「す、すごいね……!」褒める優希に、ありがとうと照屋が笑った。
ボーダーに入隊して数カ月経って。照屋のポイントが4000点を超えたということを聞いた優希は、まるで自分のことのように嬉しかった。彼女がランク戦などで頑張っていたことをよく知っているからさらに。
彼女はもうすでに入る隊を決めているそうで、その計画性に優希はさらにすごいと感心した。柿崎隊を希望していると言われ、「か、柿崎さんなら、私もわかるよ」と頷く。少し前まで嵐山隊にいて、広報活動をしていた隊員だ。嵐山隊の番組を全部視聴していた優希が知らないはずがない。
「優希はどうするの?」
「わたし?」
「希望の隊とかある?」
「え。……えっと」
困った顔をした優希に、決まっていないのだと判断した照屋が「普通B級上がってから考えるもんね」とフォローした。しかし、「あ、そ、そうじゃなくて」と優希が違うことを伝えた。
「た、隊に、入るのが……怖くて……」
照屋にどうするのかと言われて、気付かされた。隊を組むなんて、どうすればいいんだろう。そもそも隊なんてそんな小さなコミュニティ、絶対に話さなければいけない。連携、とか、足を引っ張ってしまわないか。隊に入れてくれというだけでも大変なのに、その後の人間関係をやっていける自信がない。
暗くなった優希に「優希にも合う隊が絶対に見つかるから、大丈夫だよ」と照屋が励ました。優しいその言葉は嬉しかったが、どうにも自分ではそう思えずに、あいまいに笑うしかできなかった。
4038……!?照屋がB級にあがってから、今日も今日とて訓練にノートまとめにと明け暮れていた優希は、ランク戦ブースから出てきて自分の名前と共に表示されたポイントに目を見開いた。先ほどの10本勝負で、ついに正隊員に必要な4000点を超えていたらしい。
これはつまり、自分はもうB級隊員ということなのだろうか。ど、どうしよう。規定ではB級に上がった隊員は、支給トリガーを変更するはずだ。と、とりあえず事務局。迷ったら事務局だ。ぎしぎしとぎこちない動きで、優希は事務局を目指した。
「久野優希さんですね。本日は正隊員用支給トリガーへのご変更でお間違いないでしょうか?」
「は、ははい」
にこっと笑った事務局のお姉さんにポイントの確認と共にトリガーを手渡される。こ、これが正隊員の……!優希の心でも読み取ったのか、「隊服も正隊員の基準服に変更されています」とお姉さんが付け加えた。
試運転としてトリガーをその場で起動し、お礼を言ってから事務局を後にする。そわそわとした態度の優希は、廊下を歩きながら何度も自分が着ている正隊員用の隊服を見た。
正隊員のトリガー。個人ランク戦のため対策としてトリガーを見ていたとき、ずっと気になっていたオプショントリガーがこれで解禁となる。すご、すごい。なにから調べようか。これで任務にも出られるようになって、もっと役に立てるように……うきうきとしていた優希だったが、あることに気付くと、ぷしゅるると張り切った気持ちがしぼんでいった。
……隊、どうしよう。前々から気がかりだったけど、ずっと先延ばしにしていたことだ。
正隊員になったということは、任務のためにも隊を決めなければならない。一応現在募集をかけている隊の掲示などは確認しているが、どの隊長も強そうで、ついていける気がまったくしない。そもそも自分が来てしまっては、せっかく強い子が取りたかったのに気を遣って自分を採用してくれるかもしれない。そんな迷惑はかけられないし……
「ねえ」
「うっひい!!」
暗い思考の渦にいた優希が、呼び止められたことで戻ってくる。同時に心臓と肩が跳ね上がり変な声も出てしまったが。ベンチに座ったままでこちらに声をかけた菊地原が「そ、んな驚くことないでしょ……」と小さく言った。
「ご、ごめ……気付いて、なくて……」
謝ると、立ち上がった菊地原が優希の前に来た。それから、「B級上がったんだ」と隊服を見て言う。ぎこちなく優希が返事をすると、「そう」と菊地原が小さくうなずく。
「なら、ちょっと着いてきてくれる?」
「えっ……?」
「早く」
「う、うん……」
「き、きく、ちはらくん……な、なん、っなんで、ここに……?」
言われるままについていった先は、ランク戦ブースだった。おどおどと聞いてきた優希に、「戦ってほしいんだけど」と簡潔に菊地原が言った。
「たたか……、……えっ!?」
察しの悪い優希に苛ついたのか、菊地原のジト目がさらにじとーっとする。しかし優希には、菊地原からそう言われる理由がわからなかった。菊地原は自分なんかよりずっと早くB級にあがったのだ。それがどうして、こんな上がりたての新米に。
あそこのブース、入って。短い言葉で菊地原がブースに入る。優希はよくわからなかったが、先に入っていった菊地原を待たせてはいけないと自分もブースに入った。
『ランク戦のやり方はわかるよね、5本勝負でいいよね』
聞かれても返事がたどたどしいであろう優希の許可を取ることなく菊地原が進めていく。う、う、うん……と一応小さく返事をした。
『オプション設定してないだろうし、僕も今回は使わないから』
突然の試合に、体が震える。だだだ、だいじょうぶだ。優希は自分で自分に言い聞かせた。相手はスコーピオン、今までだって何度もやってきたじゃないか。菊地原の動きだって、スコーピオンの性能を調べるときにログで見たことがある。
スコーピオンの特徴は軽さと武器の変形。注意すべきは相手の視線と体の動き。菊地原の動きは、技術とスピードが特筆しているタイプ。勘よりも、頭脳を重視した戦い方。大丈夫、大丈夫。知ってる、相手だ。心の中で何度も繰り返して、ブース内のスクリーンに表示されたスコーピオンの文字を押した。