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こちらを見つめる痛いほどまっすぐに突き刺さる視線に耐えられなくなり思わず視線をそらした。
しかし、それすら癇に障ったらしく舌打ちされてしまった。
肩がビクッてなったのは仕方ない、不可抗力だと主張しよう。
自分が何かをしたから先輩は怒っている。
その何かを見つけて謝りたいのだけど何がなんだかわからないし、きっと理由不明なまま謝ってももっと不機嫌になるだろう。
先程怪我のことを言われたからヒントはそれだ。
あんぐらいの相手でそんな怪我するとか馬鹿か、的なものだろうか?
実際弱いところと判断したからこそ俺が選手として出れたのだし。
「えと、これからも試合あるのに、早々に怪我してすみませんでした」
「・・・・」
無言のまま俺の腕を握りしめていた力が更に強くなってしまった。
どうやら外れらしいと呑気に考えたいものだけど、やっぱり痛くて小さく呻く。
それでも先輩は気にすることなくこちらを睨んでくるので怪我したことを怒るのならもう少し優しくしてくれてもいいじゃないかと不満が沸き起こる。
それが態度に表れていたのか知らないけど頭上から溜息が聞こえてきて、少しだけ力が弱くなった。
「先輩?」
逸らしていた視線を先輩のそれとぶつかるように見上げる。
案の定すぐに視線はぶつかり合い、先輩のいつもと違う感情の読めない目がそこにあった。
「なんで黙ってたのー?」
「大したことないですし、テーピングもして貰ったので」
そう言えば一瞬燃えるような怒りの色が見えて口を噤む。
もっと言い訳をさせてくれてもいいじゃないかと思うけどそんなこと今の先輩には一億円あげるとか言われてもできない。
「・・・悪化する前に報告しないと困りますよね、すいません」
数分考えてやっと思いついたこのセリフ。
黙っていたことを怒っていたのならこれで大丈夫なはずだ、そうと言ってくれ神様。
「それもーあるけどさ、何で最初に俺に言わなかったのー?」
「先輩、これからの攻撃隊形とか決めたりいろいろ大変そうだったじゃないですか」
迷惑かけたくないし、これからもっと俺の出番は少ないのだから気にしなくていい。
そんな思いが胸中の大部分を占めていたので何も言わなかっただけだ。
そりゃ、ちょっと話したくないとか気まずいからとか思いがばれたらとかそういう気持ちも強かったけど。
最近のよそよそしい態度は察しのいい先輩なら絶対気づいてるであろうし、俺が触れてほしくないから何も言っていないのだろう。
それを知っててなお前のような態度をとることが出来ないのは、そこに俺の弱さがあるからだってのもわかっている。
「たった一言怪我したって言うだけに忙しいとか関係ないでしょー?」
間延びした聞きようによっては間抜けに聞こえる話し方がこんなに怖いことを初めて知った。
思わず顔が引きつったような気もするけどそんなことになったらまた先輩になんか言われる、それは避けたい。
「でも、変に心配かけたくなかったですし」
「心配かけろって言ってんだけど」
「迷惑、でしょ?」
声が小さくなる。
先輩離れするって決めたんだから、させて欲しい。
涙も何もでてこないけど、きっとこの想いは本物だから笑っていたいから。
臆病者だからこそ保身を考えて燃えるような想いに全て身を任すことなんて出来ないけど。
これだけは、これだけは―――今の俺の一番大切な想いだから。
「先輩は三年で、これで最後なんですから。俺のことなんか気にせずに戦ってきて欲しいんです」
ボールを前にして真剣な顔をする先輩が好き。
無邪気にバスケットボールという競技を愛する先輩が好きだから、そこに俺なんかの、不純物が入ってはいけないんだ。
「それはー時雨の考えでしょ?俺には、関係ねぇよ?」
おまわりさーん、ここです。
誰か、この般若を退治してください。
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