何だかいつもよりも暖かい、そんな気持ちで目を開けた。見慣れない天井に慣れない感覚。ふと隣を見ると昨日見上げていた端正なお顔がそこにあった。
「み…三日月さん…!?」
顔がとても近くて、抱きしめられるように眠っていた。よくよく確かめてみると足も…絡まり合っている。どうしよう、それよりも…もう朝…?初めて来たお屋敷で朝まで爆睡なんて…。服はそのままだけど、このままだと駄目だ。
「あのっ…三日月さん、起きてください」
でも三日月さんは起きる気配がない。そして私を抱き枕か何かと勘違いしているようで、さらにぎゅうっと抱きしめられる。首に顔を埋められて、くすぐったいのか恥ずかしいのかわからなくなる。どうしよう、どうしよう。悩んでいると、外から声が聞こえる。
「おーい、起きたか?」
「あっ…あの…!」
声を出そうと思って気がつく。この態勢を見られるのはとてもまずいんじゃないかな…鳴狐さんに会うまでにお屋敷から追い出されてしまう。
「や…やっぱり待ってくださ…!」
「入るぞー」
すうっと襖が開いた。昨日、最初に会った金髪の方だった。少しの間、時が止まる。そして…
「おい!何やってんだ!」
「す…すみません…!起きたら三日月さんが…それよりも私…」
「あんたじゃなくて、三日月!起きてんだろ!」
「え?」
「何だ、騒がしいな」
ははは、と笑って起き上がる三日月さん。あれ、どういうこと…だろう。
「何してんだ、こんなとこで!」
「ちょっと様子を見にな。昨日はすぐに寝てしまっていたからな」
「三日月さん…起きてたんですか…?」
「ああ」
「いつから、ですか?」
「いつから…強いて言うならこの部屋に来てから寝ていないが」
「え……ええ!」
三日月さんは悪びれる風でもなく、ただ笑うだけだった。じゃあ…さっきのは全部…!
「楽しかったぞ、咲子」
「私は…楽しくなかったです……」
「なら、もっと楽しい夜を俺の部屋で過ごすか」
耳元で囁く三日月さん。私の顔は考えられないくらい熱くなっていた。そして三日月さんはくすりと笑って部屋から出て行った。
「ったく、あのじじいは…大丈夫か?」
「……はい。すみませんでした…」
「鳴狐、目覚めたけど…会うだろ?」
「は…はい!」
私は急いで立ち上がる。でも手で制止される。
「まずはそれ、着替えた方がいいんじゃね?」
また、体を見下ろす。そう言えば…昨日、着替えを持って来てもらって、それを待ってる間に寝ちゃったんだった…。
「あー、着替えないのか。じゃあとりあえず俺のジャージ持って来るから」
「すみません、お願いします…」
そうしてジャージを借りて着替えて、鳴狐さんの元へ向かう。お部屋に向かう途中に金髪の方は獅子王さんというお名前だということ。他にも何人かここで暮らしてるということを聞いた。
「ほら、着いたぜ」
獅子王さんはその場で止まってしまい、動く気配がない。
「あの…」
「入っていいぜ。俺は外で待ってるから」
もしかして気を遣ってくれたのかな。私はありがとうございます、とお礼を言ってそっと襖を開ける。部屋の中に入ると、鳴狐さんは布団に入ってはいるけど起き上がっていた。何かを紙に書いているようで私には気がついていない。襖を閉めて、声をかける。
「鳴狐…さん…」
「咲子…?」
鳴狐さんは紙を布団の横に置いて、立ち上がろうとする。私は慌てて鳴狐さんの元に駆け寄る。
「ま…まだ起き上がっちゃ駄目です…」
「…もう、大丈夫」
「でも…あんなに酷い怪我だったのに…」
「咲子のお陰。ありがとう」
鳴狐さんは優しい声でそう言ってくれる。私よりも大きな手でそっと髪に触れて、撫でてくれる。鳴狐さんに触れてもらってやっと無事だった…って、生きてるって実感出来た。
「よかった…です…」
「咲子…」
安心したら涙が止まらなくて。あんなに血が出てて、あんなに苦しそうだった鳴狐さんと、こうしてまたお話が出来るなんて。本当によかった。下を向いて、両手で涙を拭う。どうしよう、涙止まらない…。
「咲子、顔上げて」
「うう…でも…」
「昨日、公園に行けなくてごめん」
「謝らないでください…」
「でも、待っててくれて…嬉しかった」
そっと、顔を上げると鳴狐さんは少し頬を赤らめて微笑んでいた。その表情は見たことがなくて。鳴狐さんの手はまだ私の髪を撫でてくれていた。私が鳴狐さんに会いたかったように、鳴狐さんも私に会いたいと…少しでも思っていてくれたのかな。
「…これ、借りたの?」
「あ、はい。獅子王さんに…」
「…」
鳴狐さんは私の腕、というよりジャージを撫でている。首から下まで、じいっと見つめられる。な…なんだか恥ずかしい、な。そして鳴狐さんの手が伸びてくる。私の胸元で止まり、ジャージのファスナーを下ろされる。突然のことに驚いて、抵抗も出来ず声も出なかった。
「な…鳴狐さ…」
「脱いで」
鳴狐さんの鋭くなった瞳が、私をじっと見ている。ぬ…脱ぐ…って、服…を?鳴狐さんは私の肩からジャージを下ろす。腕が外気に晒されてひやりとする。
「鳴狐さん、待ってください…」
「…待てない」
近づいてくる鳴狐さん。これは…もしかしなくてもまずい…?私は身の危険を感じる。逃げようとすると、後ろに倒れてしまう。どうしよう、どうしよう。
「誰か…」
助けて。そう言おうとした瞬間、襖が勢いよく開いて甲高い声が耳に入る。
「鳴狐ー!何をしているのですかー!」
お供の狐さんだ。その後に獅子王さんも入ってくる。ばたばたと慌ただしくなる部屋で、不本意とは言え押し倒されて服が少し乱れている私と、鳴狐さん。その場で時が止まる。
「俺達…お邪魔だったか?」
「うん」
獅子王さんの言葉に即答する鳴狐さん。その言葉に部屋から出ようとする獅子王さん。待って…!
「いや、あの…行かないでください…!」
「獅子王殿!鳴狐から咲子殿をお助けください!」
狐さんのありがたいお助けにより、私は無事に鳴狐さんのお部屋を出ることが出来た。でもその手には鳴狐さんのジャージが。
「何だ、それ」
「これに着替えてと言われまして…」
狐さんによると、鳴狐さんは私が他の人の服を着ていたことが気になったようで。その真意はなるべく考えないようにする。考え始めたら、鳴狐さんと普通に今まで通りにお話出来るかわからなかったから。私はとりあえずこのジャージに着替えるために自分の部屋へ行くことになった。獅子王さんに送ってもらうけど…私、いつまでここにいられるのかな。
君にだけ僕の体温を預けよう
あとがき
お待たせしております。6話目でした。これから鳴狐くん以外の刀剣ともちょこちょこ絡ませられたら良いなあと思ってます。あとは夏に関するお話を1つ考えてます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
2015年08月10日 羽月
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