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ブラックコーヒー


任務を終えた、夜7時過ぎ。今日は家でご飯が食べられるかもなぁ、と優希はうきうきと帰り支度をしていた。

もうラウンジもまばらに人がいなくなっている。学生の隊員が多いこともあり、C級隊員は訓練もなければこれくらいの時間になれば帰ってしまう。任務後に軽く資料をまとめた優希は、ほくほくと今日の成果を喜んでいた。

「……あれ?」

帰ろうと優希が自分の席から離れ出入り口を目指したとき、誰も座っていない席のテーブルに端末が置かれていることに気付く。確か、自分がここに来たときにもこうしてぽつんと置いてあったはずだ。誰かが置いたまま手洗いにでも行っているのだと思っていたが、こうも長時間置きっぱなしということはどうやら違うらしい。

忘れ物かな。受付に持って行ったほうがいいかもしれない。そう思っていたとき、端末の画面がぱっと明るくなる。軽快な着信音が鳴り始め、びくっと優希が驚く。

こ、これ出たほうがいいのかな……? 近くにいた者たちは、優希の携帯が鳴っていると思ったのか、ちらちらとこちらを伺っている様子だ。出ないと周りもうるさいかもしれない……おどおどとしながら端末を手に取り、通話ボタンを押した。

「も、もし、もし……」
『……誰だお前』

通話口から聞こえてきたのは男の人の声だった。乱暴に聞かれ、優希はひぃっと体をこわばらせた。

「あ、あの……わっわた、わたしの端末、じゃなく、て……」
『知ってる。俺のだからな』

どうやら自分の携帯がなくなってしまったからかけてきたらしい。場所はどこだと聞かれたので、「ら、ラウンジ、です……」と小さく返事をした。

『ラウンジだな』

男の人が確認をすると、すぐに通話は切られてしまった。ど、どうしよう。来るのかな。わ、わたし待ってるほうがいいのかな……。端末を片手に持ったまま、優希は困ったようにテーブルの前でおろおろと立ち止まっていた。







端末を握ったまま、動かないほうがいいだろうと優希はその場で立ちっぱなしで持ち主を待っていた。ど、どうしよう。会ったらなにを言ったらいいのだろうか。まずは挨拶でしょ。ここにずっと端末ありましたよ……い、いやそれじゃ嫌味っぽい。しかもなんかずっと端末を監視してた人みたいになってしまう。見つかってよかったですね?恩着せがましいな……。

ひょい。優希がごちゃごちゃと対応を考えていたとき、後ろから伸びてきた手が優希が持っていた端末を取った。びくぅっ!?突然のことに驚いてその手が伸びてきた方を勢いよく見上げる。

「ひ、ひえっ……!」

えええ、A級の人だああ!! 端末をつかめる距離ということもありかなり近くにいた男に優希が固まる。端末の持ち主らしい影浦は「誰だお前」と顔を合わせても優希を見たことがなかったのか電話口と同じことを聞いてきた。

「びっ……び、びーきゅうの久野、優希、です……」

びくびくと優希が答えると、影浦はぴくりと顔を歪めた。あっそ、と雑に返事をされる。

「電話、助かった」
「め、めっそうもごごございません……」

一応の礼を言ったからか、それを最後に影浦は優希の前から消えた。どっと途切れた緊張に、「っはあ」と息を吐く。心臓の音が聞こえる。冷静になると共に大した会話も出来なかったことに気付き、またやってしまった……とずうんと肩が重くなった。

事前に考えていたというのに、実際にやろうとなるとどうもうまく実践できない。せっかくお礼を言ってくれたのに、目も合わせないで失礼な態度を取ってしまった。あ、しかも挨拶もできなかった……。

「えっ?」

突然。目の前に現れた黒いものに優希が驚く。俯いたままに優希がへこんでいると、床と優希の顔の間に黒い缶が割り込んできたのだ。

顔をあげると、先ほどいなくなったはずの影浦がいた。近くの自動販売機で買ってきたのか「ん」と渡してきたそれに、えっえ……?とおろおろしながら優希が両手で受け取る。それを見てから「じゃあな」と言うと、いよいよ影浦は本当に去ってしまった。

「……え…………?」

手の中に残ったブラックコーヒーと去っていった影浦の背中を、何度も交互に見た。