かこん。床に置いた桶の音が響く。とても広いお風呂に1人だけの私。なんて贅沢なんだろう。今日は一期一振さんにお家の中を案内してもらって、それから鳴狐さんとお話して。お昼ご飯はお部屋で食べて、夕ご飯は広間で鳴狐さんと2人で食べた。今日は出陣や遠征が多いから皆が揃わないって狐さんが言っていた。今朝みたいに全員が揃うことの方が珍しいようだ。そして皆さんが続々と帰ってくる中、鳴狐さんがお風呂に入ると良いと案内してくれた。何でも今日は私が一番風呂だそうで。
「贅沢だなあ」
たくさん人がいるからかな。すごく広い洗い場に広い湯船。部屋の数も多いし、お家というよりは旅館みたい。置いてあるシャンプーやコンディショナーもありがたく使わせてもらう。一通り体を洗って湯船に入る。ざぶんと落ちるお湯がもったいないけど、すごく幸せだ。
「でもやっぱり、…」
少しだけ、さみしい。
私の声はお風呂の中で響いて消えた。皆さんは、大勢でぎゅうぎゅうになって湯船につかって、大きな声で笑い合うのかな、なんて。ここにはたくさんの人がいて、私のことを気にかけてくれる人もいる。それでも、家にいた頃よりもさみしいと感じることが増えたような気がする。それは私がまだ皆さんに近づく勇気がないこと、知ろうとしてないことが原因だろう。
「だめだめ」
首を横に振って息を吸う。そして頭までお湯の中に浸かる。苦しくなってきたところで顔を上げる。十分温まったし、長居してたら申し訳ないし。湯船から上がり、お風呂からも出る。広い脱衣所で水分を拭き取り、髪も水が落ちない程度に拭く。そして持って来ておいた服を身に付ける。鳴狐さんに新しいジャージを借りたのでありがたく着させてもらう。そろそろ自分の服が欲しいなあ、なんて。
「忘れ物、無いよね」
持ってきた物を全て持ち、確認してから脱衣所を出る。音を立てながら引き戸を開ければ視界の隅の影が勢いよく動く。
「おわっ…!」
「え…あ、獅子王さん…?」
聞き覚えのある声と金色に光る髪から想像出来る人の名前を呼ぶと、やっぱりその人で。どうやら脱衣所の前にしゃがんでいたらしい。獅子王さんはしゃがんだまま、私を見上げて口を開く。
「急に出てくんなって」
「す…すみません…?」
何だかよくわからないけど驚かせてしまったようなので、謝る。そうすると獅子王さんはそうじゃないと言いながら立ち上がる。立ち上がった獅子王さんは私よりも背が大きい。
「もしかして、お風呂待ってました?」
「…まあそれもあるけど」
「お疲れのところ、すみません。お先にいただきました」
小さく頭を下げる。少し目線を下げれば、朝見た時よりも傷が増えた服が見える。獅子王さんは、第1部隊で出陣するって言ってた。出陣は…私の想像通り危険なことみたいだ。鳴狐さんのあの怪我も、獅子王さんのこの傷も。自然と手が伸びて、擦り切れた膝の辺りに触れる。
「ど、どうした?」
「あ…ごめんなさい。傷が…ついてたから」
慌てて手を引っ込める。鳴狐さんも、怪我が治ったらまた出陣…するのかな。小さな傷も、大きな傷も増やしていくのかな。そんな不安が、頭の中を占める。するとぽん、と優しい感触。獅子王さんの手が私の頭に触れていた。
「そんな心配そうな顔すんなって」
「え…」
「これだって擦り傷だし、何より俺は第1部隊だしな。鳴狐なんかこの本丸で一番強いんだ」
「そう、なんですね。獅子王さんも鳴狐さんも…強いんですね」
ぎこちなくなってしまったけど、安心からか自然と笑えた。獅子王さんは優しくてあったかい人だなあ。そう思っていると獅子王さんは、じゃあなと言ってお風呂に入って行ってしまった。…なんだかよそよそしいような。でも私も長くお風呂に入っちゃったし、早く入りたかったんだろうな。そう思って自分の部屋へと向かう。中庭に面した縁側を歩いていると、外を見ている人がいた。その人の名前を呼ぶ。
「鳴狐さん」
「…咲子」
「お風呂、いただきました。気持ち良かったです」
「よかった」
「鳴狐さんは、何をしているんですか?」
立ち止まっていた鳴狐さんの隣に立ってそう聞くと、上を指差す鳴狐さん。その手の方を見ると、夜空に輝く星。
