13

何時の間にやら決勝戦。
メインは三年生なので他人事のようにしか考えられないのは仕方ない。

当たり前に俺はベンチに座って、交代するためではなく休憩中にタオル渡したりとかそうゆう役目のためだ。
昨日もいつも通りハードな練習だったが早めの解散となり、先輩ともあまり会話をせずに別れた。

ついに最後かと寂しく思う反面、前の自分に戻れることに少しだけ安堵した。
先輩が居ない生活は暫く物足りないものかもしれないけど、こんなに心が揺れ動く生活は少し疲れる。
その疲れが、案外心地良いものだとゆうのもまた問題なのかもしれないけれど。

スポーツバックにタオルやらシューズやら入っていることを確認して時計を見る。
いつも朝食を食べている間に来る先輩がまだ来ていないのはどういうことなのだろうか?
先輩に限って緊張でどうのこうのだなんてないと思うのだが。

「・・・・もう、いくか」

集合時間まで逆算するともう少し遅く出てもいいのだけど先輩方より遅くなるのもあれだしもう行かないといけない。
と思うのに先輩をあと少しだけ待っていたいと言う思うもある。
決心するためにわざわざ声に出したと言うのにむしろ逆効果になっているとか馬鹿みたいだ、俺。

立ち上がって玄関まで行くと、もうそこまで後ろ髪を引かれるような思いはなくなったけどやはり何か違和感。
それを断ち切るように靴を履いて財布とか携帯だとか絶対忘れちゃいけないのを確認してから扉を開く。

「おはよう、時雨」

「せ、んぱい」

扉の脇に凭れかかりながら音楽を聴いていたのか、イヤホンを取りながら挨拶してくる。
俺は呆然と間抜けな声しか出なかったのだがまあ仕方ない。

「どうしたんですか?いつもなら家まで入ってくるのに」

「これと引退式で最後だからさー、ま、いい先輩でもしてみようかと」

「・・・いい先輩じゃなかったって自覚してるんですね」

呆れたように言うと大きな手を頭の上に乗せてきて髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
振り払うように自分の手を先輩のそれに被せると手首を掴まれて壁に押し付けられた。

いきなりの事に瞬きをする暇もなかったと表現したいところだが、そんな余裕はない。
何時の日か路地裏で先輩に怒られた日のことを思い出して、掴まれた手首が何故か痛むのはどうしてだろう。

俺のこと壁に押し付けたまま世間話をするように話を振ってくる先輩にちょっとだけ溜息。
やっぱり先輩の力は強くて、現在進行形で物理的な痛みに耐えているのだが気づいてくれないのだろうか。

「宇月蒼の3作目のが映画になっただろ?それの主題歌聴いてた」

「あぁ・・・それですか。宇月蒼が作詞したんですってね」

何とも無い様に言うけれど、そのことは凄く覚えている。
というか初めて詞の方にも手を出したのでよくわからずすっごい頑張ったのを覚えてる。
これのせいで暫く他の仕事をしなかったぐらいだ。

「頑張らなくちゃなーって気になった」

「それは良かったです。部長自ら士気を下げるのはあれですから」

「応援してくれる人のことを、想った」

そういえばこれにはちょっとだけ、ほんの少しだけ恋愛的要素を入れてみた。
編集さんがあれこれ文句というか要望を凄い言ってくるので、まだこの業界のことを知らなかったのもあって言いなりになってたのだ。
今になって思えばそんな煩いなら俺はこの出版社の専属じゃないんで辞めますよ、ぐらい言っとけばよかった。

まだこの想いの苦しさを知らなかった頃の俺の文章は随分と酷いものだったんだろう。
昔の小説の内容をあまり覚えてないので何とも言えないけど、よくある王道的な恋愛を携帯小説で学んで書いたものだった筈だ。
まあ女性人気は良かったけど、それでも一部の人にあれこれ批評されたのも覚えている。

「やっぱ宇月蒼ってすげーよなー。主人公の恋人との掛け合いとかさ、勇気づけられるとことかさ、感動したわー」

「・・・違います。その頃の宇月蒼は、ただ知らなかっただけなんです」

「えー?何そ・・・」

「先輩、行きましょう?遅れますよ」

「・・・そうだね」

無理やり話を打ち切ったにも関わらず、あっさりと手首を離してくれた先輩。
やっぱり先輩は気づいているのに何も言わない。
それが先輩なりの優しさなのかもしれない、というのも候補に割り込んできて頭が破裂しそうだ。

ずり落ちたスポーツバックをもう一度抱えなおして、忘れていた玄関の扉を閉めるという作業も済ませる。
そして先輩の隣に並ぶと歩き出した。

掴まれた手首を押さえながら、昔の俺はなんて無知だったんだろうかって考えていた。
俺が上の空だと何回かからかうように指摘されたけど、それでもこの波の様に押し寄せるモヤモヤとした思考は止まらなかった。



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