×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -









入隊式


なんで面接通ったんだろう?


綺麗に掃除された床に自分の顔が反射する。顔色が悪く見えるのは床の色のせいか、はたまた本当に顔色が悪いのか。たぶんほんとだろうな、自分で思った。床を見ているのは俯きながら歩いているからで、和気あいあいと話しをする人たちになじめていないからだ。

「攻撃手と銃手志望はこっちだ」と嵐山隊の先導で歩き出したC級隊員たちはみんないったいどこで仲良くなったのか知らないが、少なからず誰かと会話をしていた。ああ、もしかしたら周りは仲なんてよくなくても話せるのかもしれない。優希はさらに項垂れた。

先日受けた入隊試験の出来は、お世辞にもよくできたとはいえない成績だったと思う。特に面接なんて、思い出したくもないほどの失態ぶり。なんであれで通ったんだろう。優希はボーダーの選考基準がわからなかった。トリオンがどうの、と先ほど嵐山隊が簡単に説明していたが、自分のトリオンとやらはそんなにいいものだったのだろうか。

「最初の訓練はこれだ」

指定の場所についたのか、嵐山隊が説明を始めた。下の階に、なにもない部屋が3つほど見えた。嵐山の合図で、その部屋に近界民が現れる。

「仮想訓練で、トリオン兵を倒してもらう。制限時間は1分半」嵐山の発言に一同がざわめいた。いきなり戦闘訓練かよ……!周りの発言に優希は全力で同意した。いきなりそんなの、どうやればいいんだ。みんなの気持ちに察しがついたのか、「さっき支給されたそのトリガーを使って倒してくれ」と嵐山がさわやかに笑う。

「本物よりも小さく設定してあるし、プログラム化されているから動きも単調だ。代わりに装甲が厚いから削るのは大変だぞ。工夫して戦ってくれ」

「右端の……ああそう、君から3人ずつブースに入ってくれ」「お、おれ!?」指示を受けた男の子が驚く。優希は他人事ながらひいっと胸がぎゅうっと痛くなった。スムーズに行うためとはいえ、一番最初なんて。か、可哀想……。怯えるのと同時に、嵐山の発言にあれ?と優希はあることに気づいた。

指示を受けた3人が、各々別のブースに入る。そこで優希は自分が気付いたことが正しいと気づき今度こそ「ひぃっ」と小さく悲鳴が出た。気が遠くなるような気さえした。1人でトリオン兵を倒すのはいい。みんなが一番手ということで身を乗り出してブースを見ている。これは、みんなが見た状態でやるということだ。

嵐山さんがまだなにか言っている。聞かなきゃ、ちゃんと。ああでも。耳に入った言葉はまるで脳に引っかかることなくそのまま落ちていく。だめだ。おち、ついて。自分に言い聞かせるために震える片手を抑えると、今度はもう片方が震えだした。

「ねえ、次あなただけど」
「う、あ」
「大丈夫?」

顔を上げた優希に女の子が聞いた。「だじ、だじょうぶ、です」全然大丈夫じゃない返事で、優希が立った。女子の戦闘員は優希が最初だったらしく、「お、女子だ」と誰かが言うのが聞こえた。

訓練室に入ると、近界民は自分の何倍も大きかった。ずうん、と威圧感のある近界民にひゅっと息を吸い込む。だけど、本物はこれより大きいと言っていた。

『始め!』機械を通した声が訓練室に響く。うご、かなきゃ。わかっているのに、どうしても体が動かない。

優希が動かないでいると、近界民が待ちきれなかったのか腕を優希に振るってきた。優希はそのことに驚いて「うわあっ!」と叫んで持っていたトリガーを思いっきりトリオン兵に投げてしまった。まっすぐに近界民の口めがけてとんでいったトリガーは、無残にも近界民に簡単に叩き落される。すぐにハッとしてトリガーを拾いに走った。駄目だ、ちゃんと、ちゃんとみんなみたいに。

近界民からの攻撃を、ただただスコーピオンで弾く。それでも武器なんて怖くないみたいに近界民は攻撃を続けてくる。受け続ければただやられるだけなのに、踏み込むことができなかった。

や、やっぱり無理だったんだボーダーなんて。もうすでに、優希は後悔を感じていた。なんであのとき、書類を送ってしまったんだろう。なんで、なんでできるなんて。心の中でぐるぐると考えが廻った。





いつもひとりだった。昔からの人見知りとあがり症で、友達なんてまともにできたことがない。一人で絵を描いたり、楽器を弾いたり、一人遊びばかりうまくなって、友達なんて誰も。こんな齢になっても、まともに人と目も合わせられないのだから仕方がない。

