巡りゆく命の輪









世界を震撼させたマリンフォード頂上決戦が終わり……赤髪海賊団と白ひげ海賊団は新世界後半のある島を訪れていた。

「すまん。赤髪…何と礼を言ったらいいか…」

頭に包帯を巻いたマルコが隣のシャンクスに礼を言った。二人の目の前には二つの墓。白ひげとエースのものだ。シャンクスは二人の墓をここに建てた。色とりどりの花と、剣と、彼らの所持品を飾った墓。

「つまらねェ事を言うな…敵でも“白ひげ”は敬意を払うべき男さ…センゴクですらそうだった」
「……なァ、赤髪……しばらくここにいてくれないか」
「?」
「…妹の晴れ舞台なんだ………どうしても見てほしい」

マルコの言葉にシャンクスがそっと振り返る。










そこには真っ白なウエディングドレスを纏った美しい花嫁姿のベッキーが歩いて来ていた。まわりには生き残った白ひげ海賊団の面々。そっと、ゆっくり歩いてくるベッキーはとても美しい。

「…ベッキー、きれいだ」
「ありがとう、シャンクス……」
「エースの奴、いい花嫁もらったもんだな…」
「ふふ…」

クス、と微笑むベッキーの目はうっすらと泣き腫らした痕がある。でも彼女は笑顔を見せていた。あの日――マリンフォードで泣き叫んでから彼女は言った。式を挙げたいと…。ブレンハイムやアトモスらが墓石を動かす。それは、誓いのため。墓石の下から現れた棺を開ければ中には安らかな眠りにつくエース。ベッキーはそっと棺に近付き、シルクの手袋越しに頬を撫でた。

「…エース…どう?…きれい?これね…パパがこっそり用意してくれてたドレスなんだって……昔からずっととってあったみたい。ナースの姉さん達に戦争が始まる前渡して避難させたんだって。……パパらしいわよね…」

その言葉ひとつひとつが愛を含んでいて、海賊達が堪え切れずに涙を流す。

「……ほんとはモビーディック号の上で式を挙げたかったんだけど……ごめんね…エース。でもいいの…あなたと夫婦になれたこと…嬉しいの……昔からの夢だったから」

エースがベッキーを嫁にしたかったように、ベッキーもずっとエースと結婚することを夢見てきた。エースが生きている間は…たった数十分だった。数十分だけ、夫婦でいられた。

「エースのタキシード姿も見たかったけどね。……ね、エース……私、この子を守って生きていく……いずれこの子は…海賊王と白ひげの血をひく大海賊になるのかもしれない……そうだとしても。




ずっとずっと愛し続けるよ」

優しく自らの腹部を撫でるベッキー。彼女の体の赤ん坊はもうすぐ産まれる。腹の中で元気に動き回っているのを感じた。

「……たとえどんな子でも、…ママや、ルージュさんがそうしたように……私は必ずこの子を愛し、守り抜くわ。……幼い頃からずっとずっと愛してきた……この愛は永遠よ。








離れる事は無い……どんなに遠くても…いつも、心はひとつよ……」





ベッキーは優しく微笑みながら








エースの唇にキスを落とした。…誓いのキス……優しく、愛おしい……温もり。ベッキーが宿す子供は確実にエースの血をひいている。そんな様子をシャンクスとマルコは静かに見つめる。すると、突然温かな風が吹いた。

「!」
「……この風」

その風は柔らかくベッキーを包む。そして普通の風ではないような、不自然な動きで前髪を撫でた。それはまるでエースがしてくれたような………




「……ありがとう……」




微笑んでベッキーは呟くと、空を見上げた――――…そこには愛する夫と父の笑顔が見えたような気がした。



























――その晩。もうすぐ夜明けという頃。海賊達は小屋の外で心配そうに待っている。マルコやビスタ達も立ち尽くすことしかできない。

「……夜が明ける」

イゾウの言葉と共に海を見れば開けていく夜。暗い空に光が指す。








ほぼ同時だった。小屋から聞えてきた泣き声。

「!!」
「生まれた…!!!」

マルコ達隊長陣が急いで小屋へと走り出す。小屋へ入ると、ベッキーがベッドに寝ており、側には船医と数人のナース達……そして…

「…!!エースと、ベッキーの子…!!」
「この子が…」

船医の腕に抱かれる小さな赤ん坊。

「オギャー、オギャー」
「ベッキー…よかった……大丈夫か……」
「マルコ……」

マルコが赤ん坊を見ながらベッキーの手を握ってやると、ベッキーは疲れ切った顔を見せながらも微笑んだ。船医がそっとベッキーに赤ん坊を渡すと彼女はもう…『母親』の顔になっている。フォッサが泣きながら言った。

「見ろよ…この顔…」
「ああ…まるで…エースだ…!」

ハルタも頷きながら言う。赤ん坊の顔つきは、エースの寝顔によく似ていたのだ。父の面影を強く残している……。ベッキーも涙をシーツに落としながら優しく赤ん坊を抱きしめた。

「…ドクター、この子…男の子?」
「あァ…!!!父親にそっくりだよ、…元気な男の子だ!!」
「………エースが名前決めてたの…男の子なら…『アダン』、女の子なら『ヘルガ』…だからこの子の名前は…『ポートガス・D・アダン』…」

ティーチがあの事件を起こす前、他愛もない会話でエースは言っていたことがある。




「なァなァ、ベッキー!!おれ達に子供ができたらなんて名前がいいかなァ!?」
「はァ?だってまだそんなの予定ないでしょ」
「いやいやわかんねェよ?いざ出来た時慌てちまうかもしれねェ!だから、今から考えておかねェとさ」
「おいおいエース、気が早ェだろー」
「うるせェサッチ!おれはベッキーとの子供が欲しいんだよ。



そうだな、



男なら『アダン』、女なら『ヘルガ』ってのはどうだ?」








「……あなたにそっくりよ、エース……」

まるでその姿はエースを産んだ時の母ルージュのよう。愛する夫の忘れ形見であるアダンを抱きしめ、微笑むベッキー。あの戦争を終えて…失ったものは多い。それでも…生きていくと決めた。息子と、…まだ自分には白ひげ海賊団の家族も残っているのだから。

「…ベッキー。お前と…アダンは必ずおれ達が守っていく。オヤジとエースの代わりに…必ず守るよい」
「……マルコ…」
「いずれこのアダンがエースの意思を継ぐ。……お前はそのためにも…エースの分まで生きるんだ……!!」
「…………うん、そのつもりよ。エースがくれた命のために生きる…」










ポートガス・D・アダン……後に、“火拳の生まれ変わり”“海賊王と白ひげの申し子”として





彼が海に名を馳せるようになるのは17年後のこと。



巡りゆく命の輪


[ 34/36 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]