ある色魔の午後




東雲色子として生活を始めてから二か月ほどが過ぎた。議会の決定により、私は相変わらず祓魔塾塾生として生活を続けている。どうやら騎士團は私を置いておくことで納得したらしい。相変わらず、燐は奥手で一週間に一度くらいしか体を重ねてくれないけど、私は満足しているからいい。しかしメフィストがいなかったらきっと私は処分されていたな。

「オイあの子高等部か?」
「すっげー!カワイイ〜」
「モデルかなぁ?」

現在、私はメフィストに支給してもらった正十字学園女子生徒の制服を着て高等部の門にもたれて燐を待っている。さっきから一般生徒がざわざわしてるけどどうでもいい。正十時学園は大きな学園だから見知らぬ生徒なんてほとんど。逆に私はそんな環境だから潜り込みやすかった。昼間は猫に変身して燐を見守っているのだけど、授業が終わると人間になって燐と一緒に寮へ帰る。まあそこでお茶したり会話したりしながら夜になったら燐とそのまま食事にもつれ込んだり、居候しているメフィストのファウスト邸に帰ったりしてる。

(…まるであの頃みたいね)

獅郎と過ごした一年間。ただ同じようなことを繰り返しているだけの日々。なのにそれが一日一日大事だった。今も同じような感覚で…私は時々怖くなる。また獅郎の時のように離ればなれになってしまうのではないかと。獅郎が残した息子達。燐と雪男のそばにいたいのに…。

「色子!?」
「あっ」

そこへ燐が慌てて駆け寄って来た。背中には降魔剣。そんな姿が可愛らしいなんて想ってしまう。

「お前どうしたんだよその格好…」
「メフィストにもらったの。今日も燐、数学答えられなかったね」
「ぐ…っ」

昼間はいつもと同じく猫の姿で授業を受ける燐を見ていた。私はちゃっかり燐のクラスではマスコット的存在として可愛がられていたりする(クラスの皆は「猫ちゃん」とか「にゃんこ」とか呼ぶ)。私が興味あるのは他の人間じゃない。燐だけ。雪男は案外しっかり者で私が見張らなくてはいけないのはサタンの力を継ぐ燐の方だ。

「で…どうかな?制服」
「…ど、どうって………に、似合ってるよ…」
「ふふ、ありがとう燐」

顔真っ赤にしちゃって可愛いな。燐は女に対する免疫が無いらしい。塾生のしえみに対しても時々頬を染める。…別に私は燐が私を愛してくれることは望んでないし、燐がしえみとくっつきたいのは構わない。

(私は燐を守りたいだけ…)

人間は昔から「恋」をする。そうやって何千年もの間、現代まで子孫を繁栄してきた。だけど私にはそれが理解できなかった。私達悪魔は生きるために子孫を残す。悪魔は魂から生まれる存在。私だって、一つの強大な悪魔が分裂した片割れ。人間とは違う。だから私には人間が恋をする意味が理解できなかった。例えどんなに人間の女を愛している男でも、私が“その相手の女”に変身して行為をねだれば、“その相手の女”じゃない私を抱く。所詮は外見だけなんだって思っていた。だけど…そんな気持ちを変えてくれたのは藤本獅郎だった。私はいつしか彼を愛していた。それを理解したのは彼が死んだ後だったけれど。…だから、生まれて初めて愛したあの人が残した燐と雪男だけは。

「あ、そうだ色子…ちょっと頼みがあるんだけどよ」
「珍しいわね。何?」
「明日休みだろ、買い物付き合ってくんねーかな…」
「買い物?」
「ああ…高校(がっこう)の方でな。絵画の授業のやつでー筆とか絵の具とか色々」
「うーん、私もよくわかんないけど…いいよ、一緒に行きましょ」
「おう」

燐が笑ってくれる。なぜか燐の笑顔はとても愛おしい。獅郎の息子だからなのか、それとも…。

「お二人でデートですか、いいですね」
「!本間」
「げっ」

いきなり燐の背後から現れたウザすぎるほど爽やかな笑顔。まわりで女子生徒達がキャーキャー言い始めた。コイツは私の片割れ。元々同じ悪魔から生まれたまさに一心同体の存在。

「久しぶり、サキュバス♪」
「インキュバス!!アンタ何堂々と現れてんのっ!?」
「おや、50年ぶりに会った共体(きょうだい)に向かって失礼じゃん」
「うるっさいわね!!!アンタ昔の恨みは忘れないわよ!?」
「ちょっ色子、声大きいから!!いいから場所変えるぞ!」

