少し暖かくなってきて、過ごしやすい日々が続いてる。最近は外を歩いたり、買い物をしたりするのにも丁度良い天気が続いている。カーテンを引っ張り、窓を開ける。爽やかな風が部屋に入り、少しだけ肌寒い。そしてふと思い出す、あの公園と狐さんのこと。いつもより少し薄手のコートを羽織り、マフラーを巻いて外に出かけた。


「少し、寒いなあ」


外を歩くと、ほんのりとした寒さが頬をつつく。手袋をしてない手を擦り合わせる。今日はいつもより寒いみたい。少し歩くと、あの公園にたどり着く。相変わらず人はいないけど、それが心地よくて。いつも座っているベンチに座った。ショルダーに入れて来た本を取り出して、それを開く。たまには外の空気を吸いながら読書するのも良い。本を何ページがめくっていると、ひらひらと本の上に花びらが落ちてきた。


「桜…?」


その花びらを手に取り、見つめてみる。淡い桃色の花びら。桜の花びらだと思うけどこの時期に咲くのかな。辺りを見回してみるけれど、花びらを付けている木はない。どこからか飛んで来たのかな。そう思って本に視線を戻そうとした時、かさりと音がした。音のする方を見ると、1人の人が立っていた。真っ白な髪に、顔の大半を隠す面、そして細身の身体に纏う紺色の服。そして、その肩には…


「狐さん…?」

「お久しぶりでございます!」


狐さんはその人の肩に乗ったままそう言った。そしてその人は小さくお辞儀をしてくれた。私も慌てて立ち上がってお辞儀をする。けど、お辞儀をしたら本が落ちてしまった。うわあ、やらかした。その本を拾おうとすると、紺色の腕が伸びて来てそれを拾う。


「あ…すみません…!ありがとうございます」


飼い主さんはまた小さくお辞儀をした。そうだ、自己紹介しないと。


「あの…はじめまして、雨宮咲子と申します」

「咲子殿と仰るのですね、素敵なお名前ですなあ!」


そういえば狐さんにも名乗っていなかったんだ。…狐さんに自己紹介するのもちょっと不思議だけど。


「狐さんとは、少しだけお話したことあるんです」

「…」

「咲子殿は私の身体を綺麗にしてくれたのですよ!鳴狐にもお話したでしょう」

「そんな、たまたまハンカチを持ってたから…そんなに広めなくても…」

「いえいえ!私はとても嬉しかったのでございます。鳴狐もお礼を言いたいと言うことで参上したのであります」


鳴狐…って、飼い主さんの名前だよね。不思議な名前だ。でも、さっきからその飼い主さんは全く喋らない。どうしよう。何か気に障ることでもしちゃったかな…。人の狐に勝手に触るな!とか。


「えっと、狐さんと飼い主さんはよくこの公園に来るんですか?」

「主殿のお許しをいただいた時には参ります。咲子殿は時々こちらにいらっしゃいますよね」

「え…!知ってたんですか」

「はい。見かけておりました」


わあ、恥ずかしい。何か変なこととかしてないよね、私。狐さんはたくさん喋ってくれるけど、飼い主さんは喋ってくれない。思い切って話しかけてみる。


「飼い主さんは、狐がお好きなんですか?」

「…鳴狐」


想像していたよりも、低くて落ち着いた声。狐さんとバランスが取れてて良いなあ、なんて思ったり。


「え…今、なんて…?」

「……名前、鳴狐」

「咲子殿!鳴狐は咲子殿に名前で呼んで欲しいと申しております。申し訳ありませんが、呼んでやっ…むぐう」


狐さんが喋っている途中だけど、その口を飼い主さんが塞いでしまった。顔の大半を覆う面のせいで表情はあまりわからないけど、少し恥ずかしそうにも見える。でも頼まれたからには。


「鳴狐さん」

「…!」


飼い主さん…いや、鳴狐さんは目を見開いた。表情がわからなくても、目を見れば大丈夫。きっと伝わる。


「私、狐さんとお話出来て…とっても楽しかったです。だから、狐さんとも鳴狐さんとも、もっとお話ししたいです。…迷惑ですか?」

「……咲子」

「へ、あ…はい!」


突然名前を呼ばれてどきりとしてしまう。大人の男の人の呼び捨て、中々心臓によろしくない。


「…これから、よろしくね」

「は…はい!」


鳴狐さんがそっと差し出してくれた手を両手で握った。少しだけ、ほんの少しだけ心を開いてもらえたような気がした。























(握手したその手はとても冷たかった)
(まるで、真冬の金属のように)




























あとがき

長編2話目でした。鳴狐くんを早く出さなけれなと思い、頑張りました。咲子ちゃんの性格がぶれてるなあと思いつつも、このまま公開しちゃいます。読んでいただきありがとうございました。

2015年03月14日 羽月