※本編ではまだ公開できていませんが、夢主が本丸に住んでいるという設定で話が進んでいきます。

























「浴衣…ですか?」

「そう。政府に行った時に知り合いに貰ったんだけどね、女性用の浴衣なんだ」


主さんから受け取った浴衣は桃色と紫色のグラデーションで、桜柄の綺麗な浴衣だった。


「でも…本当にいただいていいんですか?」


主さんはにっこり笑って、ああと頷いてくれた。私はありがとうございますとお礼を言って主さんのお部屋を後にする。嬉しいな、浴衣。でも…着る機会あるかな?少し小走りになりながら自分の部屋へと続く縁側を進む。すると曲がり角で誰かにぶつかってしまう。


「わっ…!」

「うわあっ!」


私とぶつかったその人は加州さんだった。わ、どうしよう。


「ご…ごめんなさい…!」

「別にいいけど、そっちは平気?」

「はい、大丈夫です」

「それ、ぐしゃぐしゃになってるよ?」


恐らく加州さんと一緒に歩いていたであろう安定くんが私が手に持っているものを指差して言う。


「わ…!浴衣が…!」

「浴衣?」

「そうなんです、さっき主さんにいただいて…」

「主にもらったの!?いいなー、俺着るものは貰ったことないのに」


加州さんは浴衣を見ていいなーずるいなーと言っている。何だか少し申し訳なくなる。


「いただいたのは嬉しいんですけど、着る機会がなくて…」


普段着にこの浴衣を着るのはなんだかもったいない気がする。どこかへ出掛ける時に着たいな、なんて思ってると加州さんと安定くんは2人で顔を見合わせて頷く。そして2人にそれぞれの手を掴まれる。あれ。


「それなら丁度良いのがあるよ」

「行くよ、ついて来て」

「え、あの…!」


2人に誘導されるまま歩いて行くと、2人は襖を開けて部屋に入る。どうやら此処は加州さんの部屋らしい。赤い小物が多い。


「これ見て」

「花火大会…?」


加州さんに手渡された紙を見る。其処には花火大会と書かれていて、行われる日はなんと今日だった。


「加州さん、これ…」

「それ行けば、着物も着れて丁度いいじゃん」


加州さんは腰に手を当てて私を見ている。せっかく提案してくれたのに…私は根本的な問題を忘れていた。

「…でも、私…着付出来ないです…」

「は…?嘘でしょ…」


加州さんは信じられないと言った表情をしている。確かに、皆さんは和服も洋服も着られる人たちだから、着付が出来るというのは常識なのかもしれない。


「大丈夫だよ、咲子ちゃん。清光が着付けてくれるって」

「え…!」


安定くんが加州さんを指差してそう言う。すると加州さんは驚いた表情をして慌てて言い返した。


「何で安定が決めるわけ!…まあ着付けくらいやってあげてもいいけど」

「ほんとですか…!」


加州さんの言葉に嬉しくなる。でも其処で1つ、考えなければいけない問題が。それは誰と一緒に花火大会に行くかということ。せっかくのイベントに1人で行っても楽しさは半減してしまう。一緒に花火を見たい人の顔を思い浮かべて、消した。


「あ…でもやっぱり、大丈夫です」

「何で急に落ち込んでるの」

「えっと…1人で行くものじゃないですよね、花火大会」


私がそう言うとお2人は顔を見合わせた。


「安定」

「わかってる」


そう言うと安定くんは部屋を出てどこかへ行ってしまった。すると加州さんは私の方を見てこう言った。


「よし、じゃあとりあえず浴衣羽織ってみなよ。着付けは俺がやるし、帯とか小物とか決めないとね」

「え、あの…安定くんは…」

「ああ、安定に任せとけば大丈夫でしょ。1人くらい暇人見つかるよ」


なるほど。安定くんは一緒に行ってくれる人を探しに行ってくれたらしい。それよりも事情を知ってる安定くんと加州さんが来てくれればいいのでは…というなんとも図々しい考えは口にしないことにした。加州さんが少し部屋を空けてくれると言うので、私は主さんにいただいた浴衣を羽織る。そして外にいるであろう加州さんに声をかける。


