狐さんと鳴狐さんと出会ってから数日。私はまたあの公園に足を運ぶことにした。特に時間を合わせてはいないけれど、何となく会えるような気がしていた。


「狐さん、鳴狐さん、いますか…?」


少し控えめに声を出してみる。相変わらず公園には人はいない。平日の夕方なんだし、子ども達が遊びに来ててもいいような気がするけど…。


「咲子殿!」

「あ、狐さん。それに鳴狐さんも」

「…こんにちは」


狐さんはやっぱり鳴狐さんの肩に乗っていた。この前とは鳴狐さんの服装が違っていた。この前初めて会った時は不思議な服を着ていたけれど、今日はジャージだった。


「今日はジャージなんですね」

「そうなのでございます。鳴狐は一生懸命畑を耕したのですよう!」

「お仕事されて来たんですね。お疲れ様です」

「ありがとう」


そう言って鳴狐さんが少し微笑んでくれた気がした。私たちはあのベンチに移動する。そこへ座り、私は鞄からあるものを取り出した。


「鳴狐さん、かいろとか使ってますか?」

「かいろ…?」

「あれ、ご存知ないですか?」


鳴狐さんはこくりと頷いた。かいろを知らない人がいるなんて…!もしかして、お金持ちなのかな。普段は温かいお家にいるからいらない…とか。


「これ、なんですけど。袋から出して使うんです」


袋を開けてかいろを取り出すと、鳴狐さんも狐さんもじーっと見つめていた。本当に初めて見るらしい。


「これをポケットとかに入れるとだんだんあったかくなってくるんですよ」

「鳴狐、お借りして触ってみましょう!」

「鳴狐さん…この間手がとても冷たかったので。手袋越しでもわかりました」

「…ありがとう。嬉しい」


鳴狐さんの手が私の頭に触れた。その表情はとても優しいもので。自分の顔に熱が集まるのがわかった。心臓もドキドキしている。あれ、なんで。


「かいろとはすごい代物なのですね、鳴狐!」

「うん。あったかい」


鳴狐さんはポケットに手を入れて、かいろの感触を確かめている。少しでも喜んでもらえたならよかった。


「私もいま、お腹に貼ってます。貼れるかいろもあるんですよ」

「…寒い?」

「え、わ…あの、…大丈夫、です」


どうしよう、鳴狐さんとの距離がとても近い。鳴狐さんと私の膝はくっついてるし、鳴狐さんの手は、私が背をつけているベンチの背もたれに置かれている。そして下から覗き込むように心配してくれる鳴狐さん。近い。


「何やらお顔も赤いようです。熱でもあるのでは…?」


狐さんまで心配してくれる。心配をかけているけれど、鳴狐さんとの距離が近くて顔が赤いんですなんて言えない。…そうだ、気になっていることを聞いてみよう。


「あの、体調は大丈夫です。最近は温かいので」

「それならよかったです」

「無理は、しないで」

「ありがとうございます。あの、1つお聞きしたいんです。鳴狐さんと狐さんは…この辺りで桜の咲いている場所を知っていますか?」


そう聞くと、2人は顔を見合わせた。何だろう。何か、知っているのかな。


「この間、鳴狐さんと初めてお会いした時に、本に桜の花びらが落ちて来たんです」


私は自分のスマートフォンで撮った写真を2人に見せる。珍しいから、家に帰って本を開いてその写真を撮ってあった。


「これは…すごいですなあ!本がこの中に入っているのですか?」

「え…これは、普通のスマートフォンですけど……ご存知ない、ですか?」

「…初めて、見た」


…なんと。スマートフォンを知らないなんて。やっぱり鳴狐さんのお家はお金持ちなのかもしれない。外へ出かける時もお付きの人がついているから連絡手段なんていらない、とか。


「これはスマートフォンと言って、電話の機能とかカメラの機能もついているんですよ」

「でんわ…かめら…」

「はて、それらはどのように使うものなのでしょう?」

「え…っと」


電話やカメラの機能を他の人に説明したことなんてないし、どうしよう。カメラ…そうだ。電話は置いといて、カメラなら見せることは出来る。


「鳴狐さん、狐さん。実際に撮ってみましょう」


私は立ち上がって、2人にスマートフォンを向けた。2人はきょとんとして、何が何だかわからないようだった。


「いきますよ、ハイチーズ!」


かしゃり、と鳴った小さな音にも驚く2人。私は2人に近寄って、今撮った写真を見せた。


「カメラは、こうしてその一瞬を撮っておくことができるんです」

「これは…私と鳴狐でございますか!」

「…すごい」

「よく撮れましたね」


鳴狐さんの両手にスマートフォンを乗せて、2人でじーっと覗き込んでいる。興味津々なようで、とても微笑ましかった。すると、鳴狐さんが顔をあげて、私の方を見た。

「…一緒に、とれる?」

「え、私も…ですか」

「それはいい考えですな、鳴狐!咲子殿と私達の姿をこのかめらに残しましょう」

「ありがとうございます。じゃあ、撮りますよ」


私はカメラを内カメラにして、こちらに向ける。かしゃりと鳴った小さな音に驚かなくなった鳴狐さんと狐さん。カメラロールを開くと笑顔の私と嬉しそうな狐さんと、微かに微笑んでいる鳴狐さんが写っていた。


「私、次に会う時に写真にして持って来ますね」

「しゃしん…」

「そのしゃしんとやらも、どんなものか楽しみですなあ!」


2人ともすごく嬉しそうだ。こんな簡単なことで喜びを共有出来るなんて、2人の信頼関係の強さを感じる。


「そうだ。それで、桜のことなんですけど…」


先ほどの話題になると、2人はまた顔を見合わせた。やっぱり聞いちゃいけないことだったのかな。


「…桜は、特別な場所にある」

「そう、なんですね。満開の桜…見てみたいなあ」


特別な場所にあるのなら仕方ない。きっと私では入れない場所なんだろう。


「…いつか、一緒に見よう」

「…ほんと、ですか?」

「約束ですぞ!咲子殿!」


























(会えるかどうかもわからない君を)
(ただ待ち続けて得られるこの時間が)
























あとがき

長編3話目でした。ここまでは考えていた通りにお話が進んでいて順調です。
鳴狐くんに限らず、古い時代に作られた刀剣男士は現代のものを何も知らないといいなあなんていう想像から出来たお話でした。

読んでいただきありがとうございました。

2015年03月16日 羽月