白ひげの愛した女





20年前。金獅子のシキが姿を消した頃。白ひげ52歳の頃だ。

「オヤジィー!!久々だな東の海<イーストブルー>なんてよォ!!」

モビーディック号の甲板。クルーの言葉に白ひげは一言「あァ」と答えた。現在よりも体調が優れていて、健康そうに見える。彼は久々に東の海を訪れていた。最弱の海と呼ばれていても、ここには、他の海にはないものがある。平和と、穏やかな人々とその住む島。

「オヤジ、島が見えたぞ」
「“歌の島”ポルテ島だと」

確かに島が見える。そこは音楽と歌の有名な島で、偉大なる航路<グランドライン>にも名の届くほどの歌姫がいると聞く。



















島に到着した白ひげが向かったのは島で一番人が集まる酒場。大きな建物で、とても落ち着いた雰囲気。白ひげが入るなり、まわりの客がざわつき、静かになる。彼の威厳は東の海でも知らぬ者はいない。後ろからついてきたビスタやジョズなど当時からいる隊長達や数人のクルー達が白ひげのためにソファーのある席を用意し、彼はそこに座った。酒を注文し、それを飲んでいるとあたりが暗くなり、ステージに一人の女性が現れた。

「……あいつが」
「はい。当店の歌姫、エンターズ・ソフィーでございます」

ウエイターが白ひげの質問に穏やかに答えた。そっと、そして力強く歌う彼女は30代後半といったところで、大人の魅力を醸し出している美女だった。厚めに塗られたリップが色気を出し、ミルクティー色のウェーブがかった髪と紅色の瞳が客達を見つめる。白ひげはただ黙って酒を煽りながらソフィーを見ていた。その中でソフィーと白ひげの目が合う。すると、ソフィーは歌を止めずに笑みを見せた。















「びっくりよ、まさかあの白ひげがこんなところに来るなんて」
「おれァ自由気ままだ」

歌が終わり、客達が酒を飲み始めた頃、白ひげの席にソフィーがやって来た。

「不思議だわ、あの有名な白ひげ海賊団の船長さんとお話してるなんて」
「…おめェのことは偉大なる航路にも響いていやがる。噂以上だな」
「あら嬉しい…」

昔からの知り合いのように二人は話をした。ゆったりとして、優しい雰囲気の時間。他愛もない話をしていくうちに二人の距離が縮まったのは言うまでもない。

















白ひげ海賊団はその島に錨を下ろし、半年間を過ごした。ソフィーはモビーディック号にも出入りするようになり、食事を作ったり、甲板で歌を歌ったりしながらクルー達からも慕われていった。









「なあビスター、ジョズー」
「ん?どうしたマルコ、サッチ」

10代前半のまだ幼い顔つきをしたマルコとサッチがジョズとビスタのもとにやって来た。

「オヤジはソフィーさんのこと好きなのかなー?」
「このままオヤジとくっついちゃえばいいのに。おれ、ソフィーさんがお袋になったら嬉しいよい」
「ませガキが。そりゃあ、ソフィーさんはいい人だが…オヤジとの歳の差も考えろ」
「だが…運命はどう動くかわからない。人の恋というやつもな」
「「ひげロマンチスト」」
「うるさいガキ共!!」













