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貴方の指一本分の命

※カニバリズム表現


暗い森の奥に、木々に埋もれた城がある。そこには7人の人間と使用人が暮らしており、物騒なことに、そこの人間は全員一度は人を殺したことのある者たちだった。職業は全員殺し屋。物騒な世の中だよね、とレイは食事中に語った。

「物騒の代表はおめーだろうがぁ」

上司のスクアーロに言われ「温厚なほうだと思うんだけど」とレイは口をとがらせていた。スクアーロ曰く、温厚な奴が物騒な仕事についてるほうがやばいらしい。

「大体、温厚な奴が殺し屋なんて仕事選ぶかよ」
「どうりでスクアーロは沸点低いんだね」

そんなたった一言で「ああ゛!?」と睨んでくるんだから、本当に沸点が低いと思う。出された食事はステーキと添え物の野菜。どちらも美味しく料理されており、ここの使用人は腕がいいなと思った。

先ほど話した城から出てきた二人は任務に向かい、パーティに呼ばれた客人として食事を振る舞われていた。といっても、これも殺し屋の仕事だ。もちろんただのパーティなんてものじゃなかった。

「美味しいけど、これが人肉じゃないよね? そうだったらハマりそう」
「きめぇこと言うな。表の店のはちげーよ」

実はここらには、人肉が振る舞われるいわゆる“裏のレストラン”が存在しているらしい。近頃ここら一帯で不審な失踪事件が多発していることから捜査が始まり、目星がつけられたのがこの店だった。今日はここの1周年祝賀会らしく、こうしてパーティが開催されていた。

本当なら警察が取り締まってくれればいいのだが、問題はこの店のオーナーがマフィアの息子だったことだ。マフィアのことはマフィアで面倒を見るのが筋である。ルール違反は、きちんとこうした“暗殺部隊(ちあんいじぶたい)”が取り締まるのだ。

「お前ぇ、適当にそこらのジジィ共から情報聞き出してこい。殺されんなよ」

「殺されそうな仕事丸投げしないでよ」と文句を言うと「うるせぇ減給すんぞ」とずるい武器を出してきた。上司だからって偉そうに、そもそもボスならともかくスクアーロに減給される筋合いなどない。そう思いながらも任務だから行くしかないので、盛大にも足を踏みつけてから情報を探りに向かった。








タキシードに身を包んだ男たちの群れを、赤いドレスの女がふらりと横切った。どうみたって具合の悪そうなその態度に、一人の育ちのいい男が抱き留めた。

「……っと、大丈夫ですか。お嬢さん」
「あ……ええ、すみません」
「水を貰って来ましょうか?」
「大丈夫です、持っていますから…………それより少し外に出たいのですけれど、ご一緒してくれませんか?」

先ほどばくばくとステーキを食ってた姿からは想像もつかないくらいに、女はしおらしく男の胸にしな垂れかかった。毎度見事なもんだなとスクアーロは度数の高い酒を水のように飲み干しながら思った。

最初こそ、幹部に女を入れるなんてエリートの暗殺組織に合わないんじゃないかと思っていたのは確かだ。だから8年前に集められた面子の中に女の餓鬼がいて、なんでこいつはこんなところにいるんだと疑問に思った。他の連中は既に名が知れていたが、そいつだけは何の情報も持ち合わせていなかった。

「わたし? XANXUSがやるって言うから来ただけだけど」

そう言った彼女は、自分たちのボスと元々知り合いだったらしい。当時10歳で、ベルフェゴールの次に若かった。しかし殺しの世界では根掘り葉掘り相手を探らないのが暗黙のルールだ。気になりはしたが、スクアーロもそれ以上は聞かなかった。ただそいつの行動からして、XANXUSが世界の中心だと本気で思っているんだろうなということはわかった。

クーデターを起こして、無期限の活動停止が伝えられてからもそいつはこの組織を抜けることは無かった。8歳と10歳と赤ん坊のいる当時のヴァリアーを見て、スクアーロは託児所のようだと思った。多分ルッスーリアがエプロンなんて家庭的なものを着けていたから更にそう見えたんだろう。

少し経ってから、女が戻って来た。服が少しだけ乱れていて、触られたんだろうなと察しがついた。「殺していいかなあいつら。一回だけだから殺していいかなぁ」と乱れた服を直しながら言うそいつに、どこが温厚なんだよと思った。

「情報集められたならいいだろがぁ。テメェの胸の一つや二つなら安いもんだろ」

スクアーロの発言にムカついたのか、「いつかスクアーロの一物を切り刻んで猫の餌にするね」と笑顔で恐ろしいことを言ってきた。スクアーロが「やめろ」と青ざめると、女は満足したのか集めた情報を提示した。

「あの馬鹿息子が手を引いてるのは間違いないね。失踪者だけじゃなくて身寄りのない子も集めてるらしいから、売るくらいの肉は集まりそう」
「まあ金にはなりそうだしなぁ。趣味悪ィ奴らは金に糸目付けねぇ」
「ルッスーリアも水槽にかけるお金集めるために仕事してる節あるしね」

ルッスーリアという同僚は自分好みの死体を集めることが趣味という変態野郎で、偶に酔って間違えて彼の部屋行くとその気持ち悪さがよくわかる。全裸でマッチョの男がホルマリン漬けされているのは見るに堪えないものがあった。

