「鳴狐、あの子を見つけました」


供の狐が、帰ってくるなりそう言った。その表情は少し高揚しているようにも見える。供の頭を撫でて、いつものように肩へと乗せる。襖を開けると、綺麗な桜が花びらを舞わせていた。


「会いに行こう」


そう決めて、供を連れて外に出た。主には言わなくてもわかってるはず。何日か、供があの子を見つけたと言った公園に通う日々を続けた。

そして、ようやく出会えた。ベンチに座り本を読む姿は、記憶の中のあの子よりも少しだけ大人びている。近づきたい、そう思っていた足が歩みを進める。するとかさりと足音を立ててしまう。彼女はこちらを振り向き、驚いた表情をしている。しかし肩に乗っている供に気が付き、表情を緩める。軽くお辞儀をしたら彼女の膝から本が落ちる。その本に手を伸ばし、拾い上げると微笑みながらお礼を言われる。とても綺麗に笑う彼女は、以前彼女に出会った時よりも遥かに成長しているように見えた。

それから彼女は、咲子は何度か公園に足を運んでくれるようになった。咲子の生活の中には知らないものが溢れていた。それを1つ1つ教えてくれる優しさが身に染みた。色々なことを教えてくれた咲子にお礼がしたくて、本丸の桜を集めて見せた時はすごく喜んでくれた。桜の中で嬉しそうにする咲子はとても綺麗で、いつか本丸で桜を見せてあげたいと、心からそう願った。それを小狐丸に言うと、刀でも願いが生まれるのだなと、言われた。

そして、今日も咲子が来るはずだという淡い思いを抱いて公園へ向かう。しかしその途中で、ここでは見かける筈のない者を見つける。いつもは戦場で対峙する、敵。何故ここに、という疑問を浮かべる前に、主の言葉を思い出す。


"時空を超えて討伐に向かう刀剣男士に歴史修正主義者、それから検非違使…最近は時空の歪みが発生して、あるべき場所に戻れないこともある。君達も十分注意するように"


以前よりも出陣する機会が多くなったことにより、こちらの世界にいるはずのない敵が発生してしまったのだろうか。ともかく、敵と判断出来る者を見つけて野放しにすることは出来ない。供と一緒に後を追い、追い詰める。少し卑怯な手だが後ろから切り掛かり、その態勢を崩す。崩れたところにもう一太刀浴びせ、戦闘不能にする。辺りを見回したが、この者しかいないようだった。刀に付着した血を払い、鞘に収める。今日は公園へ向かう前に主に報告しに帰らないといけない。そう思ってそこを立ち去ろうとすると、後ろからがさりと音がする。刀を抜くと同時に振り向き、相手の刀を受け止める。そこにはずらりと同じ形の者たちが並んでいた。ここで、止めなければ。一度深呼吸をして、彼らの元へ向かって行った。





















どさり、と音がする。最後に立ち向かって来た敵が倒れる。滴り落ちる汗を拭う。それには赤い血も混ざっていた。どちらのものかはわからない。剣を納めて辺りを見回す。今度こそ敵はいない。疲労と出血で覚束ない足を動かす。まずは本丸へ行かないと。供の心配する声が聞こえるが、返事をしている余裕はない。先ほどとは違い、本丸への道のりが遠く感じる。この公園を抜ければ…。頭の中に、1人の少女の顔が思い浮かぶ。今も、待っているんだろうか。それとも帰ってくれただろうか。もう遅いから、帰っていてくれると良い。そう思うと同時に足に力が入らなくなった。体が傾き、倒れる。さすがにあの数の敵を1人で討伐するのは無理があったようだ。供の狐の声と、足音が聞こえる。


「鳴狐さん…狐さん…?」


足音の後に聞こえたのは、会いたかった声。彼女はこんなに遅い時間まで待っていてくれたのだろうか。供と咲子の声を聞きながら目を閉じる。咲子が来てくれて、よかった。目が覚めて体が回復したら何か、咲子が喜ぶ何かをしてあげたい。

次に目が覚めた時は本丸の自分の部屋だった。起き上がると少し体が痛んだ。


「鳴狐、もう体は大丈夫なのですか?」


供が心配そうにこちらに寄ってくる。頭を撫でながら頷くと安心したように笑う。それと同時に襖が開き、獅子王が入ってくる。


「目、覚めたか」


獅子王とは同じ部隊で戦っている分、信頼もしている。頷くと、そうかと言って布団の横に座った。


「あの子が前に言ってた子か?」


あの子、とはもちろん咲子のことだろう。咲子のことは何度か話している。出陣のない日に出掛けるところを獅子王には何度か見られているからだ。


「咲子は、何処に?」

「主と話した後、三日月が部屋に案内したよ。今日はここに泊まってくんだろ」

「獅子王…色々ありがとう」

「…別にいいって。それよりここに奴らがいたって本当なのか?」


こことは現世、奴らとは戦った敵のことだろう。仮にもこの本丸の第一部隊を任されている身としては気になるところなのだろう。


「…詳しくは報告書にまとめる」

「……わかった。まあゆっくり休めよ。明日になったらあの子連れて来てやるから」


そうか、咲子がここに、この部屋に。自分の頬が緩むのがわかった。獅子王に、ほどほどにしろよと言われる。今日は報告書を書くのを止めてゆっくり休もう。いつもよりも、明日が楽しみだ。

