×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

我慢強いプロヴァンス風

◆◆◆◆


よし。ティーセットの出来栄えにレイドが頷く。白いクロスにおやつのケーキが良く映える。これに、香りのよい紅茶が添えられれば完璧だ。レイドがちょうどおやつの準備を終えた頃、主人であるサンジが部屋に戻ってきた。先ほどは確か、戦闘訓練だった。疲れた体には甘味が必要だ。振り返り、「おかえりなさい」と微笑む。

定位置であるソファに座った彼に、今日のおやつのメニューを説明する。黒いチョコレートがかかった、たっぷりとカスタードの注がれたエクレール。好きだったはずのそれを見る彼の、うん、という返事を聞く。紅茶を用意する前に、レイドは「すみません」と断りを入れた。

「それの手当てをしてからでもよろしいでしょうか?」
「あ……」

頷いた彼に、「ありがとうございます」と笑いかける。棚から救急箱を取り出し、処置をおこなっていく。巻いたガーゼに、いて、と彼が小さく言っていた。すみませんと謝って、手当てを続けた。はい、もう大丈夫ですよ。動いていいことを伝えると、ありがとうとサンジがお礼を言った。

「……サンジ様」

今日の訓練も、大変だったようですね。レイドの言葉に、ぎこちなくサンジが返事をした。そんなサンジに、「偉いですね」とレイドが笑った。それを見て、サンジもほっとしたように笑う。

「本読もうよレイド」

いつもの調子でサンジがソファに誘う。はい、と返事をしながらも、レイドの頭の中は別の事で埋まっていた。もう、何度目だろうか、主人が怪我をして帰って来るのは。その度に自分の主人は、何も言わず、訓練でへまをしたと説明した。

「図鑑じゃなくていいのですか?」
「今日は、僕がレイドに読んであげる」

レイドは従者なので、サンジがへまをしたのだといえば、そういうことになる。ならねばならない。彼が絵本を選ぶのを見ながら、胸の奥が冷えるのを感じた。




「____もう誰もノーランドをしんじたりはしません。ノーランドは死ぬときまでウソをつくことをやめなかったのです」

おしまい。小さい手が、ぱたんと絵本を閉じる。裏表紙には、ノーランドが乗っていた船と、広い海が描かれていた。

『うそつきノーランド』。北の海で、知らない者はいないとされるほどの有名な童話。絵本を読むことが初めてだったレイドだって知っていた。うそつき探検家のノーランドが、うそによって死刑にされる話。うそをつくことは悪い事だと子供に教えるとき、決まってこの物語を人は紡ぐのだ。

「……レイドは、さ」絵本を読み上げてくれた主人に呼ばれ、返事をする。少しだけ躊躇するように黙った彼が、もう一度口を開く。

「うそつかれたら、嫌いになる?」

不自然な質問だった。唐突なその言葉に、意味を理解したレイドの喉の奥がきゅっと閉まった。顔を下げた彼の顔は、長い金髪に隠されていたが、不安な面持ちなのだろうということは容易に想像がついた。反射的に慰めるにしては、彼の言葉は重たかった。私は、と質問に答える。

「……必要な嘘もあると思います」

長い金髪越しの彼に、そう言った。誰かのためを思ってつく、そんな嘘も、きっと。

「それが悪か善かは私にはわかりません。ただ、嫌うことはないと思います」
「……そっか」

はい、と微笑んで答えた。レイドの言葉に安心したのか、また新しい絵本を読み聞かせてあげよう、とサンジがソファから降りる。必要な嘘、か。彼に言いながら自分は、自身に言い聞かせているだけなのかもしれない。そう思った。





自室へと戻り書類を提出してきた帰り道、前方を歩く小さな背中を見つけた。「サンジ様」声をかけると、彼ははっとしたように顔を上げていた。近付くため歩き出した足を、少し遅くした。彼が、目に手をやったのが見えたから。

「レイド」

ぱっと振り返った彼は笑顔だった。彼の着ている「3」の服が汚れている。笑って持ち上げた頬が腫れている。だけど彼は、笑顔だった。今日も、怪我をしているのか。そう思いながらも、「手当しましょうか」と笑って彼の手を取った。

連れ戻した部屋で、腫れた頬に消毒液を触れさせる。痛そうに顔を歪める彼に手を止めると、「大丈夫」と彼が笑った。他にも痛むところはないか、と確かめていたとき、ある怪我を見て、呼吸を止めた。

「……レイド?」
「ああ……すみません」

その怪我、痣に対して包帯を巻き付けた。作業を続ける。今日だけだ、きっと。今日、たまたま……頭の中で言うが、そんなことが嘘なことくらい、本当はレイドもわかっていた。

訓練中の怪我なら、待機している救護班がするに決まっている。怪我をさせたまま部屋に帰らせるなど、あるわけがない。今日のこんな痣、強く押さえつけられたような痣なんて、訓練でできるわけがない。そんなこと、ずっと、知っている。

「サンジ様」
「なに?」

ただの使用人にはどうしようもないことだと、気付いている。頼る人間はいないと知っている。下手な嘘をつく。心配かけまいと、痛む頬を上げて笑う。彼のそんな笑顔が、どうしようもなくレイドの胸を刺した。

「……訓練頑張って、偉いですね」

今日も自分は、空虚な褒め言葉を並べるだけだ。


menu