「ぅごほっ」まずさに咳き込んだ。さっきのもなかなかまずかったが、これもまずい。水で流し込むように口に放る。ちらり、と隣に置いた弁当箱に入ったそれに、はあ、と溜め息をついた。まだ半分はある。もう腹いっぱい、というよりも、まずさに胸がいっぱいだ。
証拠隠滅のため、レイドはサンジが生み出した卵焼きという名の兵器をここ数日食べ続けていた。卵を盗むくらいは誰の仕業かばれないためかまわないが、大量の焦げたごみが王子の部屋から出てはすぐに気付かれる。とはいえ、王子にこれを食べさせるわけにもいかないため、レイドがもぐもぐとそれを処理していた。
卵はたくさん食べるとよくないと聞いたことがある。早く上達してもらわなければ、そう思いながらたまごやきを口に入れる。ばりばり、と柔らかいはずのたまごやきに似合わない音がして、その後に焦げ独特の苦みが口の中で暴れた。いっそ味覚の暴力だとレイドは思う。
使用人、ひいてはサンジにも見られてはいけないのでレイドは城から離れた場所で昼食を取っていた。これを見てはまた必要以上に優しい王子が僕のせいで、と悲しい顔をする。……なにをしているんだろうな、自分は。レイドはその悲しい顔を思い出して項垂れた。たかが仕事で受け持っているあんな子供、気にしなきゃいいのに。こんなまずいものまで食べて、ばかじゃないのか。
そのとき、項垂れていたレイドの視界に一人の女性の足元が見えた。顔を上げると、「クロックさんですね」とメイドが立っていた。どこか見覚えのあるその人に「はい」と返事をして立ち上がる。彼女は誰だったか、と頭の中で使用人の顔と名を並べていった。
「王妃様がお呼びです」
その言葉に、「あ」とレイドはようやく思い出した。彼女は嵐の日にサンジを城へと送っていた、あのメイドだ。それから言われた言葉を反芻して、「王妃が?」と目を丸くした。
案内されたのは、病院のように十字マークの入った小さな城だった。初めて入ったその城には、王妃の寝台のある部屋と医者の部屋、メイドの部屋。体の弱い王妃のために用意された場所なのだろうとよくわかった。
メイドと共に部屋へ通される。病人らしく、寝台近くに医療器具が置かれていた。その寝台に座っている方が王妃なのだろう。王族のスピーチにも出てこないため、初めて顔を見た。
「___初めまして、レイド」
サンジ様に似ている、と心の中で思った。それから、綺麗な人だとも。レイジュ様が成長したら、こんな感じになるのかもしれない。王妃の声掛けに、深く頭を下げる。お初にお目にかかります、お会いでき、感動しております____するすると形式ばった言葉を並べるレイドに、「あーもう、ダメダメ!」と突然王妃が言った。
「そんな堅苦しい話がしたくて呼んだんじゃないわ。もっと普通にして」
「普通、と言いますと……」
「サンジとは普通に話しているんでしょう?」
友達なんだって言ってたわ、王妃がそう言ってやわらかく笑った。その言葉に、そんなふうに思われていたのかと少し苦笑した。それから、それじゃあ、と少しだけ肩の力を抜いた。
「あそこではなにを?」
「あそこ?」
「外に座ってたじゃない」
視線を促され、部屋の窓を見る。すると、ちょうど先ほどレイドが座っていた場所が、遠目ながらも見ることができた。ああ、近くに居るのがわかったから呼んだのか。納得しながら、「昼食です」とレイドが答える。それから、はっとしたように持ってきていた弁当箱を隠した。
「あら、お弁当?」楽しそうに王妃がそれを見つけ、見せて見せてと笑った。若干の冷や汗をかきながら、レイドが「申し訳ありません」と断る。それに驚いたのは使用人たちだった。非難の目が向けられるなか、王妃がどうして?と素直に首を傾げた。
「……まだ、お見せできません」
だらだらと汗をかきながら、そう言った。王妃の願いを断るなんて、と心臓がばくばくとせわしなく動く。だがレイドのその言葉に、王妃はなにかを察したのか、「楽しみにしてる」と笑ってくれた。不思議そうにする使用人たちの中、レイドはほっと息をはいた。
「……よかった」
「え?」
「サンジの話通りの子で」
くすくすと王妃が笑う。優しくて、頭がいいんだってあの子褒めてたわ。笑いながら言われた言葉に、「そんなこと」とレイドが否定する。あら、王子の言葉を否定するの?と王妃が言う。何も言えなくなったレイドを見て、いたずらっぽく笑った。その顔は、内緒話をしたときのサンジによく似ていた。
「……ねえ、レイド」
急に声を落として、王妃がレイドに近くに寄るように言った。従って傍に行くと、そっと両手で、レイドの手が包まれた。あの子を、よろしくお願いしますね。王妃が笑った。
「あの子は、人一倍優しいから。大変な事もあるでしょう。でもね、本当に、いい子だから」
お願いね、と強く握られる。その声に、手に、力が籠っていた。ああ、これが母親なんだ。強く我が子の幸せを願う王妃を見て、レイドはそう思った。生まれてこのかた見たことが無かった、我が子を想う母親。
「____はい」
自分の主人は、こんな立派な母親に、ちゃんと愛されているんだなぁ。返事をしながら、心の底から安心した。
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