誰もが好きになる




私が初めて彼女を見たのは数百年前の虚無界だった。




「こんにちは、貴女がサキュバスですか?」
「…誰?」
「私はメフィスト・フェレス。……最近“生まれたばかり”の貴女のお噂を聞きまして。…とても甘美なるお体をお持ちだとか」
「…アンタも私とやりに来たの?」
「…いえ、私ではなく。実はとあるお方が貴女に会ってみたいと申されまして。はっきり言わせていただきますが今のあなたは下級悪魔の玩具に過ぎない。そんな生活を続けていてもどうせ暇でしょう?いかがです?さるお方が貴女に会いたいとおっしゃってましてね、とびきり上級の方です。大丈夫、損はさせませんよ――………」














「こんばんはお久しぶりですサキュバス」
「…久しぶりアマイモン」

私の自室にはアマイモンが来ていた。そして風呂上がりのサキュバスと目が合い、二人は挨拶をする。そういえば二人はかれこれ数十年ぶりの再会だったな。いやしかし赤い浴衣姿のサキュバスはなんとも色気がある…容姿は女子高生そのものだが、いやしかし魅力的な…浴衣の前がはだけて胸の谷間は丸見えだが、彼女も私も全く慌てない。慣れているからな。アクションゲーム真っ最中の私とアマイモン。ちっ、しかしヤツは弱いな。手応えが無い。

「湯加減はどうでしたサキュバス」
「ええ、とっても気持ちよかった」
「サキュバス、兄上の相手をしてやってください。ボクでは歯が立ちません」
「ふはは、お前ごときで私が倒せるはずがないだろう。サキュバス、貴女も一度やってみるといい」

まあ彼女とてゲーム初心者。この壮快アクションゲーム『戦国デタラ』で伊達ピンクリッシュマサムネを操る私に敵うはずが無い。私はサキュバスにコントローラを渡してみた。

「ふーん、初めてやるから手加減してよね」
「ええもちろん☆私は女性には優しい紳士です」
「兄上、ボクには紳士的じゃありませんでした」
「お前はただの愚弟だ」

アマイモンをあっさり切り捨て、私は既に準備万端。するとサキュバスも準備を終えたらしい。ほう、キャラクターセレクトは戦国一のヤンデレ美女イチノミヤプリンセスですか。なかなか彼女らしい趣味だ。そしてすぐさまゲームスタート。その瞬間。





ダダダダダダダダ


「!!!」
「おお」

ソファーで見ていたアマイモンも声を漏らすほどの衝撃。なんと彼女は表情を一切変えずに手元は凄まじいコントローラさばきで初心者とは思えない操作を始めた。彼女が操作するイチノミヤプリンセスはまさに目にも留まらぬ早さで私のマサムネを攻撃してくる。あの、はっきり言って恐ろしい。

「ちょ、サキュバス!?貴女ほんとにゲームやったことないんですか!!!」
「うん、初めてよー結構面白いわね」

結局、その猛攻は十分ほど続き、私は人生初の屈辱を味わったのだった。











「サキュバス、今は奥村燐を見張ってるんですよね」
「ええ」
「うらやましいです、ボクももっとアイツを観察したいのに兄上が許可してくれません」
「お前は破壊衝動が過ぎるからダメだ」

サキュバスに惨敗した私は一人で猛特訓をしながらソファーで並んで話すアマイモンとサキュバスの会話を聞いていた。

「でも兄上ってほんと変わり者ですよね」
「何がだアマイモン」
「兄上って昔からよくサキュバスにちょっかい出すのに、他人にサキュバスを売るような真似しますよね」

その一言でコントローラをいじる手が止まった。サキュバスもこちらを見ているようだった。……アマイモンの言葉に偽りは無い。かつて下級悪魔どもにいいように弄ばれていた彼女を我が父上、サタンに紹介したのは他でもないこの私なのだ。虚無界の女達に飽きて暇を持て余していた父上に、最近生まれたばかりの最高の体と能力を持った色魔の存在を教えた。父上はすぐに興味を示し、会いたいと私を彼女の元へ送った。それがすべてのはじまり。

