言い終わると同時に私は後ろで一つに纏めていた髪ゴムを切った。パラリと重力に従って下がった髪をかき上げて深い深い溜め息をつく。

千歳「そげんこつがあったとね…」
紗弥香『私は白石との約束も破った…。先輩も傷付けた…私は…私はテニスしてていいのかな……』
千歳「よかよ。」
紗弥香『………』
千歳「紗弥香はテニスしててもよか。そん話し聞いちょると、別に何も、紗弥香は悪くなかよ。悪いんはそうやって人の心の弱みにつけこむ奴たい。」

私はスッと立ち上がって川の上流を見やる。

紗弥香『でも、私は…嘘吐きだから………』

そっと伏せた彼女の瞼が切なげで、意外に長い睫毛が頬に影を落とした。



――――――‥‥‥




嘘吐き…それは俺が紗弥香を突き放した言葉。
紗弥香が転校する直前に聞いた真実に俺は愕然とした。
謝ろうと紗弥香の家に行った時、もう誰もその家には住んでいなくて、俺には後悔だけが残った。
三年になっても考えるのは紗弥香の事ばかりでその時はっきりと俺は紗弥香が好きなんだ、と自覚した。
一回テニス部のみんなで紗弥香の事について話し合った。
みんな紗弥香と仲良くしていたし、妹のように思っていたやつも少なくなかったのでその後悔と落ち込みは激しかった。
そんなテニス部の雰囲気を元に戻したんはオサムちゃんやった。
"そないなテニスしとったら紗弥香は余計辛なるで?"
その言葉で皆我に返り、全国大会へと向けてまたハードな練習を始めた。
気持ちをちゃんと切り替えられた事もあり、俺達は府大会で優勝し、全国大会の切符を手に入れた。
その全国大会で、東京の(多分スポーツ記事担当の)記者が、今まで弱小だった青森の学校が全国大会に進出するまでに成長したらしい。さらに女子個人ダブルスで優勝したペアはその学校の子だと言っているのを耳にした。
周りも負けじと練習に励んどるんや……
俺らも頑張らんと…

俺の聖書テニスは勝つためのテニスなんや。
聖書…かぁ…紗弥香のテニスは賛美歌やったな…。
完璧を追い求める、人間らしくて楽しいテニス…。紗弥香は楽しんでくれてたやろか、俺は紗弥香とテニスしてる時が一番楽しかったで。
紗弥香、完璧なテニスなんてしたらあかんよ?完璧ってほんまにつまらんから、ずっとずっと、追い続けるだけにしとき。
全国大会が終わって、亞騎から連絡が来た。
全国大会中には亞騎とは会えへんかった。多分亞騎が会わなかったんやけど。
亞騎から連絡が来たときは嬉しい半面、辛い気持ちもあった。
亞騎は相変わらず元気そうで、いきなりだったが合宿の話しもOKを出した。合宿でまた前みたいにみんなして楽しくテニスが出来るんじゃないかっていう甘えも少しあったのかもしれない。
紗弥香が千歳に話した過去を眉根を寄せて聞いとった亞騎はぽつりと言葉を洩らした。


亞騎「そういうことやったんか……」
白石「おん、俺もギリギリんなってから聞いて、」
亞騎「白石はどうやって本当の事知ったん?」
白石「その先輩が言ったんや。鬱なったとき保健室の先生にポロッと。こんな事してしもたー言うてたらしいで。」

らしい、というのは白石が当の本人から聞いたわけではなく他人に聞いたからだ。保健委員でよく保健室に出没していた白石は保健室の先生から聞いたらしい。
保健室の先生は以前紗弥香と仲の良かった白石に気を利かせて言うてくれた。

亞騎「ふーん…」
白石「……亞騎、俺紗弥香に謝る。」
亞騎「え、ちょお、待っ…」

俺は立ち上がって千歳と紗弥香がいる方へと向かった。




――――――‥‥‥





千歳「でも白石は謝りたい言うとったよ?」
紗弥香『なんで白石が謝るの?』

なんでかね?と千歳も立ち上がって私の側に来た

千歳「真実を知ったとか、そげん事やないんかね?」
紗弥香『でも私は、白石に合わす顔が…ない…』

溜めていた涙が遂に溢れた。
横に立っていた千歳はよしよしと抱き締めるように私の背中と頭を撫でてくれた。
…あった、かい……

白石「紗弥香!!」
千歳・紗弥香「『!!!』」
亞騎「ちょお、白石っ!!」
千歳「どげんしたと?」
白石「千歳はとりあえず紗弥香から離れなさい。いつまで抱き締めとるん…!!」
千歳「いーやー」
白石「ち・と・せ?」
千歳「仕方なかね…ほら、紗弥香。俺が後ろにいるけん、大丈夫。」

