが完全に無くなったわけでもないので有り難く思いながら返答した。

電話をきり、手帳に出勤日と時間を書いてからひと眠りすることに決めた。
暫く留守にしていた間に部屋に埃が溜まっているのは気になるが、家に帰るのだけで少し疲れてしまったのだ。
住所を忘れていたとはいえ、家の中にいるととても落ち着くのでそれも一因だろう。


それから二時間程仮眠をとると小腹がすいたのでカップラーメンを食べてから掃除。
アルバムとかを見て思い出が蘇ればいい。
拭き掃除など本格的にはしないけどとりあえず掃除機をかけよう。

それもすぐに終わったので次はアルバム探しだ。
何処に置いてあるかわからなかったので普段使わない物を置いてそうな場所を虱潰しに探してみれば案外すぐに見つかった。
塾生の名簿は棚にファイルに保管されて置かれていた。

パラパラと紙を捲る度に頭が締め付けられるように痛くなる。
思い出さなければいけないという焦りと思い出せない現実が歯がゆくて仕方ない。

数人は顔を見たら自然と苗字ぐらいは浮かび上がってきたのだがあまり手応えは無い。
塾生は大半は覚えていたのだが、それにしても曖昧で微妙なところだ。
教師として生徒の苦手なところなど把握しなければいけないのにそれを忘れてしまった。

今週は授業内容の予習と生徒の得手不得手について思い出そう。
他の人の記憶も早く取り戻していきたいが今は生徒の方を優先していきたい。
暫くは少人数制のクラスの講義のみなので生徒もあまり多くは無いのでそう時間をかけずに大丈夫なはずだ。
喜ばしいことに自分が教えている数学についての記憶はしっかりしているし一般教養や常識など、生きることに必要なことは忘れていない。

そして病院からの書類にサインや印鑑を押して纏めておく。
本当ならば入院している間に済ませておきたかったのだけど生憎と印鑑がなかった。
親も地方に居るので軽いけがにわざわざ見舞いにも来てもらおうとは思わなかった。

全ての書類に目を通し、経費など余計にかかったなぁと頭を掻く。
浪費する性質でもないけど貯金もそこまでしていなかったから今月は少し厳しい。
でも一応塾長に入院経費の半分程は負担してもらえないか聞いておこう。

そこまで考えてファイルに写真とメモが入っていたことに気付く。
看護婦にファイルごと一式纏めて渡されたので記憶を取り戻すのに必要なことだろう。

写真を見ると意識が戻った時に佐伯先生に見せられた人だ。
半年前まで同棲していたらしいが写真の相手は自分よりも少し若く見える。
大学の後輩だったとかだろうか?
確かに俺は男しか恋愛対象に出来ないけれど流石にこの男を好きになるとも思えない。
だって髪の毛は金髪で、ピアスもしているし顔は確かに大層整ってはいるがどちらかというと先に怖い、という感情が浮かび上がってくる。
それは整いすぎた顔立ちがそうさせているのかは知らないけど、好みではない。

全て踏まえて自分の中で結論を出すが、たぶん普通にルームシェアしていただけだ。
上記の通りタイプでもないし、まず第一にこの写真の男が俺みたいな平凡な男に食指が動く筈もないし、ゲイが少数しか居ないことも理解している。
選り取り見取りのこの男がわざわざ男を選ぶ理由などもないのだし。

そしてメモを見ると多分この男の名前と住所が書いてあった。
記憶を取り戻せるのなら、会いに行ってみようか。


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