贖罪





(いずれは来ると思っていた。メフィストは確かに名誉騎士であって高い地位にいるけれど……上層部からは信用されていないと聞いた。そんな彼が上に無断で私を…悪魔を学園に引き入れたなんてことがばれたらきっと上に呼ばれるだろうと)

色子は現在、正十字騎士團日本支部において懲戒尋問のような場にいた。まわりは祓魔師達だらけ。実際、自分がどうなるのか色子は予測できなかった。

「そこにいる女は…下級悪魔、“色魔(サキュバス)”で間違いないな?」
「ハイ、間違いありませんよ」

アーサーの問いかけにいつもの口調で答えるメフィスト。彼は意外とこういう場に慣れているらしい。

「……単刀直入に聞こう、メフィスト。何故その女がここに居る?」
「私が呼びつけましたからね☆」
「…目的は」
「……モチロン、私の身の回りの世話ですよ?」

あたりがざわついた。あのメフィストがそんなことのためにわざわざ彼女を連れてくるはずが無い。色子はメフィストを見た。

(燐のことは騎士團にはまだ秘密でいる…言えるはずが無いのか…)
「……ほぅ?お前はその女を下働きさせているというのか」
「そんな人聞きの悪い。メイドですよ、言うなれば」
「メッ…!?」

思わず色子が何かを言おうとするがメフィストの視線に怯んで口を噤む。誰がいつメイドになった。

「ああ何ならここで毎朝の日課から夜のイケナイコトまで詳しく言いましょうか?この神聖なる尋問の場で」
「…………いい、汚れる」

アーサーはあっさりとメフィストの言葉を却下し、書類をめくる。

「………とある情報によれば………その女は




亡き藤本獅郎前聖騎士(パラディン)と関わっていたそうじゃないか」
「!!!」

色子は目を見開く。それは自分とメフィスト、そして奥村兄弟以外知らないはずの事実だったからだ。色子はふと雪男を見たが、彼も驚いていた。だがその隣に座る霧隠シュラは俯き、何かを考えていた。

「おや☆なんとも興味深いお話ですな、しかしそんなことはありえませんでしょう」
「ごまかそうとしても無駄だぞメフィスト。藤本獅郎は祓魔師でありながらこの女に誑かされた。悪魔の中でも最も卑しいこの女に……男を甘い誘惑で唆し、堕落させる性欲の悪魔だ。…嘆かわしい話だ、やはり彼は歴代で最も恥ずべき聖騎士だったわけだな」
「…っ」

冷たいアーサーの言葉に色子は拳を握りしめた。自分と関わったせいで獅郎は………







その瞬間




「!シュラさん!!」
「!!」
「……ってめえが………!!!」

いきなりシュラが席を飛び越え、色子に走り寄るとその胸ぐらを掴んだ。突然のことにあたりは騒然とし、雪男は止めようと走り寄る。

「来るんじゃねぇビビリメガネ!!」
「シュラさん!!落ち着いてください!!!」
「てめえが………てめえが獅郎を誑かした…!!てめえが獅郎をあんな風にしたヤツだったのか!!!」
「え…」

祓魔塾でネイガウス失脚後に色子はやって来た。そのため、既に魔法円・印章術の担当講師はシュラに代わっていた。だから何度も塾でシュラと会っている。シュラも今の今まで色子は単なる生徒だと思っていた。だが薄々彼女が悪魔であることは気付いていたようだが…自らの師、藤本獅郎とそういった関係だったことをたった今知ったのだ。

「アタシの知る獅郎はいつだって強くて冷徹な男だった…!!なのに!!!アイツは時々、腑抜けたようになっちまって…!!アタシが最後に会った時には完全に変わっちまってた!!その原因の大きな一つは……てめえだサキュバス!!!」
「……」

色子はただ怒鳴りちらすシュラを見つめることしかできなかった。獅郎はかつて祓魔師としても偉大な男だった。しかし色子と出会ってから、悪魔を愛する気持ちを知ってしまった。それが燐を守ることになった一つの原因かもしれない。

(…獅郎は…私と出会わなければ立派な聖騎士になっていたのかな…)

ふっとそんなことを考えた。するとシュラが色子の胸ぐらをさらに強く引いた。

「てめえにとっちゃ獅郎はただのエサだったかもしれねえ!!!だけどアイツは!!!」
「…?」
「……アイツはお前を待ってた!!!」
「……え」

――………
――おいクソハゲ!ちゃんと今の振り見てたのかよっ!!
――…あ?ああ、悪ィ、ぼーっとしてた。っていうか誰がクソハゲだ!!俺はハゲてねェ!!
――聞いてんじゃねーか!!ぼーっとしてんじゃねぇよ
――…あー…悪ィ…ちょっとお前のボイン見てたら昔のこと思い出した………いやー、イイ女でさ……これまたボインでさぁ…ま、“俺の理想”なんだから…当たり前か…
――はぁぁぁ!?てめえええええ、人の胸見て昔の女でも思い出したってのかよエロ神父!!!
――わー!!てめっシュラ!!魔剣振り回すなー!!!





