「出来た…!」


この間鳴狐さんにもらった桜の花びら。枯らしてしまうのはもったいないから、押し花にして色々なものに使おうと思っているところ。まだまだ時間はかかりそうだけど、とりあえず押し花のしおりが完成した。


「今日も、会えるかな」


そんな淡い期待を持って今日も公園へと向かう。いつも持っているショルダーバッグと、お弁当箱。このお弁当箱にはいなり寿司が入っている。桜の花びらを集めてきてくれた、ほんのお礼。…と言いつつも、この数日間ずっと練習してたのは内緒。練習の甲斐あって味はそこそこ。少しでも美味しい、って思ってもらえたらいいなあ。そして今日も公園へ到着。いつものように声をかける。


「鳴狐さん、狐さんいますか?」


しかし、いつもならすぐに来てくれるのにお2人は現れない。もしかしてお仕事かな。私はベンチに座って本を読むことにした。新しく買った本を開いて、読み始める。きっと少ししたら来てくれるだろう。そんな風に考えてたけれど、その本の最後のページを捲り終わっても、鳴狐さんと狐さんは現れなかった。


「…何かあったのかな」


急に不安になる。いつもは呼んだらすぐに来てくれて、お話しして。…でも、その約束をしているわけではない。どちらかがこの公園に足を運ばなくなれば、途絶えてしまう関係。私はすごく楽しくて癒される時間だったけれど、もしかしたら鳴狐さん達にとってはそうではなかったかもしれない。…でも、


「もう少しだけ待とう」


自分に言い聞かせるように呟いた。お仕事が忙しいのかもしれない、主殿という方の頼まれごとをこなしているのかもしれない。信じよう。

…でもやっぱり、鳴狐さんも狐さんも現れなくて。辺りが暗くなり始めた所で私は立ち上がった。また明日くれば良い、会えるまで通えば良い。そう心に決めて歩き出す。すると…どこかでどさりと言う音が聞こえた。何かが落ちるような音。…なんだろう。すごく嫌な予感がして、その音のした方に近づいてみる。そして、そこには人が倒れていた。何だか嗅いだことのない匂いもする。その人が誰なのか、すぐにわかった。


「鳴狐さん…狐さん…?」


倒れている鳴狐さんに寄り添うようにしている狐さん。私に気がつくと急いで駆け寄って来てくれた。


「咲子殿…!」

「狐さん、怪我してるの?鳴狐さんは…?」

「咲子殿、鳴狐を助けてくださいませんか…お願い致します…!」

「狐さん、私どうすればいい?」

「主殿のところへ、…主殿ならなんとかしてくれます」


私は頷いた。怪我をしているお2人を放っておくなんて出来ない。私は鳴狐さんを肩にと両手で抱えて、狐さんの後をついていく。鳴狐さんからは苦しそうな声が聞こえる。


「鳴狐さん、大丈夫ですか…?もうすぐ、ですからね」


呼吸が荒くてぐったりしている。早く、早く運ばないと…!私は狐さんの案内通りに歩いて行く。公園の先、ずっと歩いて行くと大きな和風のお屋敷が現れた。こんな場所が、あったなんて。