「加州さん、羽織りました」

「はいはい、今行く」


加州さんは部屋に入ってきて、私の方をちらりと見る。そして自分の衣服などが入っているであろう箪笥を開けてタオルや紐を取り出す。


「あの…」

「あんた細すぎ。これ巻いてもう1回羽織り直して」


そして加州さんは私にタオルを渡してまた部屋から出て行ってしまった。浴衣って寸胴が似合うって聞いたことがあるけど…。自分の体を見下ろしてみる。うん、とても似合いそうな体型だ。でもタオルを巻かないといけないらしい。私はお腹のあたりにタオルを巻いて再び加州さんを呼んだ。


「あー、まあさっきよりはましかな」

「すみません…」

「別に。じゃあ着付けするから色々触るけど」

「あ、はい。お願いします」


加州さんは浴衣を持ち上げて裾を合わせたり、紐を結んだりして私に合わせて着付けをしてくれた。ここ持って、とかそういう指示を受けながら浴衣を着せてもらう。帯も綺麗に結んで、完成と言われた。


「すごい…早くて綺麗です…!」

「当たり前でしょ。あんまり激しく動くと着崩れるから気をつけて」

「はい、ありがとうございます!」


加州さんにお礼を言うと、丁度タイミング良く安定くんが戻ってきた。


「あ、終わったんだね」

「お帰り。見つかった?」

「もちろん。咲子ちゃん、18時に花火大会会場の入り口に行ってね」

「え、あ…うん。安定くん、ありがとう。でも…ここから一緒に行くんじゃないの?」

「待ち合わせした方がどきどきするでしょ」


安定くんはにっこりと笑ってそう言った。なるほど…誰と一緒に行くことになるのかわからなくて更にどきどきする。


「それより咲子ちゃん、そのまま行くの?」

「え?」


安定くんは私の髪の毛を指して首を傾げた。私は髪を下ろしていて、特に何も手をかけていない。確かに浴衣と言えば髪の毛をアップにした方が似合う気がする。でもここでも問題が…。


「私…髪の毛いじるの苦手で…」

「じゃあ僕にやらせてよ」

「ほんとに…いいの?」

「もちろん」


安定くんはにっこりと笑って座って座ってと私を促す。それ俺の鏡台なんだけどと言う加州さん。そう言いながらも使うことには何の問題もないようで、私が座ると安定くんと一緒に髪を梳かしてくれる。


「どういうのがいいかなー」

「これだけ長ければなんでも出来そうだけど。それよりあんた化粧してる?」

「あ…一応、してます」


加州さんに鏡越しにじーっと顔を見られる。その間にも安定くんは髪を編み始めていた。


「それ、やり直していい?せっかく浴衣が可愛いのにもったいない」

「ぜひ、お願いします!」


こうして髪は安定くん、顔は加州さんに化粧をしてもらってなんとも贅沢な時間を過ごしてしまった。


「目開けていいよ、咲子ちゃん」

「わ…!」


安定くんに促されて目を開ける。すると髪は綺麗にまとめられていて、可愛らしい髪飾りも付いている。いつもよりも少し華やかになった顔は、少しだけ自分じゃないみたいで。


「何か言いなよ」

「あんまり気に入らなかった?」

「そ…そんなことない!ありがとう、加州さん、安定くん」


私は後ろに立っていた2人を見てお礼を言う。すごい、すごい。髪型と化粧でこんなに変わるんだ。それよりもこんな技術を2人が持っていたことにも驚きだ。


「喜んでもらえてよかったよ。ね、清光」

「あー、まあね。それよりそろそろ出ないと間に合わないよ」

「本当に、ありがとうございます!帰ってきたらお礼します」


私は2人にお礼を言って部屋を出る。もうすぐ時間になってしまう。私は少し小走りで向かう。そう言えば…一緒にお祭りに行ってくれる人って、誰なんだろう。












花火大会会場の入り口に着く。見覚えのある人はいないかと周りを見渡す。手には加州さんが選んでくれた巾着。でもきょろきょろしていたせいか、歩いて来た人にぶつかってしまう。


