02

新しく土萌たちがはいってきてはや一か月。
相変わらず記憶は戻らない。

俺がしたのはせいぜい大学時代の友人1人と会ったぐらいで。
そいつの記憶は有ったので、覚えている記憶が正しいのか確かめることが出来た。
また色んな思い出話をしたものの記憶の糸口にはならなかったが、最近疎遠になっていたので久しぶりに会えて良かった。

だが今現在記憶探しは日常の二の次なわけで。
忙しなく働いて、それでも時間は足りずに家でビール片手にプラントの作成などざらにある日々。
授業の無い時間には問題集を解いたり最近の入試の問題傾向を探る。
そんなことをしていたら自分の事に時間をかける暇などない。

要領が良く、頭が良かったらもう少し楽なのかな、なんて考えるのは悲しくなるので止めておこう。
実際生徒達の中には俺より相当良い大学や高校に行く子達が多いのだ。
彼等は俺が何回もやって覚えたものを一瞬で習得していく。
なんて無情だ。

兎も角忙しく働いていたと纏めておいて、今日の事について考えよう。
やっとタイミングがあって土萌と飲みに行くことになったのだ。

就職祝いに奢ってやるよとは前から言っていたので、今日は俺の奢り。
目をキラキラさせてたので現金だなー、なんて思いながらも俺が楽しみなので必要経費である。

本当はもっと早く飲みに行けたら良かったのだが、土萌が仕事に慣れずに余裕がなく、飲みに行く感じではなかった。
夜遅くまで授業予定を考えたりプリントを作り直したり、熱心なのは良いことだが目の下にクマが出来た時にはちゃんと叱っておいた。

今現在は多少の余裕が出来た土萌を引き連れ、以前一度だけ来た居酒屋へと向かう。
出会った頃は高校生だった土萌と飲みに行くなんて想像しなかったけど、嬉しいもんだな。

スーツを着て、髪型を変えてもどうしても学ランの土萌を思い出してしまう。
嗚呼、昔はあんなに可愛かったのに、なんてことは言わないけど。

ちなみに親睦会のようなものもあって飲みに行くのは実質二度目だが、やはり二人で飲みに行きたかった。
当時のことでききたいこともあったし、純粋に話もしたかったし。

辿り着いた居酒屋で、お互い好きなものを頼む。
そしてグラスを持って乾杯だ。

「お疲れ様」

カツッと小さく鳴ったグラスの音。
今飲んでいる相手が目の前の土萌だなんてやっぱり信じられない。
まだ俺も若輩者の部類にいるのだろうし、そんな歳も離れていないけど既に思考はおっさんである。

「で、仕事はなれた?相談してくれてもいーけど」

多少は余裕が出来たのだろうけど、やっぱりどこか焦っているようだし、ここは先輩として話を聞いてやりたかった。
冗談めかした声音で聞いたのに、酒の入った土萌から大量の愚痴が吐き出されて、若干びびったのは秘密としよう。

「どう教えりゃいいのかわっかんねー」

「とりあえず色んな参考書とかの説明はきちんと押さえとけよ」

「わぁってるし」

「それにしてもお前が数学教師か。数Vは人間が取り扱っちゃダメなものだとか誰かさん言ってたのになー?」

「・・・うるせ」

拗ねたような口調の土萌が可愛い。
弟のような感じで、兎に角可愛くて仕方がない。

相談から昔話に移り盛り上がりながらも、そろそろ帰るかと腰をあげる。
今日は相談がメインになったのであまり酒も飲まずにほろ酔いと言った感じだ。
しかし、もともと酒に強くないのもあってなんかふわふわする。

反対方面に住んでいる土萌と駅で別れ、覚束ないながらも手すりを掴んで事故防止に努める。
階段からではないが一度転落したことのある身なので、少し慎重になった。

飲みに行くために都心の方へ出てきてしまったので途中乗り換えがある。
面倒だなぁと思いながらもちょうどいいタイミングで来た電車に乗り込んだ。

もう遅い時間なので人もあまりいない。
扉のすぐ近くの席に座ると、すぐに意識が遠のいてしまった。

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