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A級一位の同級生


あ、あの、ありがとう……。ランク戦ブースから出てきた優希が縮こまって礼を言う。対戦相手だった小荒井は「え?」と驚いた。

「オレから誘ったのになんで礼言われてんの?」
「だ、だって、わたしと、戦ってくれたし……」

両手の指をもぞもぞと合わせながら視線を外した優希が答えると、「さっき戦ってた相手と思えねぇな……」と小荒井の前に戦った奥寺がつぶやく。「いいっていいって!」小荒井がこっちこそまた付き合ってくれよ、と笑った。

「う……うん…!」

じゃあ俺ら作戦会議あるから! またな!と手を振って、元気に小荒井が去っていく。次いで、「またな」と小さく奥寺が言って小荒井の後ろを走っていく。や、やさしい……。小さく手を振り返しながら、やさしい同級生を見送った。

小荒井たちは、なんと元A級一位の東の新しい隊に入ったらしい。そのことを聞いたときは度肝を抜かれたものだ。二人は同級生の隊員で、ランク戦に参加しようかな、とブース付近でうろうろしていたときに声をかけてきてくれたやさしい人たちである。

すごいな。みんな、ちゃんと隊で活動してるんだ。先ほどの小荒井の言葉を思い出す。確か、東さんに自分たちで声をかけて隊を作ったのだとか。その行動力に、すごいなぁと感心する。優希がボーダーに入隊して、1年が経とうとしていた。







今日の任務を終えて、本部に戻ってきた。ひとりでの任務も、これだけやっていればもう慣れっこだ。偶に危ないときもあるけれど、これといって大きなミスをすることもない。もちろん、中央オペレーターの腕がいいのだ。

「……」

へっへーん。少し頭に浮かんだ先日の小荒井たちの姿に、心の中でわざとらしい笑い声を言った。

別に作戦会議とか、うらやましくないもんね。ひとりでも寂しくなんてないもん。文香ちゃんも影浦先輩もいるもんね。仁礼さんも、北添さんも。歌川くんもいるもん。米屋さんも、小荒井くんも、奥寺くんも。……菊地原くんだっているもん。いいもん。たまにランク戦してくれる人いるもん。いいもん。心の中でぶつぶつと繰り返した。

だって人の中に入ったって、わたしにみんなが気を遣うんだ。わたしだって気を遣う。これがいいんだ、一番。ひとりだからデータを集めるのに時間もたくさん使えるし、おかげであらかたの隊員のデータは整理できてるし。残りは、本当に太刀川隊とか上の人たちだけ。そんな人たちとランク戦なんて、する機会ないだろうけど。遠目で出水さんを見かけたことある程度だ。

……今日はもう、帰ろう。本当なら訓練室に行くつもりだったが、こんな気持ちじゃ集中できないだろう。無理しないで帰って、早く寝よう。途中にある訓練室の前を素通りし、本部のエントランスを目指した。






うっ。1階へ降りるエレベーターへと向かって道を曲がったところで、人の姿を発見した。後ろ姿だが、その背中に見覚えはない。すぅ……と自然と息を沈め、顔を伏せ、廊下の端を歩きだす。なるべく静かに、目立たないように。

「君!」
「ひいっ!」

あっさりと気付かれてしまったのか、どう考えても自分としか思えない声かけに恐る恐る振り返る。そして顔を見て再度怖がった。知り合いじゃないどころか、あれだけデータ収集をしている優希が知らない人だったのだ。

「事務局まで案内願えるかな?」
「あ、あんな、い……」
「ああ」

男の子の言葉を少し解読するのに時間がかかったが、「こここ、こ、こっち、です……」と震える声で答えた。「ふむ、そうか」と男の子が素直についてくる。なるべく顔を見ないようにしながら、事務局へ歩き出す。事務局を知らないということは、C級の隊員だろうか……?少し疑問はあるが、怖いので振り返ることはできない。

「少しいいかい?」

男の子の言葉にどきぃっ!とする。顔を少しだけ男の子に向けながらも視線を逸らして「は、はい……」と返事をした。

「君もボーダー隊員なのか?」
「そ、そ、そうです……」
「いくつだ」
「15……」
「僕と同じか」
「そ、え? そ、う、なの……?」

上からの態度だったので年上なのかと思ったが、言われてみれば同い年くらいの見た目をしていたかもしれない。今は顔をみれていないのでよくわからないが、声も若いような気がする。

「A級か?」
「い、い、いえ、その、B級……」
「B級か!」

そうかそうか、と途端に男の子の機嫌が良くなった。B級だと、なにかいいのだろうか。こんな弱そうなのでもB級なら自分もすぐなれると思ったのかもしれない。確かに堂々としていて強そうな人だ。

