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どうすればいいのかと必死に思考をめぐらしていると、携帯電話が鳴り響く。
もしかして先輩のものかと思ったが、机の上に置かれてあったものが震えているので俺のものみたいだ。
全て初期設定のままになっているので誰からだろうと思って見ると担当の名前が。
「・・・はい、天宮です」
『あ、中川です。こんにちは、原稿出来たんだよね?』
「こんにちは、中川さん。はい、今日の早朝に」
『お疲れ様。それで、今日伺ってもいい?実は明後日急用が入ってね。勿論原稿が出来てなかったら時雨君の方を優先するけど、出来てるならさ』
「いや、その・・・今日はちょっと困りますね、明日は?」
『明日なら大丈夫だよ。何時頃がいいかな?』
「学校があるんで、夕方に。・・・6時ぐらいがいいです」
『わかった。じゃあよろしくね』
「はい、失礼します」
通話を終えて、そぉっと先輩の方を向くと視線が交わる。
こちらを見ていたのかと、どうして携帯が鳴った時点でそれを持って部屋から出ていかなかったのだろうと悔やむ。
あくまで冷静を装った態度を取らねばならない。
万が一にもこの短い会話で俺が宇月蒼だとばれるわけがない、動揺してばれたらそれこそただの馬鹿だ。
「どうしたんですか?」
「今の誰ー?」
「中学時代の先輩です。久しぶりに会わないかって」
「へー、仲良かったんだ」
「まぁそれなりに」
軽く目の据わっている先輩に案の定馬鹿みたいに揺れ動く胸中を落ち着かせる。
今ここで動揺したら一巻の終わりだ、ただの馬鹿だ、大丈夫だ俺。
「中学の時部活でもやってたの?」
「いえ、特には」
「えーじゃあ先輩との接点って作りにくくない?」
「委員会です」
これなら自然だ、大丈夫だ。
この会話を早々に切り上げてサンプルの本を見せてしまったというショッキングすぎる出来事への対処をしなければならないのだ。
「中川さんとか言ってたねー。出版社で世話になってるのも中川さんー」
なんか偶然だねぇと笑う先輩と対照的にどんどんテンションダウンしている。
てかもう気づいているんじゃないだろうか。
「そうなんですか」
「うん、やっぱ将来は絶対編集者なるから」
「どうして編集者に?」
しっかりと将来を考えている先輩は凄いと思う。
勉強も普通にできるけどスポーツも出来て、推薦貰ってて。
その上部活辞めたとたんに将来なりたい仕事の下準備と言わんばかりにバイトも始めて。
「本が好きなのが第一で、あと編集者になったら絶対に会いに行きたい人が居るから」
「へぇ、誰ですか?」
「宇月蒼」
「・・・なんでですか?」
「好きだから」
やめてやめて。
今、先輩の前に居るのは作家の宇月蒼ではなく後輩の天宮時雨。
なのに、告白でもされている気分だ。
俺も好きとか馬鹿なこといいそうになる。
「頑張ってくださいね」
「ありがとなー、てかお前は?」
「まだ全然ですよ」
鼓動よ、早く静まってくれ。
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