「…何度も獅郎は物思いにふけったり、毎日誰かを待っていたようなそぶりを見せた……それも全部、てめえを待ってたんだってことか…!!


てめえがエサとして利用してた獅郎はてめえに誑かされて悪魔(てめえ)を愛し、腑抜けちまったんだ!!!!」
「!!!」

場は静まり返った。色子は目を見開いて驚く。獅郎が…自分を愛していた?自分と関わって、悪魔を愛してしまった………

「………私」
「!?」
「……私にとって獅郎は………エサ、だけじゃなかった…」

その色子の言葉に再び周りの祓魔師達がざわつく。

「…最初は、そうだった………久々に見つけた美味しそうな男………だけど彼は…私よりも強くて、私なんかいつでも祓えるのに…いつまでもそうしようとはせず……まるで……まるで人間の女のように扱ってくれた……」

そう、いつだって獅郎は優しかった。自分が人間の女のような、そんな気持ちでいつも獅郎と接するうちにエサなんて感覚無くなっていって。

「……獅郎が腑抜けた、とか…そういうのよくわからないけれど…もし、獅郎が昔よりも“弱く”なったのだとしたら……それはきっと…私の、せい………」

色子は悲しげに呟いた。その表情はまるで…

(…人間……)

雪男はそう感じた。悪魔がするような表情ではない。獅郎をまっすぐに想う、そんな瞳。雪男は目が離せなかった。

「……その罰を問うなら、甘んじて受ける……っだから



だから獅郎を悪く言わないで……!!!」
「…!!」

悪魔が人間を庇う。それも今は亡き人間を。悪魔が持つはずの無い慈悲の心だった。悲痛な叫びが場に木霊し、全ての祓魔師達が驚きを隠せない。それはシュラも同じだった。



――で、どんな女だったんだよ?ソイツ。
――まさに絶世の美女だった!あ、美女っていうには見た目は若かったけどな。
――ちげーよ、性格とかあんだろ?
――性格なぁ。人間らしかったな。
――は?
――いやいや、喜怒哀楽がはっきりしてるっていうか、素直っていうか。結構大胆なくせに肝心なとこ恥ずかしがりやでなぁ、俺がデートしてやると顔真っ赤にしちゃってよぉ〜
――はー、そんなにイイ女だったらなんで別れたんだ?つーかフラれたのか。
――……さぁなぁ……遠くに行っちまってよ、今じゃどこで何をしてるのかさえわからない。ただ、約束したからな。また来るって……美味いカレー食わせてやるって約束しちまったんだ。






「………っ、バカが…!」

シュラはぱっと手を離した。諦めにも似た感情を抱いて。

「……彼女は今後も祓魔塾塾生として過ごさせますから☆」
「悪魔に祓魔術を教えると言うのか?」
「確かに彼女は悪魔です。しかし下級、しかも戦闘能力はほとんど無い!危険な存在ではありませんよ。悪さもしません。私の監視下ですからね。彼女を塾に入れるのはあくまでも外部からのカモフラージュです。あ、高校は彼女が拒否したので入れませんでしたが。……それに人間に近い彼女が祓魔術を覚えることでなんらかの役に立つと思いませんか?」

にやりと笑うメフィスト。アーサーはしばらく黙っていたが異例の決断を下した。

「…よろしい!メフィスト、その女から目を離すな。何か問題を起こしたその時は…わかっているな」
「…ハイ☆」
「これにて議会は終了とする。これ以降もこれまでと変わりなく、彼女は東雲色子として暮らす」

それだけ言うとアーサーはさっさとその場を後にしてしまった。祓魔師達もそれぞれ退室していく中、シュラは色子を見た。

「…メフィスト、お前言わなかったな」
「ハイ?何を」
「ソイツを燐の性欲処理と監視のために連れて来たってことだよ」
「バレてましたか」

シュラは気付いていた。いつも色子が燐と一緒にいるのを何度も見ていたし、何よりあのメフィストが自分の世話のためだけに色子を連れて来たとは信用できなかった。

「炎を抑えることは燐にとっちゃストレスだ。それを少しでも緩和させるために…ちょうどいい人材ってわけかよ」
「その通り。なんせ彼女はいくら行為を成しても妊娠しませんしね。繁殖能力は片割れのインキュバスの方に受け継がれてますから」
「…まさかそっちも連れて来たなんて言わねーよな?」
「ああ、いますよ」
「えっ!?」

