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親愛のジュレ固め

◆◆◆◆


調理場から出て約束通りの場所に来たサンジを、レイドが名を呼んで迎えた。「できましたか?」と確認すると「うん!」と元気に箱を見せられた。持ってきたバスケットに入れ、辺りを確認する。ちゃんと見られずに来れたようで、周りに人はいない。

「本当にお一人でいいんですか?」

途中から天候が悪くなってきて急遽用意した雨がっぱと傘を渡しながら聞くと、「いいの」とサンジが首を振る。結構降りそうですけど、と言っても断固として断るその態度に、それなら、とレイドも引き下がる。普段聞き分けがいいのにこうも言うのだから、多分なにを言っても駄目なのだろう。

「おとうさんにはないしょね」

先ほど教えた言葉を、今度はレイドに言った。「言ったら包丁を教えた私が怒られますよ」そう言って大袈裟に肩をすくめると、ふふ、と小さくサンジが笑った。




もう王妃様に会えた頃だろうか。サンジが出発してから書類整理をしていたレイドは、ふとそう思った。できた書類をとんとんと揃えて部屋から出ると、ガタガタという音を聞いた。なんだろうかと見て見ると、窓の鳴る音のようだ。

「あの」
「ああ、クロックさん。書類ですか?」
「ええ……」

「さすが、早いですね」と褒められるのを聞き流し、それよりも、と窓のことを聞いた。相当揺れているが、今日は風が強いのかと。それを言うと、なにを言っているんだというふうに目を丸められた。

「今日は嵐ですよ嵐。風どころの騒ぎじゃありません」
「……え」
「少し前くらいからどんどん強くなってきましてね。今日のは一段とでかそうだ」

外見てきたらわかりますよ、と事情を知らない男が暢気に言った。失礼します、と頭を下げすぐにコツコツと歩き出した。通り過ぎる人たちが少し不思議そうにしていたが、今はそんなことはどうでもいい。

勢いよく外に繋がる扉の一つを開く。びゅおおおおと頬に容赦なく降りかかる風と雨粒に、状況を理解したレイドはさあっと顔を青くした。適当にそこらにあった傘を引っ掴んで、外に飛び出した。

ばしゃばしゃと地面を蹴るたび足に跳ね返る雨水。確かにこれは、大人ですら怖じ気ずくほどの嵐だ。料理をすることを手伝ったのは百歩譲って許されても、嵐に巻き込まれて王子に怪我でもさせれば大事になる。最悪海に落ちでもしたら……確実に首が飛ぶ。やばい、といつになく焦って王妃の住む別棟へ急いだ。

10分くらい雨の中を探していただろうか。この嵐の中を歩く女性の姿に疑問を感じて、少しだけ近付いてよく見た。すると、小さくヨタヨタした歩き方の子供の姿を見た。

「サンジ様!!」

大きくそう呼ぶと、ヨタヨタ歩いていた子供が立ち止まる。頭を揺らし、レイドの姿を見つけたサンジが「レイド!」と嬉しそうに手を振った。その瞬間、バランスを崩したのかぽてっと転んだ。慌てて駆け寄ると、鼻にティッシュが詰められ、怪我をしたのがうかがえた。大丈夫ですか?と確認すると「うん、平気」と笑って答えられる。

「……貴方!」

突然の女性の声に顔を上げる。明らかに怒った様子の女性に、あ、やべ、と心の中で言った。王子を危惧しすぎて、近くにいたこの人のことを忘れていた。

「このこと、ご存じだったんですか!? 王子をこんな嵐の中一人で行かせるなんて……っ!!」

なんてことをしてくれたんだ、と顔を赤くする彼女は、状況から見るに王妃の別棟担当のメイドのようだ。とりあえず謝らなくては、と口を開いた瞬間、「ちがうよ」とサンジがレイドを庇うように一歩前に出た。

「僕が勝手に行ったの。レイドに隠れて」

サンジの言葉に、メイドが黙った。そしてレイドも。ごめんなさい、と謝るサンジに「そ、そんな。王妃様もよろこばれていましたよ」とメイドがフォローする。サンジの言葉に、「感情で怒ってごめんなさい。でもちゃんと王子を見ていないと駄目ですよ」とメイドがレイドに言った。レイドも申し訳ありませんと頭を下げる。

レイドが来たため、私は王妃のもとに戻ります、とメイドが帰って行った。雨の中残された二人。サンジが「帰ろう」とレイドに言った。

ついてこないでと言ったのは、このためか。レイドは、ようやくサンジの言葉の理由を理解した。サンジはレイドに責任が飛び火しないよう一人で向かったのだ。嵐の中、こんなに小さい体で。

そのことにレイドが驚いていると、ふと、手元になにか気配を感じて自分の手に視線をやった。すると、はっとしたように手をひっこめてから、反省したようにサンジが顔を下げた。

「……」

何かを察したレイドが、きゅっと小さなサンジの手を自分の手で包んだ。それから、「帰りましょうか」と笑う。驚いた顔でえっえっとレイドの顔と繋がれた自分の手を交互に見たサンジが、少しずつ嬉しそうに顔を綻ばせた。

「……うん!」

その笑顔に釣られるように、「王妃様、喜んでくれましたか」と聞いた。「うん。あのね、おいしいって!」嵐の中を、不似合なほどに明るい声で返された。


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