二人の性欲魔
「俺の本当の名は、『淫魔(インキュバス)』。淫美なるものを愛でる悪魔――………。『色魔(サキュバス)』とは…共体(きょうだい)です。奥村燐さん。つまり東雲色子、彼女とは同じ種類の悪魔です」
「…色子の…?」
今まで単なる同級生としか思っていなかった少年。彼は色子と同じ悪魔だと言う。
「…どういうことだ」
「そのままです。俺と色子は元は一つの魂を持つ悪魔だったんです」
「一つの魂?…いいからわかるように言え!」
相手が悪魔ならサタンの手の者かもしれない。燐は警戒していた。
「…わかりました。では初めからお話ししましょう。……数千年前、人間の欲望が悪魔化したのが“我々”の元となった性欲魔(ラストバス)です。色欲の悪魔アスモデウスの眷属で、人間が性交をする時の感情から生まれた中級以上の悪魔でした。その悪魔は日々人間達の交わりを目にしてきましたが、やがて自分もそれを味わってみたいと思うようになりました。そして、自らを二つに分裂させたのです。二つに分かれた悪魔はもちろん力も半分となり、それぞれ下級悪魔になってしまいましたが…それぞれに自我を持ち、独立した悪魔となった。片方は男の形になり、もう片方は女の形になった。それが……俺、淫魔インキュバスと、あのサキュバスです」
「……じゃあお前と色子は双子ってことか…?」
自分や雪男と同じ……双子という存在。
「俺達は元々同じ悪魔でしたから、双子であり、同一人物でもあります。まあ今はそれぞれ自我があるのでそうは思ってませんが。言うなれば“共同体”です」
「共同体…」
「俺達は“共体(きょうだい)”と呼んでますが。まあそんなわけで分裂した俺達が自我を持ち、初めて行ったのは互いの体を求め合うことでした」
「ってはああああぁぁぁあ!?おまっ兄妹で!!?」
「ですから我々は兄妹でありそうでないと言ったでしょう。どちらにしろ同じ魂を持ってますが。別に大したことではありません」
さらりとすごいことを言った尹佑に燐は驚くも、当人はあっさりとしている。やはり悪魔の常識は人間とは違う。
「そして異性の味を初めて知った俺達は独立し、それぞれ自由に人間や悪魔を『主食』として毎晩楽しんでいたんです。…ですが所詮俺達は下級悪魔。いつ上級悪魔に殺されたり、弄ばれたりしてもおかしくない状況でした。……俺はそんなことなかったんですけど、サキュバスは結構苦労したみたいですね」
「苦労…だと?」
「…虚無界では女の悪魔は男よりも少ないんです。故にいいように弄ばれることが多かったようで。彼女は人間に近い感情を持っています。自分がそういう風にされることが辛いと思っていたんでしょう。ですが共体である俺には一言もそんなことを言いませんでした。実際、悪魔の間でサキュバスを道具だと思っていた連中も多かったみたいです」
「…知らなかった」
燐は初めて聞いた。あの色子が男にそんな風に扱われていたなんて。いつだって明るくて男より上の立場にいたはずの色子が…。
「…そんな時。サキュバスの美しさと男を惑わす能力の噂を聞いて…ある方が現れた。……あなたのお父上、魔神サタン様だ」
「!」
「サタン様はサキュバスを大層気に入ってご自分の愛人にすることを決めた。一人の男に固執できないサキュバスの性質も受け入れ、自分のもとに帰ってくるのなら他の男との食事をお許しになられた。…それ以来、色子にひどい扱いをする悪魔はいなくなった。…虚無界の神であるサタン様の愛人となった瞬間から俺達は守られていたんですよ」
「…あ」
そこで燐は色子の記憶を思い出した。サタンの愛人になってから彼女は自由に活動していたこと。
「…サタン様の愛人となれば、下手なことをすれば自分が殺されてしまいますからね。…おわかりですか?サキュバスはあなたのお父上によって藤本獅郎を失った。けれど、彼女や俺にとってサタン様は自分たちを救ってくれた神なんです。…そんなサキュバスの心を、あなたが救えますか」
「…………っ」
今まで、燐はサタンが色子を束縛しているのだと思っていた。だが、実際には色子を救っていた…。そんな恩人が初めて愛した人間の男性を奪った。色子の心は燐が思っているより深い闇に閉ざされていたのである。
(俺は…いずれサタンを倒して色子を救えるんじゃないかって思ってた…)
突然現れた色魔。だが彼女は父を愛し愛された人で、自分たちを見守ってくれていた。そんな彼女を救うには、サタンを倒すしか無いとそう思っていた。
「……」
「……それで……お前はなんでここにいるんだよ」
「…サキュバスはメフィスト・フェレス様に言われて貴方のもとへやって来た。ですがメフィスト様は薄々こうなることをわかっていたのでしょう」
「は?」
「いえ、こちらの話。とにかく、メフィスト様はサキュバスが貴方を藤本神父の子だからといって甘やかすのではないかと、俺を送りました。俺は彼女と違って情にほだされたりなどしませんので。彼女より真面目に監視できると」
(アイツ、やりそうだな…)
そういえば、色子は人間らしい表情を多々見せてきた。笑ったり怒ったり、泣いたり…。
(…確かに人間っぽい、な…)
悪魔であるはずなのに人間らしい。そんなところに獅郎は惹かれたのだろう。燐は感じた。
「……なあ、本間。さっきメフィストが色子と今後の話し合いがあるって言って連れて行ったんだけどよ……何の話するんだ?」
燐がそう言うと尹佑は少し悩んだような表情を見せる。
「…うーん、メフィスト様に口止めされてるんですよね。これ」
「は?ただ話し合うだけなのに?」
「………俺が言ったことナイショですよ。俺ら下級ですからメフィスト様にやられたら死んじゃうんで。…話し合い、ってのはウソです。メフィスト様とサキュバスは今、正十時騎士團日本支部にいます」
「!?」
メフィストが開けた扉の先には数十人の祓魔師達。その中には現聖騎士アーサー・O・エンジェルが一際目立って見えたがその他に霧隠シュラ、椿薫、そして奥村雪男ら祓魔塾の教師達もいた。
「これはこれは皆さんお揃いで」
「……“ソレ”が噂の男を惑わす卑しい悪魔…色魔(サキュバス)か」
エンジェルが色子を見据えた。その瞳はまるで汚れたものを見るかのように見下したもの。
(……色子さん)
ただひとり、雪男だけが心配そうに色子を見つめている。
「…本日この場は三賢者より、このアーサー・O・エンジェルが取り仕切ることを許されている。……メフィスト・フェレス、いいな?」
「…はい、問題ありません」
「ではこれより
サキュバスの奥村燐監視について審議を行う」
「………」
二人の性欲魔(ラストバス)
■あとがき
めんどくさい展開に(笑)。
性欲魔(ラストバス)はオリジナルの悪魔です。青エク本編に登場するかはわかりませんが、色欲の悪魔アスモデウスの眷属としてます。元々はそれなりに力を持った悪魔でしたが色子と尹佑に分裂したことで力も削がれました。つまり二人が一緒だとかなり強かったり(笑)。
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