ホントインキュバスは色々と厄介なヤツ。私が怒鳴り散らしていると燐があたりを見渡しながらインキュバスと私を連れて祓魔塾へ走った。















祓魔塾の廊下の片隅に場所を移した私達。そういえばインキュバスもメフィストに呼ばれたクチだけど塾にはいないわよね。

「お前ら…確か兄妹なんだっけ?」
「そうでもありそうでもない存在よ!腐れ縁みたいなものよ」
「何他人行儀になってんのさ。俺とお前はある意味同一人物だろ?」
「私はアンタみたいに変態じゃない!!」
「どういうことだよ…」

なかば呆れた燐がたずねる。

「コイツ、幼女から老女まで女なら誰でもいいのよ。ロリコン&熟女好き。超が付くド変態なのよ」
「失礼だな。俺は若い女も好きだよ。ただ俺は魂が美しい女が好みなんだ。心が清らかな女に年齢は関係ないだろ?」
「許容範囲大きすぎよ!!昔、ルネサンス期に毎晩のように女の寝室に入っては理想の姿に変身して何人の女を孕ませたと思ってんのよ!!」
「孕…」

まわりにキラキラを飛ばせているインキュバスと唖然としている燐。ああムカつく…!コイツは昔っからイケメンに変身しては手当たり次第女を落としてきた変態だった。相手の女はそのルックスと甘い囁きに騙されてんのよ。ああなんでアイツがモテるんだろう。同じ共体とは思えないわ。インキュバスと私のわずかな違い。それは生殖能力の有無と感情の発達。同じ悪魔から分裂した私達だけど、インキュバスは繁殖するための力…つまり生殖能力を持っている。そのせいでアイツは何人も悪魔の子を孕ませてきた(相手の女はインキュバスが悪魔だと気付いていないパターンが多い)。私は妊娠なんてすることはないけれど、代わりに人間に近い感情を受け継いだ。インキュバスはあまり人間らしい反応をしないから。っていうかコイツがルネサンス期に起こした悪魔の子妊娠事件は物質界の偉い人間達の間で結構揉めたらしいわね。そのせいで片割れの私共々祓おうとする祓魔師が多くなっていっつもいっつも追いかけ回されたっけ……ほんとあの時の迷惑は忘れない。

「ほんとアンタのせいで私がどれほど迷惑を被ったか…!」
「ははは、俺ってば罪作りだから」
「そういや本間って雪男と同じくらい女子に人気が………って!!!雪男がモテてるって認めちまった!!!ああああああ同じ双子なのにぃぃい!!!」
「大丈夫よ燐、燐は私が愛してるから…」

自爆した燐がとても可愛くてそっとその胸元に両手をやり、体を寄せると燐は顔を真っ赤にして爆発した。そんな様子を見ていたインキュバスは

「お前も十分変態だろ」
「うるさいわね!!」

なんて言ってくるのでムカついた。私の燐への愛は純粋なのよ!見守ってる親心みたいなものであってアンタの歪んだ欲望とは違うのっ!!(私も昔はそうだったけど…)

「燐さん、そんなアバズレ疲れませんか」
「つ、疲れるけど……いや、俺は……別に」

燐は頬を真っ赤にしたままそう答えた。それって……私がそばにいてもいいってことかしら…?

「だって彼女いきなり現れてどうせ燐さんとやってるんでしょ」
「だああああああそういうことさらっと言うんじゃねぇ本間!!」

照れながら怒る燐を見つめたまま私は考えた。今の燐と私の関係はあの頃の獅郎と私によく似ている。体を重ねていても恋仲じゃない。けれど険悪な仲でもない。むしろ日々一緒に過ごして笑い合っている。私を追い出そうとはしない。

(………燐、あなたは……本当に優しいね)

きっとその優しさは獅郎が教えてくれたんだね。私は無意識に微笑んでいた。

「…お?色子、どうした何笑ってんだよ」
「ふふ、別に♪」

燐、大好き。燐の笑顔も、女に免疫がないところも、照れて焦る顔も、優しいところも全部ひっくるめて。





「おっ!そこにおる麗しのピンク髪は色子ちゃんやないですか!!」

突然聞こえてきた明るい声。振り向けばそこには塾に来た勝呂竜士、志摩廉造、三輪子猫丸。確か彼らは京都(日本で有名な土地らしい)出身の幼なじみらしい。

「おっお前ら!」
「あ、竜士君、廉造君、子猫丸君こんにちはー」
「ああ今日も色子ちゃんはほんま可愛ええの〜同じピンクの髪…まさに俺と色子ちゃんは運命のピンクの糸で結ばれとるんやない!?」
「東雲さん、こんにちは。ってなんや、奥村もおったんか」
「あ、奥村くんもおったんやね、……ってあれ?そちらは」