紗弥香『…っ…しら、いし…ご「あかんあかん!そっから先は言うたらあかん。」……え…』

白石は深呼吸をしてから真剣な目で紗弥香を見据えた。

白石「紗弥香、ほんっまにごめん。何も知らんと嘘吐き言うて、俺阿呆やな…」
紗弥香『私も、約束破ってごめん…』
白石「紗弥香は悪ない。やって、先輩のこと右のテニスで庇ったんやろ?あんままカッター振り下ろしたら先輩死んどったかもしれへんやん、やから…紗弥香は悪ない。俺のこと許してくれとは言わんけど、少しでも前みたいに話せたらええな思てる。ほんまにごめんな…」
紗弥香『許すも何も、私は白石の事怒ってないし、その、別にそういう事じゃないっていうか…分かってもらったならもう、いいから…』
白石「じゃあ…」
紗弥香『その、これからも…よろしく…』
白石「あー良かったわー…仲直り出来へんかったらどないしよ思ったわ…」
亞騎「紗弥香、俺も悪かった。お前から逃げてちゃんと見てやらんでスマン。」
紗弥香『亞騎…』
亞騎「これからはちゃんとお前を見る。せやから『うん』…え…」
紗弥香『うん、いいよ。許してあげる。』
亞騎「ほんま!?」
千歳「良かったばい。これで一件落着っちゃね!」
紗弥香『千歳もありがと…千歳がいなかったら私、多分また逃げてた…。』

千歳はまたよしよしと私の頭を撫でてくれた。

白石「ほな、ぼちぼち戻ろか?傷は浅いけど、ばい菌入ったら困るしな?」

腕を組んだ白石が私の手足を見やる。
確かに、考え無しで茂みに突入したから血は出てないものの引っ掻き傷というか、蚯蚓腫れになったりしている。
さっき千歳が血は拭ってくれたから見た目はそうでもないのだが・・・

紗弥香『戻ったらどうなってるんだろ』
亞騎「さあなー?まぁ、顧問が集会でも開いてるんとちゃう?少なくとも体力テストなんて出来へんやろ」
紗弥香『・・・真威・・・・・』
千歳「体力テストってなんの事とね?」
白石「千歳が寝とる間にみんなで体力テストする話になっとって集合しとったんやで?」
亞騎「まぁあれは真威も言い過ぎやったしなぁ」
紗弥香『・・・あいつ、なんだかんだ言って気付いてたんだよな・・・』
白石「謙也達に迷惑かけてしもたなぁ」
亞騎「あと立海と青学にもなぁ・・」
千歳「それは部長の役割たい」
紗弥香『でも、真威が私を怒らなかったら私は何も出来なかった。みんなに迷惑かけてまで仲直り、できなかった。合宿所行ったら謝らないとね・・・』
亞騎「せやな・・・でも、皆悪ないねん。ほんまは、みんなみんな悪ないねん。」
千歳「悪いとか良いとかそういう事じゃなかって事かね?」
白石「事の発端は俺やから、俺が謝らなな・・・」
亞騎「白石は悪ないやろ、悪いんは紗弥香を利用した奴やんか」
紗弥香『私が悪いんだから私が謝る!!!』


誰が悪い悪くないという言い合いが暫らく続き、川の側でぎゃあぎゃあと騒いでいた。





その頃合宿所では顧問やコーチ、各校の部長を混ぜた会議が開かれていた。

オサム「副部長の小石川の代わりやけどええですか?」
謙也「役不足かもしれへんけど、小石川は家ん事情で来れんくて、白石は紗弥香んとこ行ってもうたから代わりに俺が努めさせてもらいます。」
スミレ「まぁ仕方ないからな・・・」
手塚「とりあえず、今日の体力テストは中止ですね。」
幸村「そうだね、どういう理由があったにせよ、暴力は良くないからね。」
君彦「んだけども、こればっかりは大目に見てやって下さい。」
颯「まぁ、はたから見れば真威が一方的に紗弥香を罵った様に見えるけどね。」
謙也「せやけど、これは誰も悪ないって思うんや。」
オサム「まぁ、原因作ってもうたのは俺らの学校やけど。」
君彦「おらだば、みんなば褒めでやるけどな。ある意味、仲間の絆が深まったって思うけんどなぁ…」
幸村「まぁ、体力テストが潰れたくらいで騒ぐ事でもないとは思うけど」
颯「俺も、今回は許してやってもいいかと思います。」
手塚「……俺も今回ばっかりはいいと思いますが、竜崎先生はどうお考えですか?」
スミレ「ふぅん…アタシはいいけど、残りの6日間は気合いを入れないとね。」
オサム「せやなぁ、1日無駄にしてしもうたからなぁ。」
君彦「とりあえずこの件はおらに免じて見逃してけねべか?」
オサム「俺からも頼んます。」
謙也「俺からも。」

三人して頭を下げたのでなんとかこの場はしのげた。
あとは彼らが帰ってきてからである。






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