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チャイムの音に、執筆中の手を止める。
玄関の扉を開くと中川さんから手土産のお菓子を貰う。
「いつもありがとうございます。凄い美味しそうなお菓子だ・・・」
「喜んでもらえて嬉しいよ。それにしても甘いもの好きだよね」
先に部屋に入っててもらい、お茶を用意するとすぐに原稿のチェックが始まる。
この時間は少し緊張するけど、今ではもうあんまり気にしてない。
眠い時に書いたのはやはり日本語が意味不明なのがあるし、漢字も得意な方ではないのでインターネットの辞書を頼りにするものの、用法が違っただなんてことはざらにある。
再び画面に向き直り、大まかなストーリーを考える。
俺の想いをまとめたものを、恋愛小説として書いてみようと決めたはいいけれど、やっぱりまだ全然まとまらない。
強いて言えば諦めるか、それでも見るぐらいならいいよねという、ともすればストーカー思考のような感じになっている。
そうやってうじうじ考えていると、どうやら誤字があるようで中川さんに呼ばれると俺も確認する。
まだ前半部分も読み終えていないのに既に五つも誤字があったようで恥ずかしいものだ。
「あとここ!これは主人公がしたんじゃなくてされたんでしょう?」
「あー・・・日本語検定受けてこよっかな・・」
「今それ関係なし!しっかりしてよ、宇月先生っ!」
「はい、すいません・・・」
まさかこれほどまでに変な日本語や語尾、誤字脱字するとは思わなかった。
そりゃ、夜中に書いたり寝ずに書いてたりしたけれども。
今回のものは中編で、そこまで長い話ではないので校正は早めに終わった。
「ふぅ、お疲れ様でした」
「お疲れ様、時雨君」
仕事の後の一服、というように煙草に火をつける中川さん。
その姿はなかなかにカッコよく、今度そういう描写を入れてもいいなぁと考える。
「お、新作でも思いついた?」
「いや、そんなんじゃないですよ」
「そう言えば、恋愛小説書き始めてくれたんだっけ?」
「はい。でもまだ全然・・・」
「そっちに集中してって言いたいけど、ね?」
「わかってますよ!〆切には間に合わせます」
そう言えば雑誌の不定期連載のやつ、来月号の書かなきゃいけないんだよなぁ。
面倒だなぁって、少し思ったけれどやらなきゃいけないのだ。
そして、その上そろそろ部活が始まるんだよなぁ、と若干げんなりしながら思い出す。
「部活も忙しいみたいだけど、大丈夫?」
「俺一年だし体格も大きくないですし、バスケ上手いわけでもないんで」
そんな出番もないんで大丈夫だと言うと、身長を訊かれたのでとりあえず黙った。
中川さんは爽やかに笑ったけど、笑いが隠せてないぞくそ。
「いやぁ、でも部活も混ぜた爽やかな青春ラブストーリーにでもするの?」
「まだ決まってないんですよ。俺には、ラブラブってやつは書けそうにないですし」
「それは、まあ確かに書いててむず痒いだろうしね」
女の子はそうゆうの書くの好きなんだろうけど、男の自分としてはやはり、気恥ずかしいという思いが大部分を占める。
設定はさておき、話の内容は俺と先輩なんだから余計に羞恥は倍増だ。
こんなのが中川さんに知られたら、もう中川さんの勤める出版社の仕事はしない、だなんてまで思うぐらいだ。まあ実際には出来ないけど。
「それじゃあ、僕はそろそろお暇するよ」
「はい。恋愛小説は何時になるかわかりませんけど、頑張るんで」
「うん、お願いします。でも無理しちゃダメだよ?」
「わかってますよ。だいたいそんな気力ないです」
軽くドヤ顔で言うと吹き出された。
そんなに変なことを言っただろうかと睨めつける。
玄関まで見送り、別れを告げて扉を閉める。
欠伸をして、飯まだかなぁと思いながらリビングに居る母さんに声をかけると、呼び鈴が鳴り、誰かの来訪を告げる。
もしかしたら中川さんが忘れ物でもしたのかと思えば、開いた先には先輩が居た。
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