「すみません…!」


そしてその拍子に巾着が落ちてしまう。慌てて拾おうとすると、私ではない他の人の手が伸びてきて、私の巾着を拾う。


「ありがとうございます……あれ」


巾着を差し出してくれた人は綺麗な銀髪で、目の下には赤い印。どこかで、見たことある。ううん、違う。この人は…


「鳴狐さん…?」

「うん」


少し微笑んでいる鳴狐さん。いつもより表情がわかりやすいのは、常に付けている面頬がないから。初めて見る鳴狐さんの素顔と浴衣姿に、自分の顔に熱が集まるのがわかる。


「どうして、ここに?」

「安定に、誘われて」

「え…じゃあ、鳴狐さんが…?」

「?」


鳴狐さんはどういうことかわからない、と言った表情をしている。そうか、もしかしたら安定くんに花火に誘われただけで、私が来ることは知らされていなかったのかもしれない。もし安定くんと花火に行きたいと思ってたら申し訳ないけど…私の心臓はどきどきと高鳴っていた。


「あの、今日一緒に花火に行くのは…安定くんじゃなくて…私なんです」

「…咲子、が?」

「はい。私が…主さんに浴衣をいただいて、それから加州さんと安定くんが花火大会のことを教えてくれたんです。それで安定くんが一緒に行ってくれる人を探してくれるって言って…」


それから。頭の中で上手くまとまらない言葉を声に出す。鳴狐さんは穏やかな表情で私の言葉を待っていてくれる。


「だから…一緒に、花火を見てくれませんか…?」


鳴狐さんは少し目を見開いて、そしてその目を細めた。口元は緩く微笑んでいる。きっと良い、ということなんだろう。


「行こう」

「はいっ…!」


私は鳴狐さんの後をついて歩く。花火大会と言っても人がたくさん集まるので、たくさんの屋台も出ている。焼きそばにたこ焼き、綿あめにりんご飴、射的に金魚すくいまで屋台は色々ある。どれも良いなあなんて目移りしていると、鳴狐さんがぴたりと足を止めた。


「鳴狐さん、何か気になるお店がありましたか?」

「あれ…」


鳴狐さんの視線の先にはお面屋さん。そこにかかっているお面は色々なキャラクターの物が多かったけれど、下の方には動物を模した物もあった。その中でも。


「あの狐のお面、可愛いですね」


鳴狐さんはこくりと頷いた。私はお店のおじさんに声をかけて、そのお面を2つ買わせてもらう。そしてそれを持って鳴狐さんの元へ戻った。


「鳴狐さん、これ付けましょう」

「これ…いいの?」

「はい。お祭りならではですよね、お面って」


私はごむを頭に通して、顔の横に付ける。鳴狐さんは少し首を傾げてお面をじーっと見ている。もしかして、付け方がわからない…とか。何だか出会った頃の鳴狐さんを思い出して、お面を貸してもらう。


「少ししゃがんでもらえますか?」

「…こう?」


膝を折って私と目線を合わせてくれる。近くなった鳴狐さんの頭に、私と同じようにごむを回して付ける。私とは左右対象にしてみた。


「出来ました……っ!」


出来ました。そう言って鳴狐さんのことを見る。でも思ったよりも近いところに顔があって。私は慌てて離れた。鳴狐さんは嬉しそうにお面に触っている。よし、気付かれてないよね。


「咲子の欲しい物は?」

「え、私ですか…?」

「これのお礼」


お面を触りながらそう言って、鳴狐さんは自分の巾着を見せた。きっとそこに自分のお財布が入っているんだろう。ではお言葉に甘えて。


「綿あめが食べたいです」


鳴狐さんはこくりと頷くと、辺りを見回して綿あめ屋さんを見つける。たたたっと軽快な足音を立てて向かって行った。そして2つ抱えて帰ってくる。少し頬を高揚させている。


「…買えた」

「ありがとうございます!大切にいただきます」


少し人通りが少ない所へ移動して綿あめを食べる。口に入れた瞬間に溶けていく甘さがとても美味しい。鳴狐さんは初めて食べるようで、この感触に驚いていた。


「他にも買いませんか?安定くんと加州さんにお礼したいので」

「うん、咲子が選んで」


それなら…と定番の物をいくつか買った。優しいおばさんが袋に入れてくれたのでしっかり持てる。自分用にりんご飴、鳴狐さんはかき氷を買っていた。


「そろそろ花火、始まりますかね」

「…場所、移動しよう」


鳴狐さんは更に会場の奥へと進んでいく。花火も始まるということもあり、たくさんの人が行き交う中で鳴狐さんと離れてしまう。どうしよう、このままだとはぐれちゃう…。鳴狐さんの姿が見えなくなってしまいそうになると、鳴狐さんが後ろを振り返ってくれた。そしてこちらまで戻ってきてくれる。