事務局が見えてきて、「こここ、こ、ここ……」と優希が事務局のプレートを指さした。「ふむ、ご苦労。助かったよ」そう言って男の子は事務局の中に入っていく。

「……」

こ、これ待ってたほうがいいのかな……。事務局へ案内してくれ、とだけ言われたが、この後もどこかに行く用事があるかもしれない。一応待っているほうがいいだろう。

とりあえず落ち着かない態度で待っていると、事務局から男の子が出てきた。それから優希がいるのを見て驚いた顔をして、「まだいたのか。ありがとう」と言った。しかし、その服を見て、優希は礼を言われた返事も忘れて「ひいいっ!?」と腰を抜かした。

「た、た、た、たちかわ隊…………!?」

A級一位の、あの部隊……!? 驚く優希に、男の子は「おっと! 大丈夫かい」とキメた態度で優希の手を引いて立ち上がらせた。

「僕はA級一位の太刀川隊。唯我尊さ」
「ひいい……っ! な、なんで、たちかわ、た、ええ……!?」

優希が覚えている限りだが、太刀川隊に唯我尊なんて隊員はいなかったはずだ。優希がえっえっ?と言っていると、「ふっ……驚かせてすまない」と唯我がサッと指で前髪を整えた。

「そう! 僕は今期から太刀川隊に入隊した期待のルーキーなのだよ」
「ひえええ……っ!?」

た、たち、かわたいに……す、すごい……こ、こわい……。ど、どれくらい強いんだろう……考えるだけで恐ろしい……。いきなりA級の隊に配属された唯我のスペックに驚く優希。そして優希が驚けば驚くほど調子に乗る唯我。はたから見たらふざけているようにしか見えないが、本人たちはいたって真剣だった。そして、その時。

「……ぃっがあああ!!!」

驚きと恐怖でひいひい言っていた優希の目の前に、そんな声とともに人が飛んできた。「ひ、ひええええ!!」今度はなに!?ととっさに頭を隠して地面に丸くなる。しかし、丸くなって床を見たとき、床に先ほどまで偉そうだった唯我が伸びているのが見えた。

「ゆ、ゆ、ゆゆゆいがくん!?」

あまりの出来事に両手で口を覆って優希が唯我を呼ぶ。た、ど、どっどうしよう、ボーダーの超新星が倒れている!「ゆっゆいがっくっ死んじゃダメ!」驚きでよくわからないことを言っていると、「唯我ぁ」と唯我とは別の男の人の声がした。

「おめえ事務局でトリガーもらうだけだったろ。なにたらたらやってんだ」
「ひ、ひどいです出水先輩!! 誰も行き方教えてくれないから迷ったんじゃないですか!!」
「甘えんな。気合で見つけろ」
「ひどぉい!!」

目の前での応酬に、優希はもはやなにがなんだかわからなかった。太刀川隊の出水さんが、なぜ同じ隊の唯我くんをいじめているんだろう。あれ、そうなると先ほど飛んできた人は出水さんなのだろうか? 疑問で混乱している優希の存在にようやく気付いたのか、ん、と出水が優希を見た。

「あれ、久野。なんでいんの?」
「ひっひぃっ……!」
「こ、この子に連れてきてもらったんですよ!」
「お前自力で行かなかったのかよ。おめーのせいで久野がびびってんだろうが」

「出水先輩が蹴り飛ばしたんじゃないですかぁ!!」と嘆く唯我を無視し、出水がほら、と優希に手を差し出す。がたがたと震えながらその手を取る。「大丈夫か?」と聞かれたので「ひゃ、ひゃい……」と返事をした。

「久野、こいつがなんか調子乗ったこと言ってたかもしれねーが気にすんな。こいつただのお荷物だから」
「お、おに……?」
「実力がねぇってこと。コネ入社。久野より全然よえーから」
「ひどいです出水先輩!」
「そ、そんな……そ、そんなの……」
「あー腹立つのもわかるけど。まあ上の命令だから仕方ねーっつーか」
「す、すごい……!」

え?優希の言葉に出水が首をかしげた。しかし先ほど恐怖で震えに震えていた隊員は、今は驚きと感動の表情をしていた。

「そ、そんな、入りたてで、A級なん、て。あ、わ、わたしだったら、耐えられない……プレッシャーで、つ、つぶれちゃう……」

「ゆ、ゆいがくんすごい……」予想外の久野の言葉に、「え?」と出水が苦笑いした。腹立つ、とかくだらない、ではなく、すごいだと? 優希の感覚がわからず出水が「お、おい久野?」と名前を呼ぶ。

「お前わかってる? 別にただA級の肩書欲しかっただけだぞこいつ」
「えっ……? だ、だって、それだけ自信が……」

まるで出水が不可思議なことでも言ったような顔で「え?」と優希が首をかしげる。え……、いやまぁそうだけども。唯我は特に根拠の無い自信に満ち溢れているけども。

「ほ、ほんと?」

ひどぉい!と泣いていた唯我が、優希の言葉に顔を上げた。

「ゆ、ゆいがくん、す、すごいよ……わ、わたし自信ない、から……」
「そ……そう!? そんなにすごいかな!あははははは!」
「……うわー」

自信がなく他人を肯定しがちの優希と、肯定されたくて仕方ない唯我。最悪の組み合わせが誕生してしまった、と出水は思った。