▼ 誰も知らないまちへいきたい
訓練をサボった。今までは怖くてそんなことできもしなかったが、色々な事が面倒くさくなった今では、それも大した恐怖に感じられなかった。
逃げられないかな。あの日ベッドに沈みながら頭に浮かんだそれに様々な考えを巡らせた。いくつか浮かんだ希望は、ミデンという言葉や、上級兵がたびたび外出して基地を留守にしている事。もしかして、星であるこの国からも脱出手段はあるのではないか、という淡い期待が頭の中を占めた。
「……あー」
溜め息にも似た声が出た。また、駄目だった。いくつか付けていた目星の場所を人目を忍んで当たってみたのだが、どれもただの作戦室だったり書庫だったり、大した手がかりはなさそうだった。
小さな身体は隠れて調べるのには向いているが、これでは探し出す前に見つかってしまう。見つかったらどうなるのだろう、部屋に監禁でもされるのだろうか。そう考えて、それが別に現状と変わらない事に気付いて少しだけ面白かった。
格子の付いた窓を見る。自分の部屋には窓すらないが、部屋から出たところで見える窓全てにはこうした脱走を防ぐための物が多くみられ、自分が囚われる側であるということを嫌でも認識した。
外は憎らしいくらいにいい天気で、空をぴいぴいと飛ぶ鳥が随分と自由な存在に見えた。籠の中の鳥なんて言葉もあるが、これではどちらが鳥だかわからないな。柄にもなく詩的なことを考えながら、成果も無いまま部屋に戻った。
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ボーダー本部基地内の通路は広く長い。入り込んでいることもあり、新隊員だと基地内で迷ってしまう事もしばしばだった。
「待ってよ絵馬くん」
その長い廊下を、かつかつと隊服のためブーツの底を鳴らしながら一人の女子隊員が中学生男子の後ろを歩いていた。
「待たない」
「酷いなぁ人の顔を見て逃げるなんて」
「名前さんがにやついてるときは碌な事がないから」
「そんなことないよ。雨取ちゃんとは仲良くしてる?」
名前の言葉に、絵馬はぴくっと動きをおかしくし、「別に、普通だけど」と歯切れ悪く返した。視界の端でによによと名前が笑うのが見えて、やっぱり碌な事が無いと絵馬はいじりたくてうずうずしている名前に表情を強張らせた。
「さっきの試合見てたよ。かっこいいねー青春だねぇ」
「……誰に聞いたの」
「当真?」
「当真さん……」と相変わらず落ち着いた表情だったが、絵馬の心の中でなに言ってくれてるんだと自称師匠を憎らしく思った。名前は「可愛いもんね雨取ちゃん。納得納得」と絵馬の様子なんて気にしないで言っていた。
「絵馬くんがまさか試合でまで雨取ちゃんを贔屓するとはね。いや、絵馬くんなら応援するよ?」
ただ、玉狛のバリケードは厳しそうだなと名前は雨取を守る玉狛面子を頭に浮かべた。ボーダー最強の部隊と、近界民のトリガー使いと、B級の部隊を負かす策士と、ラスボスには未来予知黒トリガー使い。娘さんを僕にくださいと言うにはなかなか苦労する面子だった。
「……それ、名前さんの師匠も言ってたよ」
言われた言葉に名前が「えっ」と少し固まったのを見て、絵馬がわかりにくいながらにしてやったりな顔をした。二宮が言ったのは「玉狛贔屓だとは知らなかった」というものだったが、名前は「鬼と同じことを言ってしまった……性格悪くなっちゃう……」とショックを受けていた。
「……絵馬くん、私の扱い慣れてきたね」
「そうでもないけど」
「昔は可愛かったのにな」と名前が思い出すように言う。1年前の絵馬は背も今より小さくて、今よりもはっきり物を言う事は無かった。現在のほうが話してくれるようになって嬉しいのだが、可愛げがなくなってきて少し寂しい気もした。
「それに、俺は別に雨取さんのこと……その、そういうわけじゃないから」
「えーそうなの? つまんない」
「名前さんの面白いとか関係ない。俺は…………雨取さんには、鳩原先輩みたいに潰れて欲しくない、だけ」
絵馬の言葉に、名前は「そっか」と笑った。彼の気持ちが名前もわかる気がした。雨取を見たとき、というか、雨取の戦闘を見たとき。ああ、あの子と同じだななんて、思った。
「鳩原先輩がどこにいるか、まだ教えて貰えてない?」
絵馬の言葉に、「うん」と答えた。ごめんね、と付け加えると「別に名前さんのせいじゃないから」と絵馬も少し申し訳なさそうにした。
ちがうよ。名前は心の中で思った。名前が謝った理由は、絵馬に嘘を吐いたからだ。
鳩原ちゃんがどこにいるかわかったら、一緒に会いに行こうよ。
過去に言った言葉を思い出した。なんて無責任な言葉なのだろうかと、自分のことながらに酷いなと思った。
本当は知っているんだ。もう、何カ月も前からずっと。あの子はどこにいったのなんて、無神経に口にしていたあの時とは違うんだ。
「……これから作戦室戻るけど、名前さんも来たら?」
「ヒカリがもらって来たお菓子があるけど」と、気まずくなった雰囲気を変えるように絵馬が言った。この1年で、気遣ってもらえるくらいには親しくなれたのかと嬉しくなったが、名前は用事があったために断った。
「このあと武富ちゃんに呼ばれてるからさ」
「……名前さん、実況するの?」
「え、なにその顔。私の実況テク信用してないな?」
「信用してないっていうか、名前さんがおとなしく席に座ってるイメージが付かない」と言った絵馬に「雨取ちゃんに告げ口してやる」と名前が先輩の圧力を見せつけた。もちろんそんなのに怯む絵馬ではないので「勝手にすれば」の一言で片づけられてしまった。
(誰も知らないまちへいきたい そこでもう一度初めから)
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