「咲子…!」

「す、すみません…人が多くて、見失っちゃいました…」

「…危ないから」


そうして鳴狐さんは手を差し出してくれた。これは、手を繋ぐ、ってことなのかな。私はゆっくりとその手に触れた。手袋越しではない、手の感触。以前触れた時よりもほんのり温かい。私の手と鳴狐さんの手が触れると、きゅっと握られた。


「これで大丈夫」

「……はい」


そして鳴狐さんに手を引かれてまた移動する。鳴狐さんの少し後ろを歩いているから、きっとこの顔を見られることはない。私の顔はすごく熱くなっているはず。


「着いたよ、咲子」


鳴狐さんが振り返る。すると木々の間から花火が打ち上がるのが見えた。そこは高台になっていて、人がほとんどいなくて、とても見やすい場所だった。明かりも少ないから花火が綺麗に見える。


「わあ…すごい…!」


私は柵まで駆け寄る。下にはたくさんの人が見える。ここなら花火もよく見えるしのんびり出来そう。


「鳴狐さん、こんな素敵な場所を知ってたんですね」

「…うん、見つけた」

「ありがとうございます!花火、すごく綺麗です」


鳴狐さんと並んで花火を見る。手に持ったりんご飴も忘れずに食べながら。花火綺麗ですね、とかよく見えますね、とか…あまり会話はなかったけれど、こうして年に何回かしかない機会を鳴狐さんと過ごせたことはとても大事な思い出になるはず。そして最後にたくさんの花火が打ち上がると、花火大会は終わった。


「…終わっちゃいましたね」


手に持ったりんご飴も、あと少ししかない。鳴狐さんの方を見ると、鳴狐さんもこちらを向いていた。やはり、いつもの面頬がない鳴狐さんの顔は見慣れない。


「鳴狐さんはかき氷、食べ終わりました?」

「うん、美味しかった」


空になった容器を持っている鳴狐さん。確か…ブルーハワイ味を選んでいた気がする。


「鳴狐さん、口開けてみてください」


鳴狐さんは首を傾げながら口を開ける。思った通り、口の中は真っ青に染まっていた。


「見てみてください」


私は巾着の中から鏡を取り出して鳴狐さんに手渡す。すると鳴狐さんは驚いて鏡の中の自分をじーっと見ていた。


「かき氷の色が移ったんですね」


私の言葉に納得して、鳴狐さんは顔を上げる。私は鏡をしまうけれど、鳴狐さんの視線を感じる。もしかして、りんご飴食べたいのかな。しかし鳴狐さんは一歩ずつ私に近づいてきて、私の顎に手を添えた。どうしようどうしよう、これは近すぎる…!


「あ…あの、鳴狐さ…」

「咲子の口の中は赤い」


そう言うと鳴狐さんの手も体も離れていった。どうやら自分も見てみたかったらしい。それよりも心臓がどきどきと、今日一番に高鳴っていた。鳴狐さんの素顔をあんなに間近で見てしまった。そして私がそこから動けないでいると、鳴狐さんは私の手を取った。


「へ、…鳴狐さん…」

「またはぐれないように」

「…はい、ありがとうございます」


少しだけぎゅっと手に力を入れてその手を握った。花火大会なんて久しぶりで、それを見たかった鳴狐さんと一緒に見られて。浴衣をくれた主さん、着物を着付けてくれた加州さん、髪を綺麗に整えてくれた安定くんに感謝して、鳴狐さんの背中を見つめながら本丸へと帰った。

























あとがき

夏が終わりかけてますが、夏祭りのお話でした。浴衣の知識がゼロに等しいのと、加州くん安定くんの話し方が上手く掴めていないのとでお見苦しい点は多いかと思いますが…少しでも楽しんでいただけたら幸いです!

2015年09月09日 羽月