06





「あの女上官、いい女だよなぁ」
「ケッ…生憎、俺は女は嫌いでね」

銃撃訓練をしている次元は見ず知らずの兵士に話しかけられた。彼らの所属する特殊部隊の傭兵達は各自好きな銃を使うことを認められている。一種のスパイのような隠密行動も取るため、軍服や軍用拳銃では敵兵に正体を見破られる危険があるからだ。若く、体格の良い彼はベレッタで的を射抜きながら、意気揚々と自分達の上官であるイヴの話をしだした。

「おや、そういう風には見えねえが。女には困らなさそうだがなあ」
「女は懲り懲りなんだ。強欲で、狡猾で、我が儘」
「そこが可愛いんじゃねえか。まっ、大佐はそういうとこ一切ねぇだろう」

確かに我らが上官、イヴは全く女っ気を出さない。常に凛々しく、男勝り。確かに外見は美しいが。次元は興味なさげな口調でマグナムを放つ。その弾丸は真っ直ぐ的の真ん中に当たった。それを見て男が口笛を吹く。

「ヒュー、やるねえ」
「…俺はあの女なんかに忠誠は誓わねえぜ」
「へえ、どんだけ女嫌ってんだか」
「なあ、あんた…次元大介だろ?」

次元と男の会話に入ってきたのは別の男だった。

「あんたの噂は聞いてるぜ。裏世界一のガンマン。女嫌いなとこも知れてる」
「下らねえ噂ばっかり流れるもんだ」
「あんた、あの大佐誘い出してくんねえか!あんたなら大佐だってイチコロだ。こんな軍であんなにいい女がいるなんざ…なっ、みんなでやろうぜ」
「おお、そうだ!演技でいいからよ!」

まわりにいた連中までざわめきだした。






すると…












ダァァンッッ!!!









あたりを一瞬で沈黙に変えたのは的の後頭部を撃った次元のマグナムだった。




「いいか、てめえら。女ってのはな、ただ抱く為にあるんじゃねえんだよ。




女が欲しけりゃてめえで口説き落としな






しんと静まり返る空気。次元は気にもせずにマグナムの銃口から出る煙を口で吹き消した。







その時











「何をしている」









その場にやって来たのはイヴその人だった。軍服と軍帽の似合う彼女の目は氷のように冷たい。

「メイフィールド大佐…!」
「バカなことを言っていないでさっさと訓練に戻れ」
「「「は、はいっ!!!」」」

すぐに兵士達は訓練に戻る。次元も無視しつつ、マグナムを放ち続ける。







そんな二人の目が一瞬合ったがすぐに反らした。

















イヴは執務室に戻り、この度の傭兵達の基礎訓練の結果を眺めていた。軍帽を脱ぎ、ゆったりとしながらファイルを見つめるイヴはあるデータに目を留めた。

「…この男」
「はっ、基礎訓練において銃撃・狙撃がトップの次元大介、日本人です」
「………」

イヴはしばらく資料を眺めていたが、ふと窓から外をのぞいた。外では次元大介がひとり、射撃訓練をしている。

「………面白いな」
「はっ?」
「あの男が次元か。話は聞いたことがある」
「はあ…暗黒街一の銃撃の腕前だとか」

椅子から立ち上がったイヴは部屋を出ていこうとする。

「大佐、どちらへ?」
「馬鹿者。次元大介の腕前を見に行くのだ」

























あれからずっと訓練を続ける次元。いつしかまわりには誰もいなくなっていた。何度目かのリロードを終えてため息をついた次元は、背後に気配を感じた。

「……よお、大佐が自らこんな薄汚い訓練所に来るたあ…」
「私だって訓練は欠かせないからな」

イヴは次元の隣に来ると、腰のホルスターから砂漠色のオートマチックを取り出し、的を見据えて構えた。

(キンバーカスタム…)

次元がそう思った次の瞬間、












ドンッ!










銃弾は的に見事に命中した。それにひどく驚く次元。

(何て女だ!反動が強すぎて男でさえ的の真ん中に当てようと思っても当たらねえカスタムで寸分の狂いもなく、ど真ん中を撃ちやがった!)

キンバーカスタムはプロでも慣れない銃だ。重い上に何より急所に当たりにくい。そんな厄介な銃をイヴは使いこなしていた。

「伊達に特殊部隊の隊長やってるわけじゃなさそうだな」
「ふん…。…次元、貴様あのルパン三世の相棒だそうだな」

イヴにはそれらもわかっていたらしい。次元はフッ、と笑みを溢す。

「ああ、一応な」
「何故、我が軍に雇われた?貴様の本業は薄汚いコソ泥だろう」
「おいおい、そんじょそこらのコソ泥と一緒にすんなよ、大佐サン。俺は常日頃ルパンと一緒にいる訳じゃねえからな」
「……」
「じゃあ逆に聞くが、大佐はなんで軍人になった」

その言葉にイヴが次元を真っ直ぐ見た。あまりの近距離で次元はあることに気付いた。

(こいつ、オッドアイなのか)

右目はダークブルー、左目がアクアブルー。左目は異様に輝いて見えた。

「私が軍人になった理由か。私はこの国で生きるために軍に身を置いたのだ」
「…それはどういう意味だ?」

じっと次元はイヴを見つめた。彼自身としては、自分の上官にもあたる彼女が何故、女ながらに危険な銃を持って男所帯の軍に入ったのか無性に気になっていた。女は嫌いだが、銃を扱う“味方”なら話は別。興味を持っていたのだ。