「……そう思うか」
「ハイ、ねえサキュバス」
「……そうね、確かにメフィストがいなかったら私は今ここにいることもないわ」

あの時、父上のもとへサキュバスを連れて行かなかったらきっと彼女は未だにただの玩具か奴隷のような扱いを受けていただろう。…あの時、私はどんな気持ちだっただろうか。そして私は何故奥村燐のもとにサキュバスを送ったのか。

「兄上ってサキュバスと関係持ったことあるんですか」
「少し喋り過ぎだぞアマイモン。いいか紳士というのはな「あるわよ」……サキュバス」

私の言葉を遮って出たサキュバスの言葉にアマイモンが注目を示す。…ああ面倒だ。

「あるんですか」
「昔一度だけね。三百年くらい前かな…」
「………あれは一時の気の迷いです」
「兄上、サキュバスのこと好きじゃないんですね」
「好きとかそういった問題ではないだろう」

快楽は誰しもが求めるもの。悪魔とて変わらない。サキュバスはそれがエサとなる悪魔で、日々そういった行為をするのは当たり前。それが人間のような恋愛感情ごときが必要なものではない。それは私も彼女もわかりきっている。

「…そう、そんな感情は持ってはならない……」
「………」

不思議とサキュバスの表情に影があるような気がした。見間違いだろうか…。私は誰よりも長くサキュバスと付き合ってきた。藤本よりも、奥村燐よりも、アマイモンよりも、そして父上よりも。誰よりも彼女を理解しているのは私であって、私がいなければ彼女はここにいない。

(…そうだ、私は彼女のすべてを知っている男。例え他の男に体を許そうと、彼女のすべては私のもの――……)

互いを想い合わなくていい。けれど彼女が最後に頼るのは私であってほしい。かつて藤本と関係を持ったサキュバス。あの時はうまく手を回してやった。






――父上、どうやら最近サキュバスにはお気に入りの人間がいるそうですよ、私も詳しくは知らないのですがどうやらサキュバス、その男にだけは固執しているようで……いかがしましょうね?



彼女は驚いただろう。なぜ父上が自分と藤本の関係を知っているのか。今もきっとそれは知らないだろう。私が父上に教えたことを…。しかし私とて藤本を死なせるのはつまらなかったので、その人間が誰かということは言わなかった。結果、サキュバスは藤本と会うことを禁じられ、彼女はずっと虚無界にいた。私は虚無界を捨てた身であるからその間は彼女に接触しなかったが、それはすべていずれ会うまでの準備期間のようなもの。いずれ私がサキュバスを手に入れるその時までの。そしてあの日…父上の憑依により藤本は自殺、奥村燐が我が校にやってきた。そのタイミングにサキュバスを呼びつけ、奥村燐と関係を持つよう指示したが…。

(逆効果だったか…)

ここ最近、サキュバスの様子がおかしい。まるで本当に人間のようではないか。時折ぼうっとしたり、妙に照れ屋になったり…以前の彼女とは違う。…まさか、藤本のように…?今までサキュバスは男をエサとしか見なかった。私に対しては違う。付き合いの長い悪友といったところか。それでもよかった。彼女にとって私は『特別』でなければならない。恋愛感情じゃなくていい。数ある『エサ』ではなく、たったひとりの『悪友』でもいい。彼女の心で私は唯一の存在でいたかった。しかしそれを乱した藤本…そして今、奥村燐はサキュバスの中で大きくなっているのだろうか。

