32

頬が常よりも熱くなっているのを感じた。
先輩の瞳は、いつもどおり意地悪だった。


「先輩、帰りましょっか」

「んー。そだね」

頬の赤みを少々気にしながらも、横たわっていた姿勢から起き上がる。

「で、おんぶして欲しい?」

体操座りで頬を膝にあてて首をかしげながら聞かれる。
この歳・・・高校3年生の男子がやったら普通気持ち悪いものだがそれが微塵も感じられ無いのが凄いと思う。

「いいですよ、冗談です」

「えー、俺がおんぶしたいんだけどなぁ」

「・・・帰りましょう」

俺のスルースキルってきっと日々進化していると思うんだ。


           *


帰り道。
未だに先輩の家が何処にあるのかわからないけれど曰く近いらしいので素直に送ってもらう。
足の痛みなんてもう微塵も感じないし、安静だなんだと言われたけど走らなきゃ大丈夫だ。

もう暗くなったとは言え19時にもなっていなかったから以外だ。
あの様子だともう20時近くだと思っていた。

いや、まぁ夕焼けが見えたんだからこのぐらいの時間が妥当だとも思うけれど。
先輩といるとやけに時間が早く進んでいる気がするのだ。

「足、もう大丈夫?」

「はい。走ると多少痛いけど一週間走んなきゃすぐ完治しますよ」

「そー、よかった」

多少の罪悪感も含んでないようなキラキラスマイルにもう何も言わない。
だから乾いたような笑い声が喉から勝手に這い上がってきたのは仕方ないことだと思って欲しい。

「今日の電車、近くに居たおっさんが臭かったんだよなぁ」

「え?そうですか?」

「そりゃ時雨は俺が守ってたからねぇ」

自慢するように笑う先輩にしばしばはてなマークを持った天使が頭の中を飛び回る。
そして気がついたときにはまた頬が赤くなっていった。

「あらあら、今日は美味しい林檎の日だったかなー?」

そんな林檎病みたいな赤さではないと思うんだがと見当違いなことを考えて気を紛らわす。
きっとたぶん、ちょっと紅がさしたぐらいだ、桃色だ。
だなんてもごもごと心の中で反論して息を吸う。深呼吸をして心を落ち着けよう。

「林檎の日ってあるんですかね?」

「・・・戻っちゃったー、つまんないのー」

「悪かったですねー」

「そーいえば林檎の日って11月5日じゃなかったっけ?」

「そーなんですか」

またもやもう俺の十八番となったスルースキルを発動させた。
まぁあっちもふざけて言っているのは判るからこっちもふざけて返したのにそれをスルーされると些か恥ずかしい。

あーもう、先輩のバカ野郎

心の中で何を思っていても伝わらなければいいし憲法でも思想の自由とかなんとかあったからいいはずだ。
絶対に直接言えないような暴言を吐きながら何でもない顔して隣を歩く。
グッジョブ、俺のポーカーフェイス。


トボトボと歩いていると終着点、俺の家が見えてきた。

「じゃあ、送ってくれてありがとうございました」

「いやいやー、明日は7時30分ぐらいに来るからー」

「へ?いや、あの・・・・・・お願いします」

あの、の後で笑顔が何か怖かった。
危機察知能力も上がってきているなと考える。見事な推察力だ。

「じゃーバイバイ」

「さようなら」

手を振ってくる先輩に手を振り返した。


もう、家に入ってもいいのに

先輩の姿が見えなくなるまでずっと手を振っていたのは、ただの気紛れだ。




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