白ひげの娘





戦争が始まる三日前、モビーディック号の医務室――……















「妊娠!!?」
「しーっ!!…ベッキーちゃん、…よく聞くのよ。あなたは妊娠しているの」

ナース達が船を下りる直前、ベッキーと医務室で話していた。バナロ島から逃げ延びてきたベッキーは傷だらけで、ナース達は必死に手当てをした。その時、彼女達はベッキーが妊娠していることに気付き、こうして彼女だけに告げたのである。

「…相手はエース隊長、しかないわね?」
「………うん……」
「……あなたは戦争に行ってはダメよ」
「!!どうして!!私がエースを助けなきゃ!!」
「あなたの体で何が出来るの!!」

赤ん坊を身籠った女が戦争に行くなんて。しかも、自分達が可愛がってきた妹のような子を。

「…っだって…私は…」
「今までだって…バナロ島での戦いだって、あんな傷を受けたのに赤ちゃんが無事だったのは奇跡よ。でも海軍本部の戦いなんて赤ちゃんだけでなくあなただって!!」
「それでも!!!…私はエースを助けなきゃ、この子に…私と同じ思いをさせたくない!!!」
「………」

すると、ナースの一人が棚からビンを取りだす。中には青い液体があった。

「これ…体を一時的にごまかす薬よ。妊娠している時、…これを飲めば一日だけ、どんなに暴れても赤ちゃんに影響が出ないの。ただし、…母体が重傷を負ったり、腹部を攻撃されたら赤ちゃんも傷つく。……わかってるんでしょうね…ベッキーちゃん…!!」
「…姉さん……」

涙を流すナース達。

「絶対生きて、帰ってくるのよ!!!」
「エース隊長と一緒に…!!元気な赤ちゃんを産むのよ!!」
「………うん…必ず、帰るから…














絶対……」































そしてマリンフォード。

「じゃああの王女の腹の中にいるのは!!!」
「海賊王と白ひげ、二大海賊の血を継ぐ正当なる“大海賊の芽”だァァア!!!」

海兵達の騒ぎはもはや混乱となりつつある。ベッキーの腹には確かに、新たな命がある。愛するエースとの大事な命…。エースはその事実を知らなかった…知っていたのは、ベッキー自身と…。

「………ッ







バカ野郎ォォォオオオオ!!!!」

処刑台から全ての力を振り絞って叫んだエース。

「エース…」

マルコがフッと見上げ、呟く。彼はもう一海賊ではなく、“父親”になっていたのだから。…それは、エースにとってどれだけ嬉しく、同時にどれだけ辛いことか。

「ベッキー……子供って」
「……っ」

呆然とするルフィ。ベッキーは息を整えて立ちあがろうとするが、ふらつき、ルフィに支えられる。

「ベッキー!大丈夫か!」
「…ええ、大丈夫…」
「王女、貴様…本当に妊娠しているのか…!?」

センゴクが尋ねるとベッキーはそっと自らの腹部を撫でた。

「……うちのナースは優秀なの…この戦場の中で“この子”を守る薬をくれた」
「!?」
「オ、オヤジ…!!」
「……」

海賊達が白ひげに言う。ナースは全員、ここへ来る前に避難させた。別れを言った時、ベッキーはナース達と別室で会話していたのを覚えている。その時に…。

「約束した…必ずエースを連れて帰るって。…ルフィもエースも私も…父親を知らずに育った…この子に…そんな思いはさせたくない…!!」
「…!」
「エース!!!あなたはもう父親なのよ!!!」
「………ッ!!」
「だから生きることを諦めないで!!!」

ベッキーの叫びはエースの心を締め付けた。愛するベッキーとの大事な子供…。







































数年前、エースが海賊王ゴールド・ロジャーの子供だとクルー達に告げた時。クルー達は驚いた顔をする。当然だ。

「…黙ってて悪ィ、みんな…!!」
「………」

頭を下げるエースの隣には不安げな表情のベッキーが支えるように立っている。しばらく沈黙が続いたが、マルコが口を開いた。

「…確かに驚いたが……ま、いいじゃねェかよい」
「!」
「そうそう、海賊王の息子って。すげーなエース!けど、そんなの関係ねェさ…おれ達家族だろ?なァ、みんな!」

サッチが笑いながら言えばクルー達は皆賛同した。エースは唖然。

「……みんな」
「おれ達は皆家族。…そうだろい」
「………ありがとう!!!」

ようやくぱああっと笑ったエース。仲間達はエースを抱え込んだり頭をぐしゃぐしゃにしたりして笑い合う。ベッキーはそんなエースを優しげに見つめていたが、すぐに白ひげを見た。