「そのままだ。女はただ怯えているか、または体を売って生きるだけだというのか?」

きっと睨む視線は氷のよう。自分より背の高い次元さえ、見下しているようだった。

「いや…そういうわけじゃねえ。女であろうと、裏社会で生きていく権利はあるんだ」
「………ああ、そうだ。私は…女である為、弱い立場で育った。……苦しく、辛い日々。だから武器を手にした。そうしてようやくここまで上り詰めた。だから、私は信頼する部下を持ち、戦うのみ。」
「…傭兵が嫌いな理由は信頼できないから、か」
「貴様にだって油断はしていないぞ。下手な真似したらこの位置からだって貴様を撃ち抜ける」
「…ククッ」

突然笑った次元にイヴは苛立つ。

「何がおかしい」
「いや、ちょっとな。…お前さん、昔の俺に似てるのさ」

かつてルパンと出会った時、まだ彼が敵だった。次元はルパンに対して同じような台詞を言ったことがあった。お互い、自分の銃の腕に自信があるのだ。

「まっ…ひとつ言えることはだ。俺はあんたの命令ならなんなりと聞くぜ、隊長さんよ」

そう言って次元は訓練所を後にした。




















──それから俺は何度もイヴのもとで任務を続けた。イヴは優秀な指揮官だった。命令は的確で、兵士だけでなく傭兵連中さえテキパキと動く。何より、あいつ自身が先陣に立って敵兵を撃つことが部下達に勇気を与えた。その腕前は女にしとくには勿体無いくらい。







やがて、俺達の部隊は某国の領地での戦線に派遣された。当初は俺達が優勢だったが途中で敵兵の本隊が現れ、一気に戦局は変わる。







生き残ったのは俺とイヴだけだった。
















「っはぁ…はぁ…大佐…生きてるか?」
「…は…っ、ああ。参ったな…敵兵に囲まれたか…本軍も我らを見放したか…」

降りしきる雨の中、次元とイヴは崩れた廃墟の壁に身を隠していた。あたりは既に敵兵の山だろう。次元は雨と血で濡れた頬を手の甲で拭い、マシンガンを肩に担ぐ。

「諦めてんじゃねえよ、例え負けても生きるんだ」
「…貴様はそんな前向きだったか…」
「俺ぁこんなとこでくたばるわけにはいかねえんでな。大佐、あんたもだ」
「…余計なことを言うな…っ」

ふらりと立ち上がるイヴだが、彼女が微かに左脇腹を押さえた姿に気付く次元。すぐさま、彼はイヴの右手を掴んだ。

「な、何をする次元」
「撃たれたのか」
「かすり傷だ……ッく」

大声を出した瞬間、傷が痛んで顔を歪めるイヴ。次元は肩を貸してイヴを抱えて歩く。

「…次元…私を放って…逃げろ…」
「女を放って逃げるなんざ、俺のプライドが許さねえ」














廃墟の中。次元はイヴを横たえて自分のズボンのポケットから薬と包帯の準備をする。

「もう部隊がどうとか言ってられねえな、無礼講でいくぜ。イヴ」
「…っ」

名前を呼び捨てにされたことと、自分が隊長として責任を果たせなかった悔しさでイヴはそんな表情をした。

「さて、怪我を見せてみな」

仰向けなイヴの軍服に手をかけ、その下のタートルネックからもわかるくらいの傷を見る。

「ひでえな…お前、どれだけ我慢してた?」
「…」

答えないイヴ。次元はタートルネックを傷の部分だけ脱がしてイヴの傷に薬を塗り、包帯を巻く。

「無理すんじゃねえ。いくらお前でも、女なんだ」
「………お前も、女扱いするのか。私を」

何故か泣きそうなイヴの声に思わず次元は彼女を見た。







いつもとは違う






弱い“女”のイヴ。










「…お前も私を……





見下すのか…?」


















「…イヴ、何を弱気に…」
















その瞬間。














ドオオオオン!!!









凄まじい爆撃が二人のいた廃墟を襲った。敵兵が彼らの存在に気づいたのだ。

「ちっ!奴等、気付きやがった!イヴ、逃げ…」

















その時、








次元は誰かに思いっきり窓から外へ突き落とされた。










「な…!!!」
















それはイヴだった。







「イヴ…!!!お前っっ!!!」














最後に見たイヴは初めて笑っていた。



















──…

「…イヴの残った廃墟は爆発炎上。俺はイヴに助けられ…イヴを…救えなかった…」

ずっと黙ったまま次元の話を聞いていたルパンと五ェ門。

「……成程ねぇ。あの女嫌いの次元がどうしてイヴにあそこまでするのか気になっていたからなぁ」
「…命の恩人というわけか」

義理堅い次元だからこそ。再び現れた彼女に次元は恩と償いをしたかった。

「………俺はイヴを守る。




あの時、俺がそうされたように…」



次元はそっと眠るイヴの髪を撫でた。



next...





■あとがき
今年最後の更新はルパン連載!次元とイヴの過去終了。イヴの口調が軍人時代と今じゃ大分違いますね。
来年も引き続き次元LOVEでいきます!(笑)


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