人間の笑顔









あれから一ヶ月後の祓魔塾。着物姿で廊下を走るのは杜山しえみだ。

「はぁ、はぁ、色子ちゃーん!」
「あ、しえみ!こんにちは」
「こ、こんにちはっ」

駆け寄ったのはピンク色のボブヘアーの少女。髪には水色の髪飾りがあしらわれ、瞳はエメラルドのような緑色。少女は微笑みながらしえみと会話している。

「しえみ、今日の悪魔薬学の試験、勉強した?」
「わ、私は自信あるよっ。色子ちゃんは?」
「うーん、微妙かしら……」
「でも雪ちゃん、今回は簡単だって言ってたよねっ」
「雪男の言うことは信用ならないわ」

ごく普通の女子高生らしい会話をしながら廊下を歩き、塾に入る色子としえみ。中には勝呂ら三人組と神木出雲がいた。真っ先に話しかけたのは志摩廉造。

「こんにちはぁああ、色子ちゃん、杜山さんっ!!」
「おはよ、廉造、竜士、子猫丸。あ、出雲も」
「うっす」
「こんにちはぁ〜」
「こんにちはっ」
「…フン」

各々の挨拶を終え、席に着くとしえみは燐がいないことに気付く。

「あれ…色子ちゃん、燐は?」
「燐、起こしたのに寝てるから置いて来たの」
「えぇっ!?大丈夫かな…」

時計の時刻はすでに授業開始三分前。しえみの不安そうな顔を見て色子はクスリと笑った。

「大丈夫よ、ほら…」

すると近付いてくるバタバタと走ってくる足音。そしてドアを開けて飛び込んで来たのは燐だった。

「っはあ!!!おまっ、色子!!!なんで置いてくんだよバカ!!」
「起こしても起きないアンタが悪いのよ!!」
「うわあまた痴話喧嘩やわ…」
「奥村、静かにせえ!」

呆れる廉造と怒鳴る勝呂。燐はまだブツブツ言っていたが、色子と目を合わせると自然と笑顔がこぼれた。そこにタイミングよく雪男が入ってくる。

「奥村君、遅刻カウントギリギリです。もっと早く来るように」
「ぐっ…!このケチメガネ!」
「……東雲さん、今度からは蹴飛ばしてもいいんで…連れて来てくださいますか?」

諦めたように苦笑いしながら雪男は色子に言った。

「…仕方ないわねぇ」

色子も苦笑いして、しかし嬉しそうに笑う。














あの後、色子はメフィストによって人間へと変わった。その影響なのか、外見でも変化があり、腰まで伸びた長い髪は抜け落ち、現在はボブヘアーになっている。祓魔塾の塾生達には雪男が説明した。最初はみんな驚いていたが、現在は悪魔ではなく人間であること、燐と交際していることを知ると納得したようだ。ただし、サタンの愛人だったことは伏せている。特に勝呂等はサタン絡みになると厄介なことになりかねないと判断したためだ。色子は燐と雪男の住む旧男子寮の、二人の部屋の隣室に住むことになっているがなかばほぼ同棲生活。就寝以外は全て燐達の部屋で過ごしている。肉体のせいか、以前に比べ体を交えることが極端に少なくなった。それは色子自身が一番驚いていたことで、燐といるだけで満たされる自分の心と体があるのだ。それは悪魔であった頃には感じられなかったものだ。

「今日のごはん、なに?」
「んー、カレーかな」
「カレー!やっぱり私の食べたいものがわかってるのね、燐」

塾帰りの道を二人で歩く燐と色子。雪男は塾の仕事があるため、今夜は遅くなるらしい。冬の風が冷たく二人に当たると、色子は肩を震わせた。

「うーっ、人間になったらこんなに寒さを感じるなんて聞いてなかった!」
「なんだ、悪魔の頃って寒さ感じねぇの?」
「涼しい程度だったのよ!こんなに北風が冷たく感じなかったわ」

鼻先を赤くして、体を震わせる色子がひどく人間らしくて燐は笑った。そしてそっとマフラーを外し、彼女に巻いてあげた。

「ほら、これで寒くねーだろ?」
「え、いいの…?だってこれ燐のじゃない」
「俺は寒さ慣れしてんだ!今度お前のマフラーでも買いに行かねーとな」
「…あ、ありがとっ」

顔を赤くしてマフラーに顔を埋める色子。その温かさに浸っているらしい。燐はそっと色子の手を握り、再び歩き出す。

「?燐?」
「う、うるせーなっ…ほら、さっさとカレーの材料買いに行くぞっ……」

先程よりずっと顔の赤い燐の頬を見つめる色子。しばらくきょとんとしていたが次期に微笑み、共に歩き出す。

「…ねえ。燐…」
「んー?」
「…獅郎は、きっと喜んでくれてるよね…」
「……ああ、絶対喜んでるよ。お前が…自分で歩き出した道だもんな…ジジイは、絶対……お前の幸せが一番嬉しいんだから」
「…うんっ」

手を繋ぐとふたりは再び歩き出す。サタンの子と、サタンの愛人。決してその道は楽なものではないだろう。けれど、二人の心にはいつも藤本獅郎がいてくれるような気がした。

「…燐」

色子はそっと燐の腕に寄り添った。

「色子?」
「…ずっと一緒ね…」
「……ああっ」

柔らかな夕日が二人を照らした。その時の色子の笑顔は人間そのものだった。『人間らしい』ではない……本物の人間。









そんな二人の様子をうっすらとした人影が木の上から優しげな瞳で眼鏡越しに見つめていた。








――幸せになれよ、サキュバス



人間の笑顔




■あとがき
長編一応終了となりました。ラストは燐とメフィストの選択式となりましたがいかがでしょうか?現在、メフィスト寄りのサタン絡みとなる色子の虚無界時代の物語(獅郎と出会う前の数百年間)を第二部として構想中でございます。藤本神父との物語は結構悲しい感じに仕上げたかったのですが(笑)燐とはピュアな青春系、メフィストとは長い間秘め続けていた想いを大事にしていきたかったのです。きっとどんな結末でも藤本神父は色子を見守っていてくれますね。


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