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飲み込めパンナコッタ

◆◆◆◆


磨き上げられた銀食器、繊細な彫刻、赤い絨毯___一目で高価だとわかるそれに囲まれて暮らすことのなんと幸せなことだろう。それが仮に、自分のものじゃないとしても。

クロック、ノックと呼び出しに「はい、ただいま」と返事をして部屋を出る。出た先に見える長い廊下も、もちろん自分のものではない。城に仕える一介の使用人、それが自分だとクロック・レイドは弁えている。そのうえで、この豪華な城に留まれていることに、レイドは幸福を感じている。

10のことになる。自身の母国が、とある隣国によって滅ぼされた。戦争が始まるかもしれないとは聞いていたが、こうもあっさりと潰されてしまうとは。親もおらず下町で盗み食いをはたらいていた自分とすれば、知り合いが死ななかったことが救いだろうか。そもそも知り合いがいないのだから。

自国を潰したのは隣国から金を受け取ったジェルマ66。強い国だと、潰されてすぐにその国に潜り込んだ。生きるのなら、強くて潰されない国がいいに決まっている。都合がいいことにジェルマは国ごと移動する手段を持つため、船に潜入した時点で入国成功となる。昔からの悪ガキの勘か、潜入は簡単だった。

それからは、奉仕人として城に留まらせてもらっている。金のない下町時代から、雑用の奉仕人とはいえ王の住む城での仕事。出世も出世だ。この城で成り上がってやろうと、そのときの自分は心の中でほくそ笑んだ。

執事からの呼び出しだと伝言を聞き、また上にあがるのかと内心笑いながら「なんでしょうか」と執事のもとを訪れた。執事は年を取った男で、カチカチと動く懐中時計を見ながら「早いな」とレイドに言った。仕事を終えてから来いとのことだったので、急いで仕事をやり終えてわざと早く来たのだから当然だ。

「お前はここに来てからもう5年になるが、誰よりも仕事の覚えも質も高い。そのことは私もメイド長もよくわかっている」
「勿体ないお言葉」
「そこで、一つ大仕事を任せたいと思っている」

執事の言葉に、ほらきた、と心は笑顔で、表情は驚いたまま「なんでしょうか」と腰低く伺った。




「本日よりサンジ様にお仕えいたします。クロック・レイドと申します」膝を折り深く頭を下げる。高級な絨毯は膝をついても柔らかくまるで痛くない。

執事に申しつけられた仕事というのは、第三王子の従者になれというものだった。若いほうが好ましいとされる従者だが仕事もできねばならないため、お前ならぴったりだと太鼓判を押された。出世には違いないが、大仕事と言われ子供の世話とはなと少し残念に思った。

「顔あげて」

子供の高い声が頭上から聞こえてくる。命令口調でないのは、まだ幼いからか。言われるままに顔をあげる。顔をあまり見ては失礼にあたるため目を逸らしたままでいると「なんでこっち見ないの?」と尋ねられた。なにが失礼で失礼でないかを、まだよく理解していないようだ。

「失礼にあたりますので」
「なんで? 見てよ」

命じられると仕方がない。おとなしく従うと、さらりとした金髪の少年がベッドに座っていた。足はまだ届かないのかパタパタと揺れている。前髪は長く、片目が隠れてしまっている。王子たちの姿は年に一度のスピーチと城でたまに遠目で見れるが、前髪が長い方が多いのは身支度の際にメイドが合わせているのだろうか。

「つかえるって、なにするの?」
「身支度のお世話をさせていただきます。学問や訓練、お食事は変わらず前の者が」
「てことは、ずっとこの部屋にいるの?」
「サンジ様がいらっしゃるときは、基本的にそうなります」

そっか、と納得したのか興味がなくなったのか、いそいそとサンジがベッドから降りて本棚へと向かう。何冊か物色したあと、レイドがそのままの体勢でいることに気付いたのか「普通にしてていいよ」と許可が出された。立ち上がりながら、なんだか威圧感のない王子様だなぁとレイドは思った。

ジェルマといえば有名な武力国家であり、その中でも王族たちは軒並み力を手にするため日夜努力していると聞いた。命令口調でないのもなんだかのんびりした態度なのも、ジェルマのイメージにそぐわない。こう見えて腕っぷしは強いのだろうか、と考えていると「ねえ」と高い声がレイドを呼んだ。

「なんでしょうか」
「本を読みたいんだ。こっち来て」

本?と思いながら近づけば、サンジは植物図鑑を片手にソファに座っていた。難しい単語を読んでほしいとのことだったのでソファの後ろに立つと、「なにしてるの?」と不思議そうに振り返られた。

「座らないの?」
「……私は従者ですので」
「疲れるでしょ?」

早く座ってよ、と手を引かれ、レイドはますますわからなくなった。「疲れる」とは確実にレイドが立ったままで疲れることを気遣っての発言だ。おかしい、自分は確かにメイド長から____と、ここに来る少し前の事を思い出した。




王子様たちは全員、感情がありません。王子に仕えるにあたって説明に来たメイド長の言葉に思わずは?と聞いてしまいたかったが、さすがに怒られるのでその言葉は飲み込んだ。代わりに、「どういうことでしょうか」と失礼ながらに尋ねた。

彼女が言うには、王子たちはジェルマの科学力によって人類をも超える存在となった強者であり、悲しい、可哀想___そういった戦いに不要な「感情」を全て無くし、固く強い体を手にしているらしい。王たるものの才能だと言われ、相変わらず変な国だとレイドは内心呆れながら「素晴らしい」と口を合わせた。

受け入れてくれたことに感謝はしているが、やはりこの国で育った人間との意識の違いを、レイドは常に感じていた。この国の戦い、力への執着はある種の狂気を感じる。だからこそ成り上がるのに時間はかかるが、戦士としてでなく使用人としての道を選んだのだ。こんな戦闘狂の国で戦士にでもなれば、いくら命があっても足りやしない。

それにしても、とレイドには到底メイド長の言葉をすぐに受け入れることができなかった。王子を遠巻きでしか見たことのないレイドからすれば彼らはただの子供にしか見えなかったので、話を聞きながらもなんだか信じられないような気持ちでいた。そんなレイドの様子に気付いたのか、「理解できなくて当然」と彼女が鼻で笑う。

ジェルマの科学力を聞いてすぐに理解するなど野良のお前には無理なことだろう、とメイド長が笑う。生まれを馬鹿にされるのはいつものことなので「申し訳ありません」と謝る。「会えばわかるでしょう」と言ったメイド長の言葉に、お前みたいなのでも、という含みを感じた。




それがどうだ。会ってわかるどころか、ますます混乱だ。感情はないはずなのに、随分と彼は優しそうに見える。ちらりと盗み見てみれば本棚にはたくさんの本が並んでおり、読書家なのだろうかと思った。おとなしそうで本が好きで優しい……ますますジェルマらしくない。

「これは?」
「ひしんけい、この葉の形のことですね」

聞かれた内容には答えながらも、レイドの頭の中は疑問でいっぱいだった。これから長く付き合っていくことになるであろう目の前の王子様の笑顔を見ながら、レイドは首を傾げた。


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