それは三文字
「カサもささんとびしょびしょやんか。どないしたん?」
少し俯いた彼女は聞こえるか聞こえないかの小さな声で『家出』と言った。
その三文字で履いていない靴の理由が容易に想像できた。
きっと飛び出したのだ。
靴も履かずカサも持たず。不意にふふふと笑う声が聞こえた。
何?何で笑てんの?彼女は肩をふるわせて笑うと今度は溜め息を吐いた。
「どこ行くん?」
『どっか。』
俺の差しとったカサからするりと出て行き、歩き始めた彼女にまた質問を投げ掛けると適当な短文。また三文字やん、とも思ったがこんな雨の中そんな格好でどこか行く宛てがあるのだろうか。
「どっかって?」
『どっか、家じゃない他の場所』
要するに彼女には行く宛てが無いのだ。
そう思う前に俺は彼女の手首を掴んどった。
「俺ん家にでも来るか?」
彼女は小さく笑った。
それを肯定とみなし、俺は家に帰った。
コンビニから買ったビールとつまみと一箱のタバコと、濡れたビニール袋とカサと濡れた彼女を持って。
これ、誘拐とか犯罪にはならへんよな…?