「でもまあ、いくら高級で価値があったとしても食べたいとは思わないかなぁ」

「食べられたい、ならまだわかるけど」と付け足した同僚に、「はあ?」と眉を寄せた。人肉に関しては食べる、食べないの思想しかなかったスクアーロは、食べられる、なんてそもそも考えに及ばなかった。思わず「なに言ってんだお前」と任務中だというのに素で口に出てしまい、レイは「いやぁ」と照れたように笑った。

「だって、食べて自分を体内に取り込んでもらえるわけじゃん? ボスにだったら食べてほしいかも」
「やめろ気持ち悪ィ……」

丁度先ほど食べていたステーキを想像して、気分が悪くなった。だが追い打ちをかけるように、レイは「いやいやよく考えてみなって」と指を立てた。

「私たちの命の価値なんてボスの指一本にも満たないんだよ?それが3ヵ月も体内で活動してるなんて興奮ものでしょ」

本気でこいつをここまで気持ち悪いと思ったのは初めてだった。3ヵ月、というのは人間の体内サイクルは大体3ヵ月だと言う話をしているのだろう。元々XANXUSに対して異常なまでの奉仕癖のついているレイだったが、ボス狂いもここまでくると狂気でしかない。

心底スクアーロがわからないという顔をしていると、「えー」と子供のようにレイが口を尖らせた。8年前ならまだ子供らしかったそれも、十分女性になってしまった今ではあざとさしかなく鬱陶しかった。







その後、数日の調査を経て裏レストランの位置を突き止めた。突撃し客ともども捉えて、オーナーだった男はさっさと殺処分した。最後に追い詰めたのが皮肉にも調理室で、ザクッと剣が体を貫く音がまるで肉を切っているようだと思った。

「……結局、あいつらもお前と同じ変態野郎だったってことかぁ」

「かもね」と笑うそいつは、ぴちゃぴちゃと血の上を歩いてこちらに近付いてきた。そもそも汚れが目立たないようにと赤っぽいドレスを着させていたが、乾けば多分赤黒い斑点ができてしまうことだろう。既に腕についた血は乾いて、白い肌に黒い斑点ができていた。

「まさか自分を食べてくれる人を探すマーケットだったとは。えげつない仕事してるよね、ほんと」

はは、とレイが笑った。

調査を進めた結果、失踪者は連れ去られたわけではないことが判明した。夜の暗闇の中、自ら望んでこのレストランに来ていたのだ。ここで、自分を食べてもらうために。つまりはこの裏レストランの客は、食べる人間ではなく、食べさせる側の人間だったのだ。金を払ってまで自分を食べさせたいと思っていたとは、思考が完全におかしくなってしまっている。身寄りのない連中はない金をかき集めてまで、何故こんなことをしたんだろうか。

「自殺志願者ばっかかよ。ここは」

スクアーロの口からでた言葉に、レイは「んー」と少し頭をもたげて、「違うと思う」と今度は首を横に振った。

「生きたかったんじゃない?」

人の中で。女の言葉にスクアーロは「きめぇなぁ」とばっさりと切り捨てた。レイは笑って「多分、だけどね」と言っていた。

こういう仕事をしていれば、おのずと人間タガが外れてくる。おかしくなって変な趣味に走っているオカマもいるし、自分の血を見て興奮で人を殺すという迷惑な糞餓鬼もいる。こうして、自分を他人に食べさせようとする変態も、まあいる。

昔からこいつの思考回路はよくわからないし、なんで変態共と同じ考えで同情してるのかもわからなかった。素性も知れないし、信用していい奴なのかもスクアーロにはよくわからない。ただ奴は今日も死んだ目で笑うので、きっとここでこういったことをするのは幸せじゃないんだろうなというのはわかった。幸せじゃないけど、XANXUSがいるからという理由で人を殺し続けるこいつは、やっぱりよくわからない。

「……肉、」
「なに?」
「死んだら、食ってもらうのかぁ?」

誰に、なんてのは言わずとも伝わったのかレイが「そうだなー」と言った。それから、「食べてもらえないと思う」と言っていた。その顔にはもう悲しさなど宿っていなくて、よく笑う自称温厚なそいつがいた。

「スクアーロ食べてくれる?」

へら、と女が笑う。奴が食べないものをなんで俺が食べてやると思ったんだろうか。

こいつを食べたら何味なのかと、少しだけ考えた。多分生臭い鉄みたいな血の味か、汗なのか涙なのかよくわからない皮膚の、しょっぱい味がするのだと思う。こいつが食べてもらいたいXANXUSだって食ったことのない、しょっぱい味が。

「…………うまく調理されてたら、考えてやる」

腹を裂いて、中の内臓も食べて、そしたらこいつは3ヵ月は自分の体内で血と肉になる。きっと戦いの中で傷を受ければどろりと流れて、地面に溶けていってしまうけれど。なんとなくそれは勿体ない気がして、その間は敵からの攻撃をいつも以上に避けられる気がした。

「……まさかそんな前向きな返事が返って来るとは」

自分で言いだしたくせに、レイは少し笑顔を引きつらせた。「スクアーロも、十分変態なんじゃないの」失礼なことを言って来るそいつの頭を叩くと、いてっ、と血の付いた手で頭をさすった。ぴちゃぴちゃ音を鳴らしながら店の外へ向かう。「うちは変態ばっかだなー」とレイが笑っていた。なにが楽しいのかと思うほどへらへらしているそいつのドレスはもう乾ききって、予想通りの赤黒い斑点が染みついていた。

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