さらりと言ったメフィストの発言に色子が反応する。

「あれ?言ってませんでしたか?」
「インキュバスが来てるの!?」
「はい、彼の方は高校に通いたがったので奥村君と同じクラスに編入させました」
「まじで…っ?はあー……ウソでしょ」

なぜかすごく落胆する色子。その姿はまさに人間の女子生徒そのもので、シュラと雪男は目を丸くする。そしてシュラは途端に笑い出した。

「くくっ…にゃはははは!!!」
「!?」
「シュラさん…」
「もう考えるのだるくなったにゃ〜…お前が獅郎を誑かしたにしろ、アイツは幸せそうだったよ。…ま、お前は優秀な生徒だからなー、なんか悪さしたらアタシがたたっ斬ってやっから」
「は、はあ…」
「燐はウブだろ」
「そりゃあもう…」
「くくっ、今度詳しく話聞かせろよ」
「…あ、霧隠先生…」

去ろうとするシュラを呼び止める色子。

「…とりあえず来週までの宿題、“燐からヤってもらうこと”ハイ、がんばろーにゃ」
「え!?」
「どーせお前から誘い込んでんだろー?目標は燐が自分からお前を求めてくること。じゃ、来週楽しみにしてっからー」
「ちょ、先生!?」
「あと悪魔から先生呼ばわりされたくないから名前で呼ぶことー」

ひらひらと手を振りながらシュラは去っていった。残された三人は唖然とする。

「……あの人、ほんとに祓魔師なの?」
「…まあ、神父(とう)さんの弟子なんで…」
「いやあ、それにしても首が繋がりましたね☆サキュバス」
「殺されるかと思ったわ…」

へたり、と力なく座り込む色子。そういえば制服のままだった。

「……っていうか。なんでインキュバスがいるわけ?なんで黙ってたのよ」
「ごめんなさい、すっかり忘れてましたよ☆」
(ウソくさい)
「あの、インキュバスってあの淫魔ですよね?」
「ハイ。サキュバスと同じ性欲魔(ラストバス)から生まれた片割れです。ちょうど奥村君と奥村先生のような、双子に近い存在です」
「僕も名前は知っているんですが…まさか学園にいたとは」

正十字学園はメフィストの結界によって中級以上の悪魔は入ることができない。しかし、色子も尹佑も下級悪魔だからそれが通用しないというわけだ。

「どうやら所謂イケメンに変身しているようなので女子生徒からモテモテらしいですよ、彼」
「うっざ!!ホントアイツのそういうとこ嫌い!!」

どうやら色子は共体である尹佑が気に食わないらしい。雪男は新たな色子の一面を見た。




















夜、燐は塾を終えて(雪男はなんだかそわそわしていた)雪男と共に寮へ戻る道を歩いていた。

「……なぁ、今日…色子どうだったんだよ」
「なんだ、知ってたの兄さん」
「本間から聞いたんだよ」
「あー……ほんとに本間君、インキュバスなんだね…」
「俺も今日知った。…で、色子……どうなるんだ?」

なぜか燐は心配げだったことに雪男は気付いた。

「…大丈夫だよ。フェレス卿がうまくやってくれた。色子さんはこれからも塾に来るし、兄さんとの関係を続けるって」
「そ、そっか………よかった」
「よかった?」
「!!!ちちちち違ぇよ!?変な意味じゃねーからな!?誤解すんなよ!?」
「そんなに慌てなくていいよ兄さん………ってあれ…」

ふっと雪男が寮の入り口を見ると二人の人影。その片方がこちらに気付くと嬉しそうに手を振った。

「りーん!!雪男ー!!」
「…色子…」

それは数時間ぶりに見る色子。何故か燐はその姿を見てほっと安心感を覚えた。

(……無事でよかった)

色子の隣にはメフィストと、彼専用のピンクのリムジン。

「おかえりなさい二人とも☆色子さんがぜひ今夜は奥村君と過ごしたいと言うので」
「燐、会いたかった」
「って……そんな堂々と!!ってか雪男いるし!!」
「……兄さん、今晩は僕は別の部屋で寝るよ」
「雪男!?」
「…全部燐のためなのよ?」
「え?」

ただ色子はにこりと微笑むだけだった。




贖罪




■あとがき
時間軸としてこの長編はシュラが講師になった頃〜キャンプ編の間くらい。


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