『それでは、本日のゲストの嵐山隊のみなさんです!』

相変わらず友達と出かけることもなく、家でテレビを見ていた時。偶々映ったのが嵐山隊だった。ボーダーの人として、最近よくテレビに出ている人たち。人気もあってか、彼らの登場にスタジオの人たちから歓声が上がった。

嵐山隊からのボーダーの説明が始まる。近界民という異世界からの侵略者を倒すための防衛組織である、という説明とともに近界民の簡単な説明としてテロップとイメージ画像が出た。近界民は生き物であるらしいが、目らしきものが見当たらないからか独特の無機質さを感じた。

……みんながトリオン兵なら、わたしだってあがらないのにな。ぽつりと、そう思った。だって目がないし、なんか、生き物っぽくない。本当にそんな世界だったら、怖くて仕方がないだろうけど。最近は学校の先生にも「もう少し人付き合いを」なんて言われてしまうし。お母さんは気にするなって言ってくれたけれど。そんな、もしも話を考えるくらい許してほしい。

嵐山隊の説明に、「君たちは学生なのに立派な仕事をして偉いねぇ」とテレビの司会者が言った。優希も、そう思った。わたしも人の役に立つなにかに、いつか出会えるだろうか。こんな人見知りでも。こんな、目も合わせられないやつでも。なにか、誰かを助けられるような。

ボーダー隊員、みたいな。







それはきっときっかけでしかなかった。心に浮かんだ小さな夢は夢でしかなかったはずだった。だけどあの番組を見てからというもの、目に入るボーダーの文字が気になって仕方なかった。隊員募集の文字に、いつも少しの希望を感じていた。気付けば、嵐山隊の番組は全部見るようになっていた。

「隊員同士には内部通話があって、敵には聞こえないようになっているんですよ」と嵐山隊が言えば、「て、敵と話さなくていい……!」と思い、「戦っているときは相手のことだけ考えてますよ!」と言われてれば、「た、戦うときは余計なこと考えなくて済む……!」と思った。そんな、完全に自分に都合のいい話ばかりを寄せ集めて、初めて自分が人のためになれる可能性を感じて。震えながら親にボーダーに入りたいなんて、夢みたいな話をしてしまった。

それがどうだ。こんな、仮想の敵さえも倒せない自分が、何の役に立つと言うのだろう。近界民はずんずんと近づいてきて、いよいよ優希は壁際まで追い込まれた。トリガーを振り回しても、頑丈だから避ける必要がないのか、近界民は一度も優希の攻撃を避けなかった。

「えっ!?」

近界民をはらうように振るったスコーピオンが、腕の装甲に当たったことで折れてしまった。ぶおんと勢いよく近界民の腕が上がる。そのまま、優希はその腕にふっ飛ばされた。

り、リロードしないと……!近界民から遠くに飛ばされた体を起こし、スコーピオンを新しく作る。そのとき、設置されたタイマーが視界に映った。48秒。制限時間の、半分を過ぎていた。時間がないことに気付き、一気に焦り始めた。

他の人のやり方を見ていればよかった。みんな、どうやって倒していたんだろう。倒すための説明があったのだろうか。説明なんて、最初の部分しか聞いていなかった。最初、なに、言ってたっけ?

「……あ」

「工夫して戦ってくれ」確かに、最初に嵐山はそう言っていた。装甲が厚いから、工夫してくれと。この近界民は、普通に攻撃しても気にも留めないみたいに防御すらしてくれなかった。

普通じゃ、だめなんだ。強くないわたしは、考えなきゃ。優希は自分の頭の中で先ほどの近界民をイメージした。近界民はこちらの攻撃を避けない。けど、倒せるはずなんだ。他の人は倒せているんだから。そこまで考えて、本当に、避けなかっただろうかと優希はおかしいことに気付いた。確か、一番最初だけは。

あることに気付いて、自分でも驚くほど冷静に顔をあげた。ようやくこちらに来た近界民の、口を見た。ぐるぐるとしたマークが入ったそれが目に見えて一瞬怯えたけど、でも。

一番最初、訓練室に入ってすぐ、この近界民はトリガーをはじいた。頑丈なはずなのに。

迷いのなくなった頭が、クリアになるのを感じた。地面を蹴る。トリオン体の体はゆうに3メートル近く飛び、それに向かってトリオン兵が腕を振り上げた。ああでもその動きは、さっきも、見た。

優希は近くにあった壁を蹴って、トリオン兵が狙った方向の逆に飛んだ。そのまま、重力で勢いをつけて一直線に狙いのそれに向かって、トリガーを振り下ろす。ズバンッ!初めて、しっかりとものが斬れた音がした。

「____っはあ」

ぼてっと尻餅をついて落ちる。ぱっかりときれいに割れたそれを見て、緊張が解けたように息を吐いたとき、『記録 1分5秒』と機械的な声が聞こえた。