そんなことを思っていたのは彼らだけでなく、他のクルー達もそうだった。『あのオヤジがソフィーさんに惚れてる』…と。
















「ニューゲート…」
「あァ?」

酒場の中で、一番海がきれいに見える席。白ひげは酒を飲み干し、ソフィーが肘をついて海を見つめていた。

「もう行くのね…?」
「…………」

ソフィーは気付いていた。白ひげがもうポルテ島から去ってしまうことを。彼は海賊だ。ひとつの島に永住することはできない。それはソフィーとの別れを意味していた。

「…あァ……」
「…わかってるわ、…海は私の愛するものをさらっていってしまうのね」

切なげなソフィーの表情がとてつもなく愛おしい…白ひげはずっと見つめていたかった。

「…ソフィー」
「ん?」
「…今のおれの気持ちがわかるか?」
「………『結婚したい』」
「!」

意外な言葉。ソフィーは白ひげを見上げて呟くように言った。

「…あなたの瞳に映った私の瞳が…そう言っているのかも」
「…………すまねェ………」




























「う、う、う、生まれたァ〜〜!!!」

白ひげ海賊団のクルーが叫びながらモビーディック号に走ってきた。それを聞いたクルー達は皆驚きと嬉しさで歓声を上げる。

「うおおおやった―――!!!」
「オヤジとソフィーさんの子供だァアァア!!!」
「おれ達の兄弟が増えたぞォ!!!」

マルコとサッチは一際嬉しそうだ。彼らにとって初めての自分達より年下の仲間、自分達はようやく『兄』になるのだから。

「やったなサッチ!おれ達は兄貴になるんだよい!!」
「ああそうだ!!よっしゃー、プロレスごっこができるぜ!!」

危ない趣向を凝らそうとするサッチ。


















ソフィーの自宅では、白ひげが生まれたばかりの赤ん坊を抱いていた。ソフィーはベッドに横たわりながら微笑んで白ひげと赤ん坊を見つめている。

「…お前に似て、小さい体しやがって」
「ふふ…あなたのようにきっと強くなるわ」

大きな腕の中で小さな体の赤ん坊がすやすや眠っている。

「娘ができたか…このおれに」
「…名前を付けてあげて?」
「………名前か……」

初めて、自分の血の繋がった家族を持てた。白ひげは窓から見える海と空を見つめる。

「……ビクトリア
「ビクトリア…?」
「あァ……どうだ?」
「…素敵ね…」

それが、いずれ白ひげ海賊団の“白い王女”として名を轟かせることになるエンターズ・ビクトリア…………






本名、エドワード・ビクトリアである。





















「はァア!?置いていくって!!!何言ってんだよオヤジィ!!!」
「そんな!!!ソフィーさんと生まれたばかりのビクトリア置いていくなんてできねェよ!!」
「うるせェ!!船長命令だ!!」

白ひげの決断はクルー達の反対にあった。だが、白ひげの意思は変わらない。彼は、ソフィーとビクトリアを島に置いていくことを決めたのだ。勿論、クルー達はてっきり白ひげが二人を船に乗せると思っていたし、結婚もすると思っていた。

「どうしてだよオヤジ、いいじゃねェか!おれ達皆ソフィーさんが好きだし、ビクトリアはおれ達の妹だ!!」
「あァ、これからも守ってやれる!!!」
「ダメだ!!!ソフィーとビクトリアは置いていく!!」







(すまねェソフィー、ビクトリア――…おれァならず者だ。お前達を傷つけることはできねェんだ…わかってくれ)

男として、父として…白ひげの決断は愛する二人を守るためのものだった。港から遠ざかっていくモビーディック号。クルー達は叫んだ。

「ソフィーさぁぁあん!!!」
「ビクトリアー!!!ビクトリア!!!」
「………」

白ひげは港を見ようとしない。









すると










「みんなー!!!」
「!!!ソフィーさん!!」
「ソフィーさんだ!!!」
「!!」

港にはビクトリアを腕に抱くソフィーが立っていた。笑顔でモビーディック号を見つめている。白ひげは振り返り、目を見開く。

「ソフィー」
「……行ってらっしゃい…」

呟いたソフィーの声は海風に乗って白ひげのもとに届いた……






「…美しく、強く、気高く生きろ!!!ビクトリア!!!男に負けないくらい強い女になれ!!!」

































――そして現在…マリンフォード。

「ソフィーさん…!!すまん…ビクトリアをこんな風に育ててしまったのはわしのせいだ…」

ガープがひとり、辛そうに呟く。

「ベッキーが生まれた時、おれ達は本当に喜んだ…!あの時からずっと、おれ達にとって『大事な妹』だったんだよい…」

20年前からずっとマルコ達はベッキーを妹として家族同然に思ってきたのだ。

「…ベッキー…!!」

処刑台の上でぎり、と唇を噛みしめるエース。ベッキーは一度、白ひげを振り返る。

「……パパ…」
「……おれァ、ビクトリアが海賊になるとは思ってもみなかった。しかも海に出た理由が『父親探し』たァ……」
「…!!」
「…だが、おれの娘だ






いい男を選びやがった!!!
「ウワァァアアア!!!」

言いきった白ひげが地震を起こし、海兵達を薙ぎ払う。











その時。空から何か声が聞こえた。

「!?」
「なんだ!?」

一同が空を見上げる。ベッキーも足を止めて空を見た。

「なに!?」

叫び声が複数。

「だからおめーはやりすぎだってんだよ!!」
「コイツのまばたきのせいだ」
「ヴァターシのせいにする気!?クロコォ!!!」
「どーでもいいけどコレ死ぬぞ!!下は氷はってんだぞ〜〜!!!」
「おい何だあれは…何か空から降ってくる!!」

それが何者なのか…エースは目を見開いた。

「…………え」








「あああああああ…あ!おれゴムだから大丈夫だ!!!!」
「貴様一人助かる気カネ!!!何とかするガネ〜!!!」
「こんな死に方ヤダッチャブル!!!誰か止めて〜〜〜〜ンナ!!!」
「てめェの提案なんか聞くんじゃなかったぜ麦わらァ!!畜生ォ!!!」



白ひげの愛した女





■あとがき
白ひげとソフィーさんの過去。ソフィーさんは紅の豚のジーナのような人だと思ってくだされば。


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