弐拾



ミス研の部室前までやってきたものの、どうして私は花宮の言うことを素直に聞いているんだろう。今回はイレギュラーな事態と言うことでやむを得ず参加したわけだがそもそも私はミス研の部員ではない。確かに住所や家族構成、交友関係を何故か把握されてはいるが、このまま帰っても別にいいんじゃないだろうか。黛さんのことは心配だけどあの人は大学自体に来ているかどうかも怪しいし、連絡先はわかっているわけだから直接連絡して聞けば良い話だ。
あのゲスの花宮のことだ、どうせまた厄介なことに巻き込もうとしているにちがいない。もう昨晩みたいは巻き込みはごめんだ。
よし、と元来た道を戻ろうとしたところで私はその場で動けなくなってしまった。どう足掻いても私は、運命からは逃げられないらしい。

「なにしてんだ扉の前で」

「なんてタイミング……っ」

目の前にいたのは黛さんだった。なんの気配もなく背後を取っていくところは相変わらずだが、ビックリするのでもう少し気配を出しておいてほしい。
とっとと帰ろうとしていたのに、これではもう難しいだろうなと深い溜め息をつきながらふと視線を下げたときに黛さんの左腕が視界に入った。どうせもう逃げられないんだ、これくらいは今のうちに聞いておこう。

「それより腕、どうだったんですか?」

「ああ、ただの打撲だ。しばらく動かさなけりゃ大したことねえよ」

軽く袖を捲って見せられた腕には湿布が貼られていてもわかるほど酷く腫れており、湿布の周囲の色も本来の白い肌の片鱗すら見えないほどに赤紫に染まっていた。そのあまりにも痛々しい見た目に物凄く申し訳なくなってしまう。

「ほ、本当にごめんなさい……」

「だからこれは別に……、……あーめんどくせえな。いいから気にすんな。それより花宮に呼ばれてんだろ」

「…………えぇ……?」

「……なんだよその反応」

「い、いや……呼び出されて来たはいいけど……花宮の思い通りになるのは釈然としないと言いますか……」

なんだそれは、と言いたげな表情で私の顔と扉を見比べる黛さん。同じゲスでも黛さんの方がまだ比較的話せばわかってくれるタイプだというのはこれまでの対話でわかった。もしかすると、このまま見逃してくれることもあるかもしれないという一縷の望みをかけてそう言ってはみたのだ。しかし私は既に花宮の歯牙にかかっている身。今更希望はあまり持っていない。

「……俺は別に見逃してやってもいいけど、今日逃げたところで明日捕まるだけだぜ?」

「うっ」

「聞いたところによりゃあ今日は物部いねえらしいし、今日の方が厄介事は減ると俺は思うけど?」

「…………く、くそーっ!」

遠回しに退路を断たれた私は結局、ミス研の扉を潜るという選択肢は残されていなかった。非常に納得は行かないが、大人しく黛さんと共に扉を開ければ相変わらずぎゃいぎゃいと騒いでいる昨晩のメンバー。それから見たことのない人達と、その奥に座る私を呼び出した花宮真の姿。騒ぐメンバーの横をすり抜けて真っ直ぐ花宮の前までいくと、本に向けていた視線をようやくこちらに向けた。

「逃げずに来たことは誉めてやるよ」

「……やむを得ずです」

「さっき逃げようとしてたけどな」

「黛さん……っ!!!」

やはりこの場に味方はいなかった。いや、これに関してははじめからわかっていたことだ。とんだ裏切りにあった私は思いっきり黛さんを睨んだが、当の本人はしれっとした表情で他所を向いていた。こ、この野郎……っ!
一方、それを聞いた花宮は良いことを聞いたと言わんばかりに人の良さそうな笑み、という名の明らかに裏がある表情。正直に言おう、怖い。

「……まあ別にいい。今更逃げても無駄だしなァ?」

「ガラが悪い怖い」

「あァ?」

「ごめん」

私のなけなしの反抗はたった一言で一蹴されてしまった。だがそれは相手が悪かったのだ仕方がない。こんな180近い身長の男に凄まれて黙らないほど私の肝は座っていない。
花宮は何事もなかったかのようにまあ座れよ、と顎で近くに並べてあったパイプ椅子を示すので大人しく従い腰を掛けた。相変わらずギャーギャーと騒ぐ声がうるさいが、それもこの絶対零度の空間にはありがたかった。

「それで、私を呼び出したのは?」

「……昨日のアレ、なんでこの俺があんなとこにわざわざ行ったと思う」

「はあ?質問に質問を返されても困るんですが。っていうか昨日は他のメンバーが行きたいとか言ってたからじゃないんですか」

「でもまあ、花宮にしちゃあ珍しい行動だったよな」

隣で聞いていた黛さんが思い出すように顎を撫でる。確かに、花宮とはほとんど話したことがないが、昨日の会話からして性格が大変歪んでいて人のためになるようなことをするタイプとは到底思えない。その花宮が他のメンバーのために同伴したというのはまた奇妙な話だ。つまり、なにか理由があった、ということだろうか。

「俺のうち、寺なんだよ」

「はあ」

「……で、ちょくちょく依頼がある。取り壊したいが、事故が多発してなかなか工事が進まねえ場所とか、訳あって寺まで来れねえやつのお祓いとか」

「まさか昨晩の学校って依頼に入っていたってことですか……!?」

「そういうこと。黛さんは隠す方に特化してっから、こういうの言わなかったけどお前結構使えるっぽいから話しとこうと思ったわけ」

「…………いや待って、それ私巻き込もうとしてないですか」

「今更逃げようたって無駄だつったろ」

はっ、と鼻で笑う花宮があまりにも腹立たしかったので顔面に一発入れてやりたかったけど我慢した私すごくえらい。

「今日、俺にも話があるつってたのはそれの話か?」

「まあ。この女が使えりゃ、黛さんにもある程度協力してもらえるだろうし。なによりこの商売、金になる」

「ま、まさかお金もらってたんですか!?」

「一応お前にもバイト代は出してやるよ。他のレベルの高ぇ依頼は別の知り合いと片付けてるから。つーか、……依頼が多くて捌ききれてねえのが現状なんだよ」

不本意そうな表情で溜め息をつく花宮。どうやら依頼が多くて捌ききれていない、という話自体は事実らしい。隣の黛さんが小さく「へえ」と面白そうだというトーンで呟いていたのは見ないフリ。
しかし、私はこれまで出来るだけ霊には近付かないようにしてきたし、大きなものを払うなんて昨日が初めてのようなものなのだ。いくら視えているからと言って、私はホラーな場所にいく度胸はないし払い方だって自己流ではっきりとできることが明確じゃない。あまりにもめちゃくちゃだ。

「だとしても私には無理です。自分から危険に飛び込んでいくなんて出来ないし、昨日だって手探りだったのに……」

「力の使い方は俺が直々に教えてやるよ。喜べ」

「いや、いやいやいや」

「お前は黛さんと相性はいいから本当に丁度良い」

「まてまてまて私はやるって言ってない」

結局、ごり押しと酷い脅しに負けて花宮によるワクワク除霊能力底上げチャレンジ実践形式with黛さんに強制参加させられる運びになったのは言うまでもない。
実践の舞台はとある公園。今回は余計な邪魔が入るとややこしくなるということで、参加は私と花宮と黛さんの三名のみ。私はただひたすらどうしてこんなことに……と頭を抱えることしか出来なかった。


(190808)




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