彼の観察





奥村燐という少年はとても「普通」の人間に見えた。サタンの子というからどれほどの力を持っているのか気になっていたけれど、ここ数日見る限り普通の人間にしか見えない。

(っていうかどうして私が祓魔師の勉強をしているのか謎だわ)

私は色魔サキュバス。数百年前から人間の男達の精気や欲望を糧に生きてきた悪魔。まあ悪魔の中では下級だけどこんな私でも一応魔神サタンの愛人なんかをしている。人間だろうが悪魔だろうが、「男」は女の色気に弱いもの。サタンも私特有の能力に惹かれたらしい。私は相手の理想の異性の姿に化ける能力がある。眠っている相手の夢の中に入り込み、相手の理想の姿に化けてやれば全ての男達は簡単に落とすことができる。そうやって私はほぼ毎晩男達を食べてきた。そう、あの人以外は…。

「東雲さん!悪魔サタナキアの特徴を述べよ」
「サタナキアはルシファーの配下であり悪魔軍の将軍、総司令官でありプルスラス、アモン、バルバトスら三精霊の支配者であります。また、あらゆる女性を従わせる能力を持っています」
「おおー」
「す、すごい色子ちゃん!」
「フン」

奥村燐、杜山しえみが何やら声をあげている。後ろの方でまろまゆの女の子が不機嫌そうに鼻を鳴らした。現在、祓魔塾にて授業の真っ最中。ってか悪魔の情報ならよく知ってるわよ。みんな知り合いだし、たいていの男悪魔は関係持ちだし。…つーかサタナキアはただの女たらしじゃない。いつもハーレムしやがって。そして毎回私にセクハラしてくる野郎ってことは間違いないわよ。あの野郎、厄介な能力のせいで何度か私は危ない目にあってんのよ。

「東雲、お前すごいなぁ」
「色子ちゃん頭いいね!わ、私も頑張らなくちゃ」
「そんなことないよ。燐くんは体を動かす系のはすごいし、しえみちゃんは手騎士としては才能あるじゃない」
「あ、ありがとう!」

ああ、しえみは本当に可愛い。私、女の子には普通の対応なのよ?まあ、いきなり素の私を出すのもいけないし(実年齢は何百歳も上だからね)、女子高生らしい年相応の対応をする。表向きは「可愛らしい女子生徒」だ。私が悪魔であることはメフィストしか知らない。私の目的は燐を見守り、「男」にしてあげること。意味はそのまま。女を知らないであろう燐に女を教え、さらに彼を成長させてあげる。まったくメフィストは何を考えているのかしら。ま、私も暇だったし何よりサタンの血をひきながら祓魔師になりたいという燐に興味が出てきた。ただ、塾の授業は大変だ。自分を殺すかもしれない術を学ぶんだから。まあ知り合い(ほとんど男関係)のことを再度学ぶだけの悪魔学や、昔から連れている使い魔を出すだけの印章術の成績は満点だ。問題は実際に悪魔を祓う実技。当然下級悪魔の私にはできないことばかり。それに比べ、奥村燐は優秀だ(悪魔学や印章術はひどいけど)。

「はぁー…」

そしてただいま、実技訓練を終えた夜。私は寮ではなくメフィストの持つヨハン・ファウスト邸に住んでいるので、とにかく帰ってメフィストを殴りたかった(意味は無い)。そんな私の前方。そこには疲れきった背中の奥村燐がいた。

(奥村燐)

私はなぜかその背中に近付いていった。私本来の姿ならばきっと彼より背も高いはずだけど、今の姿では彼の方がいくらか上だ。見上げる形で私は奥村燐の肩を叩いた。

「燐くん」
「わ。東雲か。お前も寮帰りか?」
「まあね。燐くんって旧館住まいなんだっけ?」
「ああ。雪男と一緒にな。ったく、なんで俺達だけあんなボロいとこなんだ…」
「実は私も似たようなものなんだ。わけあってみんなとは違う寮なの」

ある意味寮だ。メフィストの豪邸は。何不自由無い暮らしをしているが、時々彼の変な趣味を目の当たりにする。っていうか私服からなにまで私の物質界での暮らしに必要なものは全てメフィストが用意しているものだからメフィスト好みの白やらピンクやら派手でメルヘンな服や物ばかりを身につけているのがなんとも言えない。天蓋付きのお姫様みたいなフリフリのベッドにフリフリした服に彼が私のために選んだというバラの香りのシャンプーやら。若干引き気味だ。

「まじで!?東雲もかよ!うわあ共感しあえる仲間がいてよかったぁ」

絶対奥村燐は私もまたボロい旧館住まいだと勘違いしているに違いない。ごめん、結構裕福なのよ。だけどその時の奥村燐の笑った顔はなぜか目を惹き付けてやまなかった。その笑顔にはサタンの子であるという悪魔のカケラなんてどこにもなかったから。

「……ね、今度悪魔祓いの実技、コツを教えて」
「お、俺でいいのかよ?」
「うん、燐くんがいい」
「あー…あとさ、俺のこと『燐』でいいよ。くん付け無しな。俺も色子って呼んでいいか?」
「ん、いいよ。燐、お願いね」

少し頬を染めた燐が可愛かった。私にとってはとても年下の男の子。サタンの子であるにしろ、私はしばらく彼を見守り続けていようと思う。





獅郎が命がけで守った愛しいこの子を。




彼の観察

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