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幼少期に感じたものというものは、強く心に残りやすい。端的に言えばトラウマのようなものが胸に染み込んでいる。なんとなく、寂しい気持ちになるような。

大学の講義が終わり、端末を開くと通知が数件来ていた。昔の友人からの久しぶりの連絡で、同窓会を開くから来ないか、という案件だった。予定を確認してみると、今のところ用事は入っていない。

中学の友人とはあまり会っていないし、いい機会だと返信しようとして、一瞬動きを止めた。そういえば、彼女も来るのだろうか。確か彼女とは、同じクラスだったはずだ。

「……」

少しだけ考えて、任務が入らなければ行く、と連絡を入れた。彼女が来るなら、そのほうがいいと思った。



名字という、近所に住んでいた女子がいる。偶に会えば話すくらいの。小さいときはよく一緒に遊んでいたが、大きくなるにつれ少しずつ疎遠になっていった、そんな子がいる。

「ねえ、蒼也くん」

これから別々に帰ろうか。小学校に入って少し経ったくらいのとき、彼女に言われたことがある。驚いて、どうしてかと聞くのも忘れてしまった。だって同じ方向に家があるのだから、一緒に帰るのは当たり前だと思っていたのに。

「ほかの子にへんなこと言われるの、蒼也くんもいやでしょ?」

だから仕方ないよね、というふうな言い方が気になった。も、なんて、まるで彼女が自分を嫌がっているように感じてそれこそ嫌に感じた。言いたい奴には言わせておけばいいのにと、少し腹が立った。それでも彼女が嫌ならと、「わかった」と返事をした。

そのうち、彼女は自分を名字で呼ぶようになった。自分もそれにならって、名字と呼ぶようにした。理由はなんとなくわかってはいたが、それでも少し、彼女が遠くに行ってしまったような気がした。彼女だけ、先に大人になっていく気がした。



高校は、別の学校へ進学した。会う機会は今までと比べものにならないほど減り、1か月に一度帰り道で会うか会わないかくらいに名字を見かけることはなくなった。偶にあったときの名字は楽しそうに学校でのことを話してくれた。ただ前よりも、間を潰すようにしか話をしなくなったように感じた。

第一次侵攻があり、近界民対策組織としてボーダーが正式に設立されたことを知った。色々考えた結果、自分も兄と同じボーダーに入ることを決めた。両親にも説明をして、あとは入隊の申し込みを出すだけという時だった。

あ、という聞き覚えのある声に振り返ると、制服姿の名字がいた。そういえば、彼女にはここ最近会っていなかった。声をかけると「久しぶり」と名字が笑った。

大体いつものように彼女の話を自分が聞いて、帰り道を歩いていた。今にして思えば、あの時の名字は学校の話をあまりしていなかった気がする。そのことに気付かなかった自分は、言っておかなければと彼女を呼び止めた。

「ボーダーに入ろうと思う」

自分の言葉に、名字は驚いたような顔をしたあと、少しだけ俯いて、顔を上げた。「頑張ってね」と笑ってくれたので、「ああ」と返事をした。

あの時、本当はどんな顔をしていたのだろうか。もしかしたら、記憶の中で勝手に笑っていたと思ってるだけなのかもしれない。本当は、悲しい顔をしていたのかもしれない。今になっては、どちらなのかもわからないままだ。

その後は少し話をし、分かれ道を別れた。「またな、」と言って離れると、「じゃあね」という言葉が、背中越しに聞こえた。

引っ越しの話を聞いたのは、その後のことだった。「知らなかったの」という母の言葉に、自分以外は知っていたのだと気付かされた。いつか、と聞くとつい数日前だと言われ、思わず聞き返した。それならきっと、あの時すでに引っ越すことが決まっていたはずだ。

ならあの時、なんで彼女は言わなかったのだろうか。

携帯の番号は知らなかった。わざわざするような連絡もなかったし、携帯を持つような齢になったとき、彼女との距離はそこまで近くは無かった。番号さえ知らないことを思い出したとき、自分と彼女はそれくらいの間柄だったのだと、ようやく気付いた。



ガラガラと居酒屋の引き戸を開け、愛想のよい店員の声と美味しそうな料理の匂いに包まれる。奥に見えた大人数の団体の方へ向かっていると、まだ少し離れた位置だと言うのに「あ!」と大きな声が聞こえた。

遅い、という文句の声と共に友人の一人が自分の名前を呼んだ。連絡したはずだがと言うと、見ていなかったのか携帯を見て「あ、あー」とバツが悪そうに声を上げ、結局「でも遅い」とまた文句を言われてしまった。昔からこういう奴だったなと思いつつふと視線を変えると、驚いたような、気まずいような顔をした名字が座っていた。

「名字」

小さくそう言うと、「久しぶり」と眉を下げて名字が笑った。あの日見たのと同じ顔だと、懐かしさとが色々溢れてきた。

多分自分たちは、少しずつずれが生じていたのだろう。どこからかはわからないが、確実に少しずつ。だから今度は君に置いていかれないように、話がしたい。

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