「…アマイモン、お前ちょっと席を外せ」
「嫌です今日はサキュバスといたいです」

……やはりそうか。私の中である考えが頭をよぎっていたが…。

「…お前がこの前気に入っていた超極上スイーツ店、もうすぐ閉店だぞ」
「わかりました兄上行ってきます」

全く単純なヤツだ。アマイモンはさっさと無限の鍵を使って部屋を出て行った。…自然とサキュバスと二人きりになる。

「………私、そろそろ寝ようかな」

沈黙に耐えられなかったのか、サキュバスはソファから立ち自室へ向かおうとする。だが私はそれを許さなかった。

「!」
「……」

彼女が扉を開けようとする手を掴み、もう片方の手で彼女の目の前の扉に手をつき、逃げ道を塞ぐ。そして彼女を振り向かせ、扉に背を付かせた。

「メ、メフィスト?」
「………貴女をここへ呼んだのは間違いだったかもしれません」
「え?」
「…わかっていたんです、こうなること…いや、認めたくなかった」

サキュバスがどんな男と関わろうと変わりはしないと思いたかったのかもしれない。だがそんなの、私の願いに過ぎなかった。彼女は奥村燐を愛している。またあの時と同じように。私はわかっていたはずだ。それでも。サキュバスが他の男に目もくれず、私だけが彼女を理解していればいいと願った。

「…貴女が藤本を愛した時からすでに気付いていました。それでも私は…貴女が人間に靡く等思いたくなかったのですよ…そしてあんな傷を負った貴女はもう二度と人間に恋したりしないと…思いたかった…」
「恋、って…誰に…」
「…ずるい人ですね。貴女自身気付いていないなんて」

まるで人間だ。そう、サキュバスは気付いていない。自分が奥村燐に恋をしていること。貴女はいつだってそうだ。藤本の時だって、ハタから見れば一目瞭然なのに。本人が気付いたのは彼が死んだ後だった。…ああ、どうしてだろう。今回もそのままでいてほしい。いや、だが今回は相手が違う。サタンの子だ。弟であり、色々と厄介なことを抱えている奥村燐。そして彼がサキュバスを愛してしまえば……

「…それだけは、させない」
「え?メフィスト…一体なんなのよっ」
「…色魔(サキュバス)の固有能力は…理想の姿への変身、そしてどんな男をも魅了する力…言い換えればサキュバス…貴女に関わった男は誰もが貴女を好きになる」

彼女に一度会ってしまえば、触れてしまえば。どんな男もサキュバスを欲して止まない。藤本も、奥村燐も、アマイモンも、我が父サタンも、そして私さえも……誰もがサキュバスの容姿、仕草、そしてその人間らしい感情を好きになる。厄介な能力を持って生まれたものだ…。

「貴女は無意識でしょうが、貴女は愛される。その能力は……虚無界において最強の力だ」
「…っそんな、こと…!」
「だから嫌なんだ…貴女のその能力のせいでどんなに…男が苦しむかわかるか?」
「…!」

口調を変えた私に少し怯えた様子を見せたサキュバス。普段なら彼女に怒られたりする私だが、こうなってしまえば彼女は何も抵抗できない。そっとその首筋に顔を埋め、舌を這わせると彼女は甘く鳴いた。

「ぁっ…メフィスト…っ?」
「…物欲しそうにして……いやらしい子だ、全く…」

自分では意識しなくても触れられると反応してしまう、色魔の性だな。…そう、彼女の存在を救えるのは私だけ。彼女を誰よりも理解している。断言できるのは……

「……本当に、愛しいと思える……サキュバス……さあ、鳴いてくれ…私のために」

私が初めて彼女を好きになった男だからだ。



誰もが好きになる




■あとがき
メフィスト編に入ります。サキュバスは分裂後、下級悪魔達にひどい扱いを受けてきたのですがメフィストがサキュバスをサタンに紹介し、愛人にしたことによって救われました。サキュバスは普段メフィストとは悪友のような関係でも本心は彼に感謝しています。しかしメフィストはそれだけでは足りず、彼女のすべてを欲しいと思っているんですね。


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