×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

友情ヨーグルトソース掛け

◆◆◆◆


従者となって変わったことと言えば、まずは起床時間だ。今までは雑務の請け負いで起床が午前4時だったのが、王子の生活に合わせるため6時の起床でよくなった。起きて身支度と食事を済ませ、時刻がくれば王子の部屋を訪れる。力仕事の多かった以前に比べ楽な仕事だとレイドは今後の自分の生活の向上を喜んだ。こんなので前よりも給料を増やしてくれるというのだから、気前がいい。

「サンジ様、おはようございます」

優しく起こすと、目覚めがいい彼は素直に従う。ベッドから起き上がり、用意される服に着替えるのにも自ら手をあげて脱がせやすくしてくれる。レイドがこの仕事を楽だと思う第二の点は、この王子の素直さである。他の王子たちは城内でも従者が手こずっているのを見かけるが、サンジはおとなしく素直で、あまり手間がかかることもない。

「本日のスケジュールの確認をさせていただきます」
「うん」
「9時からの朝食後、10時より戦闘訓練。13時より昼食、14時より第二戦闘訓練。17時より体力測定、19時より夕食となっております」
「わかった」

こくんと頷かれ、こちらも頭を下げて一歩後ろに下がる。今日は体力強化メインのようだ。齢が6になれば本格的に訓練を始めると聞いたので、そのための準備といったところだろう。それにしても子供にこのスケジュールは……と思いつつも、彼らは強化人間。これくらい大したことはないらしい。

「レイド」
「はい」
「本」

従者となり数日が経つ。彼はいつも部屋にいるときには本を読んでいる。朝食までの短い時間でも読みたいというのだから好きではあるのだろうが、逆に言えば、それ以外に彼の遊び道具が部屋にないということだ。いつも読みたいと言い出すのは図鑑で、絵本などは自分がいないときに読んでいるらしい。絵本には難しい言葉が出てこないからだろう。

手にしているのは魚図鑑で、難しい語句が出るたびにこれは?と首を傾げられる。その姿はやはりただの子供で、感情のない強化人間と言われてもピンとこないというのが本音だった。

「レイド」
「はい、どちらでしょうか」
「好きな食べ物なに?」

はい?と思わず声が上ずる。個人的な質問をされると思っていなかったので反応に遅れていると、「僕はね、パスタ」とサンジがえへへと笑った。遅れて、「おいしいものならなんでも」と無難に答えておいた。

「なんでも食べれるの?」
「嫌いなものというものはありませんね。全てに等しく栄養がある」

言ってから、あ。と気付いた。これでは好き嫌いでなく、栄養のあるなしで食事を取っていることになる。そういえば今までは生きるために食事をしてきたので、わざわざ好物を見つけるほどおいしいものを食べてこなかったかもしれない。そんな自分の寂れた人生にレイドが気付いているとき、「すごいなあ」とサンジは感心した顔をしていた。彼はまだ苦手な野菜がいくつかあるらしい。

「……ああ、紅茶」
「うん?」
「紅茶は好きです」

この城に入った最初、使用人たちでも茶葉を使っていいことを知ったためいくつか飲み比べをしたことがある。味はしないのによい香りが鼻を抜けるのがなんとなく金持ちっぽい、というなんとも貧乏くさい理由で紅茶を気に入ったことを思い出した。数年飲めば舌も肥え、茶の味というものもわかるようになってきていた。

「甘いの?」
「いえ、ストレートで」
「おとなだ」

ふふ、とサンジが笑う。なにやら楽しそうな姿に疑問をもつ。図鑑が読みたかったのではなかったのだろうか。先ほどからページも進んでいない図鑑を膝に乗せたまま「ほかに好きなことないの?」と質問を続けられた。

「ええ……仕事が」
「仕事? 楽しいの仕事って」
「生活の一部ですので。好きでなければやれません」
「僕といるのも?」
「はい」
「ふうん」

そうなんだ、と不思議そうな顔をされる。それから、「僕はね」と先ほどのように自分のことも言おうとしたサンジがなにかに気付いたように口をすぼめた。口を閉ざしたのになにかと聞くのもどうかと思い待っていると、何かを決心したように「おとうさんには言わないでね」と内緒話のようにレイドの耳に顔を寄せた。

「お料理」

ぼそっと言われたそれに、少し驚く。それを見て、「ご、ごめんなさい」と急に謝られた。驚いた顔が怒ったように見えたようで、慌てて「い、いえ。怒ってないです」と否定する。安堵した表情を確認してから、料理……そうか、料理か。と心の中で思った。

確かにおとうさん、もとい国王に言える訳もない。どの王族でも、料理は奉仕と見なされ怒られるに決まっている。それも男の子。そしてここは鬼でも泣き出すジェルマ66の王宮。絶対怒られる。

「……一つよろしいですか」
「なに?」
「サンジ様は料理をしたことがあるのですか?」

そんな怒られることをしたことがあるのだろうか。おとなしいと思っていたが、なかなか度胸のあるお人だ。そう思って聞くと、まだしたことはないと言われた。見たり聞いたりするのが好きなので、自分でもいつかしたいのだと。

だから図鑑を見てどんな料理にしたらいいかを考えて普段遊んでいるのだと言われ、ようやく気付いた。そういえばこの部屋の図鑑は、魚だったり野菜だったり、食材になるものばかりだ。そうだったんですか、とレイドが納得する。

「……えへへ」

急に嬉しそうに笑ったサンジに、どうかしましたか、と尋ねる。すると嬉しそうな顔のまま、「ともだちみたい」と笑って言われた。言われた意味を理解するのに、数秒かかった。

ともだちみたいってそれはきっと、サンジと、そして多分レイドのことだ。彼はレイドと友達みたいにできていることを喜んでいるらしい。そのとき、もしかして、と先ほどから感じていた違和感にようやく気付く。本を読むたびに質問だといって隣に座らせていたのは、こうして話がしたかったからじゃなかろうか。怒られるかもと思っても自分の好きなものを話したのももしかして。レイドと、ともだちになるために。

「……光栄です」

笑って答えると、なおも嬉しそうに目が細められた。「レイドは料理できるの?」と身を乗り出しついには図鑑を膝から降ろした姿に、小さくぷっと笑ってしまった。なんだ、やっぱりただの子供じゃないか。感情のない強化人間と言われていても、王宮内で友達を欲しがるだけの子供。かわいらしいもんだと「少しだけですよ」と笑って返事をした。


menu