「…………パパ」
「ん?どうした」

白ひげがチラリとベッキーを見下ろす。何やら意を決したようなベッキーの瞳。するとエースやクルー達も気付いたようでなんだなんだとざわつく。

「…エースが自分の出生をはっきりしたなら…私も…はっきりさせたいと思って」
「…………」
「なんだ?」
「ベッキー…?」

不思議そうなエース。ベッキーは白ひげを見上げ、口を開く。

「………」
「…私……ずっと思っていたの……この船に乗っていた時からずっと…感じていた気持ち…他の皆とは違う感覚。でもまさか…ってずっと思ってた。だってそんなことがあったら私…」

そこまで言って、ベッキーが強い瞳で白ひげを見上げ…






「パパは…











私の本当のパパなの…?」
「!!!」
「!?」


クルー達が一斉に驚く。ベッキーと白ひげは目を反らさない。そう、ずっとベッキーが感じてきたのは――白ひげが実の父親ではないかということだ。モビーディック号に乗ってから三年。その間、白ひげが自分に向ける眼差しは他の“息子達”とは違うもの。本当の親子という…。

「パパの目は…ママが私にくれるものと同じだった…私が海賊になった理由知ってるでしょ…?父親を探すためだった…私は父親を知らない…だから父の愛を知らない…でも…それでもわかる…この人は本当に…私の父親なんじゃないかって…!!」
「…ベッキー…」
「……おめェ…おれが実の父親だと思ってんのか……」

いつもより低い白ひげの声。他の海賊ならば誰もが怯えるようなその態度でさえ、ベッキーは動じない。そこで二人を見ていたエースはハッとした。

(あ…!)

なんで今気付くのだろう。なんで今まで気付かなかったのだろう。

(オヤジとベッキーの目の色…同じ色だ…)

輝度をおさえた金の瞳。今まで全く気付かなかった。孤高の、誇りある瞳。間違いない、とエースは確信した。だが同時に襲ってくるのはあることだ。

「……ベッキー…」
「…パパは……私の父親なの…?……私のママを…愛したの…?私の本当の名前は…エドワード・ビクトリアなの…?」

涙を流すベッキー。誰も言葉を発することが出来なかった。しばらくそんな時間が続く。そして…













「……おめェの名は……おれが付けたものだ」
「!」
「生まれた時のおめェは今よりちっこくてな……おれの掌におさまっていた。……ソフィーに、よく似て…










いい女になったな…ビクトリア…」
「………!!!パパ……!!!」

確信に変わる。ベッキーはぼろぼろと涙をこぼして白ひげの傷跡残る広い胸へと飛び込んだ。探し続けた父。幼い頃からずっと会いたかった実の父。こんなにも近く…いたのかと思うと胸が締め付けられる。クルー達は安堵の気持ちで見つめていた。エースも笑って見ている。だがやはり心には不安があった。…ひとつの不安。それはベッキーも感じていたらしく、しばらくすると涙に濡れたまま顔を上げた。

「…パパ…私は本当に“白ひげ”エドワード・ニューゲートの娘なの…?」
「…あァ、そうだ」
「……じゃあ私は…





エースとは絶対に結ばれてはならない関係…!!」
「…ッ!!!ベッキー!」

思わずエースが叫んだ。だが本人達が一番わかっているのだ。“海賊王の息子”と“白ひげの娘”というのは……あまりにも世界的に重大なことだ。

「…エースとベッキー…二大海賊の血をひく子供かよ…!」
「じゃ、じゃあもし子供ができたらその子は…最強の海賊の素質を持って生まれるぞ…!!」

クルー達の言う通りだった。わかりきっている。二人が愛し合うことは罪にも値する。

「……おめェら…本当にそう思っているか?」
「え」
「…」

白ひげは優しくエースとベッキーを見つめていた。



白ひげの娘




■あとがき
予想以上に長くなりそうなので続く回想シーン。連載大変ですね…みなさん、ぜひ感想なんかくださいー!!(笑)

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