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限界知らずのたまごやき

◆◆◆◆


サンジが部屋に戻ってきたのは、夕暮れの頃だった。送り届けたメイド長が、扉を閉める。陽に染まりオレンジ色の部屋の中、残されたその姿に、レイドはどう声をかけていいのかわからなかった。大切な人を、それも母を亡くす感覚を、自分は知らない。

「……おかあさんに会ったんだ」

突然の声に、驚く。「おかあさんに、会った」サンジが繰り返す。そうか、こんなに帰りが遅かったのは。レイドが納得する。王族である彼らは、王妃のところへ行っていたのだと。

「おかあさん、つめたかった」

思い出したのか、ぼろりと大きな目から涙が零れる。そこでなにか、感情の糸のようなものが彼の中で切れた。「サンジ様」小さく呼んだレイドを見た目には、なにかへの悲しみと、なにかへの怒りと。混ざった目だった。レイドの後ろにあったバスケットに、ぎゅっと顔を歪めた。ぼろぼろ。いきおいで、涙の粒が落ちる。

「っこんなのもういらないじゃん!!」

ばんっ! 乱暴に、バスケットを投げ捨てた。中に入っていた弁当と手紙が床に落ち、弁当の蓋が外れた。トマトも、ご飯も、せっかく作った卵焼きも。「いらない!!」感情をどこにやればいいのかわからないのか、泣きながら強く叫ぶ。彼のこんな姿は初めてだった。腕が伸びる。感情の溢れた彼の体ごと引き寄せる。

「やだ、いやだ」彼は大声でそう言って暴れた。ぎゅう、と抱きしめた。腕の中で、暴れるその体を、ずっと。こうすると落ち着くだろうと、なぜか知っていた。だんだんと胸を叩く力が弱くなっていく。うえええ……と子供らしく声を上げて泣き出す。ぽん、と背中を叩いた。しゃくりをあげて泣く彼に、何もいわず、ただ背中を叩いた。





どれくらい経ったのだろうか。喉を裂くようにあげていた声も、今はすんすんと鼻をすする音へ変わった。だいぶ落ち着いたようには見えるが、サンジは涙や鼻水でぐちゃぐちゃになったレイドの胸に体を預けたまま離れない。レイドも、絶えずぽんぽんと背中を叩いていた。

しばらくそうしていると、あるものに気付いたのか、サンジがはっとした顔をした。そちらへ視線をやると、その先には、落ちてしまった卵焼きがあった。サンジが気まずそうに、顔を下げた。多分、悪いことをしたという自覚があるのだ。それを見て、レイドがサンジを片腕で抱きなおした。

「……あっ!」

そのまま空いた片手で卵焼きを掴むと、レイドはそれを食べた。「だ、だめだよ!! 汚い!!」ぱく、と口に入った卵焼きを見てサンジが吐き出すように言う。お構いなしに飲み込んだレイドに、「た、食べちゃった……」と信じられないという顔でサンジが見た。

レイドと目が合うと、サンジがびくりと肩を揺らす。レイドはそのままじーっとサンジの目を見てから、にっこりと笑った。おいしいです。その言葉に、泣きすぎて真っ赤になったサンジの目が開く。

「上手にできましたね」
「で……でも床に」
「もったいないじゃないですか。せっかく頑張って作ったのに」

笑っているレイドに、呆然とした表情をするサンジ。少しだけ言葉を飲み込むのに時間がかかる。「ほ……ほんとう?」サンジが聞いた。はい、と頷く。

「また作ってくれませんか?」

笑ったまま答えを待つ。彼は少し驚いた顔をしていた。それから、ゆっくりと顔を隠すと、赤くなった鼻をすすった。うん。鼻声で、彼が言った。


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