次の日は目が覚めてから報告書の作成に取り掛かった。まだまだわからないこと、やるべきことが多い。そしてその報告書を書き終える前に咲子が部屋を訪ねて来てくれた。自分のために誰かが涙を流すということは、とても苦しいことだとわかった。自分の手を見つめる。咲子に、咲子を守るためには何をしてあげられるんだろうか。答えのわからない問いを抱えたまま、報告書の続きを書く。最後に日付と名前を入れて書き終える。

書き終えた報告書を持って主の部屋へと向かう。まだ傷は痛むけど、生活に支障はない。出陣はまだ先になるだろう。主の部屋に入るために声をかけようとした時、中から声が聞こえてくる。


「……彼らは人間じゃないんだ」


これは主の声だ。そうか…咲子は知ってしまった。人間ではない、自分のこと。それでもまた、隣で笑ってくれるだろうか。恐れずに手を取ってくれるだろうか。自然と力を込めてしまった手が報告書に皺を作る。これ以上ここにいてはいけないと思うと同時に、聞こえてくる予想外の提案。それは、咲子がここで暮らすということ。答えはどちらにしても、咲子はまだここに留まるはず。どうしても見せたいものがある。報告書なんて後で良い。

主の部屋から自分の部屋へと帰り、報告書を置く。そして咲子のいる部屋へと向かう。きっと使われていないあの部屋だろう。急いで部屋の前へ向かい、そこで待つ。するとすぐに咲子は現れた。俯いていて、主の提案に戸惑っているようにも見える。その顔がこちらを向くと、少し驚いたように自分の名前を呼んだ。


「鳴狐さん…」

「待ってた」


咲子の手を取り、歩き始める。繋がれた手から咲子の不安が伝わってくるような気がする。そして少し歩みを進めると、来たかった場所へと辿り着く。満開の桜が咲く、中庭。


「わあ…綺麗…」


咲子は桜に魅入っている。そしてあの時、持って行った桜の花びらだと気付いてくれた。咲子と一緒に見たかった桜。それを見せてあげることが出来た。桃色の桜の中に立つ咲子。やはり桜がよく似合う。綺麗な桜に目を輝かせていた咲子だが、やがて目を閉じて何かを決心したようにこちらを向いた。


「…あの、鳴狐さん。…もし私が此処に…此処に住むことになったら、どうしますか」


やはり先ほどの主との話が頭から離れないようだった。ここで住むということは、今までの生活から遠ざかるということ。そして、咲子自身にも危険が及ぶかもしれないこと。1人では簡単に決められないのは、当然だ。


「咲子が一番、望むことは?」

「私が…望むこと…」


咲子は少し考え込む。何を望むのだろうか。もし今までの生活に戻りたいと言えば、そう出来るように協力しよう。たとえ主の考えに反することであっても、咲子の思う通りにさせてあげたい。しかし咲子の口からは予想もしなかった言葉が出てきた。


「皆さんと、鳴狐さんと暮らせたら…楽しいだろうなって、思います」


咲子はすごく、幸せそうに微笑んだ。自然と自分の手が咲子へと伸びていた。優しく髪に触れるとその目を細めた。咲子が望むのなら、その願いを叶えよう。桜の木のそばで舞い落ちる花びらに触れる。願いを立てるには丁度良い場所だ。


「咲子とこの桜を見られて、約束は叶った。…だから、新しい約束が欲しい」

「約束…」

「咲子が笑って暮らせる、約束」


君に笑顔が絶えないように。咲子の手を引いて桜の木の下へ立つ。向かい合って立つ咲子は自分よりも、小さい。


「その約束を、一緒に決めよう」


咲子の指が、自分の小指と絡まる。これは人の世界での、約束の仕方だ。


「まずは、最初の約束です」


咲子の優しい声。


「ずっと一緒にいてください」


そう言って嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑う彼女のそばにいられることは、なんて幸せなことなんだろうか。












(君と暮らすことを望んだ僕は)
(まるで影を踏んだ鬼のよう)

























あとがき

お待たせ致しました。今回は鳴狐くん視点でした。今までのお話をまとめながら書きましたが、まとめるのが苦手です。そしてまた特殊設定を増やしてしまいました。わかりづらくてすみません。

久しぶりの鳴狐視点なので、楽しんでいただけましたら幸いです。

2015年11月15日 羽月