「咲子殿、中へお入りください」


お屋敷へ近づいて行くと、少しひんやりしているような気がした。私は片手で引き戸を開ける。すると、金髪の男の人が駆け寄ってきた。


「鳴狐…!?大丈夫か!あんた、鳴狐運んでくれたのか?」


その方は鳴狐さんを軽々と受け取り、肩に担ぐ。私は声が出なくて、必死に頷いた。なんだか、理由はないけど鳴狐さんはもう大丈夫な気がした。


「とりあえず、あんたは主のとこに行った方がいいな」

「主…さん…」

「俺は鳴狐運んでくるから、ちょっとここで待って…」

「俺が連れて行こう」


金髪の方の後ろから、現れた男の人。まるで歴史の中から抜け出したような優美な佇まいと衣服。にっこりと微笑むその顔は本当に、美しくて。声が出なかった。


「悪いな。じゃあ頼んだ、三日月」


金髪の方は歩いて奥に行ってしまう。その、三日月と呼ばれた方は私に近づいてゆっくりとした動作で手を差し出してくれた。


「お主、名は何という?」

「あ…咲子と、申します」

「咲子か、良い名だ」


誘われるように三日月さんの手を取り、お屋敷の中を歩く。とても静かで人の気配がないお屋敷。ゆっくりと、お部屋が並ぶ縁側を歩く。右手は、三日月さんの右手にのせられていて、三日月さんの左手は私の背中とか腰の辺りを支えてくれている。いくら三日月さんの着物が厚くて良いものだとしても、この距離はとても近い。頭の上で三日月さんの髪飾りの揺れる音がする。


「咲子」

「は、はい」

「そう緊張するな。主は優しい」

「…ありがとう、ございます」


三日月さんの優しい声。敵意はないけれど、やっぱり警戒されているような気もする。この手は…私を逃がさない為、とか。そう思いを巡らせていると、三日月さんが立ち止まる。そこはお屋敷の一番奥の部屋。


「ここに主がいる。聞かれたことをそのまま話すと良い」

「…わかりました」


私は小さくお辞儀をして、失礼しますと声をかけて襖を開いた。そこには、私よりも少し年上の男の人が座っていた。私が入ると目を開けて、微笑んで口を開いた。


「雨宮咲子さんだね」

「…はい」

「そこに座ってもらえるかな」


私はその方と向き合うように座る。目の前には優しそうな主と呼ばれている方。部屋の外には恐らく三日月さんがいる。


「質問していいかな」

「はい」

「鳴狐のこと、どこまで知ってる?」


笑顔が消えた。ぴり、と空気が冷たくなる。どこまで…、と考える。でも私は鳴狐さんのことを何も知らなかった。どこに住んでいて、どんなお仕事をしていて、どんな物が好きなのか。何も知らなかった。


「…何も、知りません」

「じゃあここへはどうやって辿り着いたのかな」

「狐さんに、案内してもらいました」

「…なるほど」


そう言って少しの沈黙が訪れた。その方は何かを考え込んでいるようだった。どのくらいかわからないけど、少し経った時、その方の表情に微笑みが戻った。


「とりあえず今日は、ここに泊まって」

「で…でも、」

「鳴狐のこと、心配でしょう?」

「……はい」

「じゃあ三日月に部屋を案内させるから」


有無を言わせない圧力に屈してしまい、私はその部屋を出た。部屋の外に出ると相変わらず優美な三日月さんが立っていた。


「こっちだ」

「…すみません」

「何故謝る?」

「ご迷惑を、おかけしているような気がして…」

「気にするな」


今度は手を握られることも、背中に手を添えられることもなかった。特に会話もないまま、さっきの部屋とは反対の奥の方まで歩く。所々灯りが漏れている部屋があり、他にも人が住んでいるようだった。このお屋敷のどこかに…鳴狐さんがいるんだ。


「そういえばお主、着物が汚れているな」

「え…?」


そう言われて自分の体を見下ろしてみるけど、特に汚れはない。


「背中だ」

「背中…あ!」


きっと、血で汚れていた鳴狐さんを背負って来たからそれが移ったんだろう。そんなに、たくさん出血してたのかな…鳴狐さん。少しだけ不安が戻ってくる。


「部屋はここだ。着替えを持ってくるから中に入ると良い」

「ありがとうございます」


私はお辞儀をして襖を開ける。小さな部屋だけど、きちんと整理されている。小さな文机と綺麗に整えられている布団。少しだけ横になる。何だか、疲れたなあ。とりあえず三日月さんが来たら鳴狐さんに会えないか聞いてみよう。それに、明日になったらここから帰らないと。いつまでも迷惑かけられない。それから……と、考えているうちに私はいつの間にか意識を手放していた。























(鳴狐さんのこと、このお屋敷のこと)
(私は何にもわからない)
























あとがき

更新が遅くなってしまいました。申し訳ないです。ここから書きたいお話に入れそうです。色々な刀剣男士と咲子ちゃんのお話を書きたいです。

2015年07月18日 羽月