「独りぼっちの楽園へようこそ」の途中で馬当番中の加州と安定に出会った時のお話。
「あーもー何で俺が馬当番やんなきゃいけないわけ?」
「喋ってないで手動かしなよ」
今日の朝、久しぶりに集められた会議では主から女の子を紹介された。突然だった。特に優れたとこもなさそうな普通の子。なんであんな子が主に直々に紹介されるのか、納得いかない。その上馬当番なんてさせられて。久しぶりに主に会えると思って爪も綺麗にしたのに。
「安定だって、あの子のことおかしいと思わない?」
「別に思わないよ。主がここに住ませるって言うならそれなりの理由があるんじゃないの」
それなりの理由、ね。広間から出る時に鳴狐と話しているその子を見た。鳴狐とは知り合いみたいで、前に立っている時よりは大分柔らかい表情をしていた。
「噂をすれば、だよ。清光」
安定がそう言うと歩いてくる一期一振とあの子。一期一振の後ろを不安そうな顔で歩いている。まあ1人で初めての場所を歩き回るのは大変だろう。
「加州殿、大和守殿、内番中に失礼致します」
「一期一振…と、」
「あ…雨宮咲子と申します。お仕事のお邪魔してすみません」
眉を下げながら小さく頭を下げるその子。皆の前に立っていた時と同じ顔。不安とか恐怖とか、そんな感情がよく出ている。まあ無理もないか。ここにいる全員初対面なんだもんね。
「俺は加州清光」
「僕は大和守安定。2人は何してるの?」
「咲子さんはこの本丸に来たばかりですので、施設の案内をしているところです」
一期一振が穏やかに微笑む。いくら緊張しているとはいえ、一期一振なら安心してその子を任せられるんだろうなとなんとなく思った。そんな彼女の視線は俺たちの後ろの方にあって。興味津々といった表情で馬を見ていた。
「…そんなに珍しい?」
「はい!あまり見たことがなくて」
素直に頷いて微笑む。きっと打ち解ければ皆と上手くやっていくんだろうな。打ち解けるまでにかなり時間がかかりそうだけど。
「それよりさ、その髪とかどうにかなんなかったの」
「え、あ…髪ですか?」
そう言って頭を抑える。別にぼさぼさなわけではないが、年頃の女の子ならもう少しやりようがあるだろう。せっかく綺麗な髪をしているのにもったいないなんて思う。
「もう少し手入れしたり結ったりさ、髪がかわいそうだよ」
「き、気をつけます」
「そんなに言うなら清光がやってあげればいいじゃん」
「はあ?何でそうなるわけ」
安定がとんでもないこと言ったな、と思ってその子の顔を見る。何だか少し嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。俺の迷惑そうな顔なんて全く気にしない風で。さっきまで小さくなっていた子はどこに行ったんだか。
「…わかったよ」
「教えてくれるんですか!」
「どうせあんたここに住むんでしょ。時間がある時なら教えてあげるよ」
「ありがとうございます。私、お姉ちゃんとかいたことなくて…憧れてたんです」
嬉しそうに笑ってそう言う少女。笑ってはいるもののどこか影も感じられて。あまり認めたくないけど世話焼き気質なところがあるせいか、ほっておけなかった。
「咲子さん、そろそろ次の場所へ参りましょうか」
後ろで黙って見ていた一期一振が声をかける。振り返ってすみません、と言うその子。さっきまでの笑顔は消えてしまっていた。
「咲子」
「あ、はい!」
少し驚いてこちらを見る。まあ無理もないか。突然呼び捨てだもんね。でもこういう子はこちらから距離をつめてあげないと、自分からは積極的になれない性格だろうから、仕方なく。
「俺ら、2人で相部屋だからさ」
「好きな時に遊びに来ていいからね」
そう言うと笑顔になり、頭を下げてから一期一振の後について行った。安定も結構、ああいう咲子みたいな子をほうっておけないんだな。…まあ、俺も人のこと言えないけど。
「あーあ、今度主に甘い物でも頼みにいかないとなあ」
「今度一緒に作ったら?咲子ちゃんと」
「それありだね」
安定も咲子が部屋に遊びに来るのを楽しみにしているようだ。それから少し退屈だった馬当番も、咲子とあれしようこれしようとかんがえながらこなしていたら、あっという間に終わっていた。
明日の太陽はきっと僕らを 照らすから(君が現れたその日から、) (世界があたたかく輝いて見えた)2017年03月25日 羽月
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