「うわあ…すごい、こんなに綺麗に見えるんですね」
そういえばここにお邪魔してから夜空を見たことはなかった。桜もすごく綺麗だったし、空気が澄んでいるのかな。名前はわからないけど、こんなにたくさんの眩しく光る星があったなんて。
「…私、いつまでここにいられるのかな」
なんて、小さく呟いてみる。こんなに綺麗な星も、桜も、桜が葉になっても、ずっと見ていたい。毎日星を見て、偶然会った鳴狐さんと星を眺めて。そんな日をずっと続けていきたいけれど。知らない人ばかりのこのお屋敷で、私は自分のいる意味を見つけられるのかな。
「…約束、忘れた?」
「あ…」
鳴狐さんの手には、小さな桜の花びら。鳴狐さんは、私とずっと一緒にいてくれると、約束してくれた。
「ずっと、咲子の隣にいる」
「…はい」
「…だから、ここが、咲子の居場所」
鳴狐さんの右手が、私の左肩に触れる。鳴狐さんの隣が、私の居場所。その温かさが、さみしさなんて紛らわしてくれるようだった。
「ありがとうござ…くしゅんっ」
ありがとうございます、と言おうとしたらくしゃみが出てしまった。うわあ、恥ずかしい。そう言えば髪が少し濡れていて、冷えたのかもしれない。
「冷えた?」
「あ、はい。少しだけ…」
「髪…濡れてる」
鳴狐さんはそう言うと私の腕を掴んだ。そして何も言う間もなく腕を引かれる。逆らうことなく歩いて行くと、そこは先ほどまで私がいた、お風呂の前。
「乾かそう」
「あ…鳴狐さん…中には獅子王さんが…!」
そう言い終える前に扉を開ける鳴狐さん。目の前には髪をタオルで拭いている獅子王さん。慌てて目を塞ぐと、獅子王さんの声が聞こえた。
「いきなり開けんなって」
「咲子が風邪引くから」
そんな短時間では風邪は引きません、なんて言えないまま私は目を塞いでいた。
「なんだ、髪乾かしてなかったのか。…って何やってんだ?」
「見てはいけないと思いまして」
「は?」
「獅子王、服着てるよ」
「え…本当、ですね」
獅子王さんはもう服を着ていた。お風呂出るの…早いな、なんてどうでも良いことを考えながら鳴狐さんに手を引かれ、洗面台の前に座らされる。そしてドライヤーを準備する鳴狐さん。
「あ、あの鳴狐さん。私自分で出来ます」
「駄目」
「鳴狐ー、俺も乾かしてくれよ」
獅子王さんがそう言うと鳴狐さんは首を横に振ってドライヤーをかけ始めた。あったかい。獅子王さんはちぇーと文句を言いながら私の隣に座り、ドライヤーを始める。
「熱くない?」
「大丈夫です!」
ドライヤーのおかげであまり声が聞こえないため、少し大きな声で話す。鳴狐さんの手が私の髪に触れて、ほどかれていく。少しくすぐったいし、恥ずかしい。
「…咲子、髪綺麗」
「そう、ですか。今日はここのシャンプーとコンディショナーを借りたので」
鳴狐さんの指が頭や髪に触れて、それが心地よくて。目を閉じそうになった瞬間。ぶわあーとかかるドライヤー。どうや獅子王さんが隣からかけているようで。
「あ…熱い、です!」
「俺もやる」
「獅子王さんのは髪じゃなくて顔にかかってます…!」
獅子王さんが悪ふざけをしてドライヤーを私に向けてきた。それを見た鳴狐さんは獅子王さんの頭を軽く叩く。
「獅子王」
「な…何だよ」
「…駄目」
「……わかったよ!優しくやればいいんだろ」
獅子王さんはそう言って立ち上がり、私の左側に立つ。右側には鳴狐さん。2人で髪を乾かしてくれる。何だか申し訳ないけど、すごく嬉しくて。さっきまではあんなに静かだったここも、賑やかで。えへへ、なんて笑うと獅子王さんにはすごく怪訝な顔をされた。
「…私、ここに来られて良かった」
「ん?何か言ったか」
「いいえ!何も」
流れ星が落ちた場所で(僕たちの願いを) (囁き合おう) あとがき
今回も更新が遅くて申し訳ありません。そして読んでいただきありがとうございます。
少し咲子ちゃんがうじうじ悩んでしまいましたが、最後の3人でふざけ合う感じが書けたのでよかったです!
2016年03月08日 羽月
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