廉造が私の手をぎゅっと握ってくるが軽くスルー。すると子猫丸がインキュバスの存在に気付いたらしい。

「あれっよう見たら学園屈指のイケメンと称される本間尹佑くんやないか!?」
「あっほんまや見たことあります!奥村先生と並ぶトップ2やもんね」
「けっ…なんや学園屈指のイケメンて」


どうやら本当にインキュバスは有名なイケメンになっているらしい。ホントコイツらしい。そうそう、勝呂竜士、私も同意見よ。

「あ、コイツ俺のクラスなんだよ!」
「初めまして、本間です」
「あ、こちらこそー。僕は三輪子猫丸言いますー」
「勝呂竜士や…」
「うおおおおお今までに数知れず俺の狙った子がみんな本間くんが好き言うて…!!」
「…すまん、アイツは気にすんなや。志摩や」


廉造は何やら叫びながら泣いていた。すると竜士がずっと気になっていたであろうことを口にする。

「…っていうかなんでここにおるん?」

そりゃそうだ。だってここは祓魔師になることを目指す者達が学ぶ場所、祓魔塾。明らかに部外者だし、そもそも何故ここにいるのか。学園一のイケメンが。すると本間はとんでもないことを笑顔で言った。

「ああ、俺、色子の兄なんで☆今日は見送りに来ただけです」
「「「「「は?」」」」」

四人の声が揃った。兄?誰が?誰の?いや確かに共体で、双子も同然。だけど兄って何?どうしてアンタが私より上なわけ?

「ふざけっ!!何勝手に!!」
「落ち着け色子!!」
「でも名字違いますよね?」
「ハイ。家庭の事情で両親が離婚しまして俺と色子は別の名字なんですよ」

何勝手に同情するようなストーリー作ってんの!!!子猫丸と廉造がすでに哀れんだ瞳してる!

「メフィスト様からお話は聞いているんで…祓魔師のことも知っています。どうか妹のことをよろしくお願いシマス」

ぺこりと頭を下げるインキュバス。うう…でも今「違う!!!」とか怒鳴りつけたら関係がややこしくなるな…確かに人間には「兄妹」と言った方が理解しやすいかもしれない。屈辱的だけど…

「じゃ、頑張れよ」
「……」
「お返事は?」
「……ハイお兄ちゃん行ってきます」
「よろしい」

同じ共体、考えることはほとんど一緒か…!黙っていた私に返事を催促するインキュバス。そしてアイツは私に言ってほしいであろう返事で返した。「お兄ちゃん」だと…!?自分の口が恨めしい。笑顔でアイツは去っていった。

「なんや…東雲さんのお兄さんってえらい変わった人やなあ」
「はは……」

竜士の言葉に苦笑いするしかない。変わってるっていうか人間らしくないっていうか。同じ共体でもアイツはいけ好かない。

「いやあでもお兄さんもやっぱり美形なんやね〜」
「東雲さんち美形家族なんですか?」
「さ、さあ…」

子猫丸の問いには私も燐ももっと苦笑い。家族どころか私とインキュバスふたりきりなのだから。

「そういえば奥村くん、色子ちゃんとえらい仲ええどすやろ?今日も一緒に塾来たん?」
「え、あ、ああ〜!じ、実は色子と仲良くなったのって俺と本間が同じクラスでそれつながりなんだよな!!」

私との関係はまわりには秘密。それを感じて燐は必死に私との関係を廉造に説明した。確かに私達塾ではしえみと一緒に三人隣同士だしな。ハーレムと思われてるのかも。

「奥村くん、もしかして色子ちゃんのこと」
「だああああああ!!!授業始まっちまう!!!行こうぜ!!」

なぜか顔を真っ赤にして燐は私の手を引っ張って教室へ傾れ込んだ。思わず笑みがこぼれる。ほんとに可愛い…私の大事な燐。




いつまでも守るよ。



ある色魔の午後




■あとがき
色子の燐への愛は今のところ親心に近いです。


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