守るため





藤本獅郎が死んだ。あまりにも突然告げられたその言葉にサキュバスは何も言えなかった。

「……父上に、憑依され…その肉体が朽ちる前に彼は自ら命を絶ちました」
「……うそ」
「…貴女がここにいるということは、父上に物質界へ行くことを許されたから。何故でしょう?……答えは、わかっているはずですよサキュバス」
「…そ、んな…」

自らが拠り所としていたサタンによって獅郎は死を選んだ。考えてみれば、サタンの憑依に耐え得る人間等いるはずがない。いるとすればそれは最強の祓魔師…

「獅郎が…最強の祓魔師として…サタンに狙われていた…?」
「…はい。彼は…父上が求めていたある人物を守るために死にました」
「ある人物…?」
「十五年前から彼が育てていた養子です。兄弟で弟の奥村雪男は最年少祓魔師です。そして兄…奥村燐こそ、藤本神父が命をかけて守ろうとした息子。…詳細は後ほど教えて差し上げます」
「………」

サキュバスは今まで感じたことの無い感情にとらわれた。獅郎がこの世からいなくなる。そんなこと考えたことも無かった。

(……どうして…)

何故悪魔である自分より先に死んでしまったのだろう。そのことばかりが頭を巡る。するとメフィストが紙切れとあるものを差し出して来た。

「……?これは」
「……藤本神父のお墓の場所を記した地図と……これは、藤本君が貴女にと」
「…私に…?」

地図と共に渡されたのは、美しい十字架の首飾り。あまりの清々しいまでの聖気を感じる。

「…きれい」

悪魔であるサキュバスにとって十字架は忌み嫌うものであるはずなのに、どこか優しい温もりを感じた。

「…どうしてこれを獅郎が…?」
「……貴女が虚無界に帰ってからのこの二十年…藤本君はことあるごとに私の元へ訪れたり、連絡をよこしては必ずこう聞くんです。




『サキュバスは無事なのか』『サキュバスは元気でやっているのか』『サキュバスは笑っているのか』と…」
「……え…」

獅郎がそんなことをしていたなんて。サキュバスは驚きで目を見開いた。

「毎回毎回聞くんです。ですが私は虚無界を捨てた身、貴女が何をしているかは知らなかったものですから……『わからない』と答えていました。そうすると彼は決まって『そうか…』と呟くんです。……あまりにも、悲しい顔で…」
「………!……獅郎…っ」
「そして…最後に訪れた一週間前。これを置いていきました」


――もし、俺に何かあったその時はお前虚無界に行ってこれを渡してくれ。
――おや、これは貴方らしくないことを。悪魔であるサキュバスにこんな十字架(モノ)を?
――頼んだぜ。…あと、言伝を。






いつでも、お前を想うと。




「………!!」
「…会いに行ってあげてください」





















サキュバスが獅郎の墓を訪れたのはやはり夕方だった。今まで彼と会う時は夕方が多かった。だけどその日差しは今までに見たもので一番儚げに思えた。

「……獅郎、会いに来たよ」

獅郎の墓前でサキュバスは呟くように語りかけた。

「…全く、馬鹿な男ね……他人を守るために…自殺するなんて…………ホント…人間って………馬鹿…」



――俺は、祓魔師だ。エサとなるヤツを見誤ったな?
――!!祓魔師…!?



――…お前はただ、腹減ってただけだもんな


――悪魔だからって全部を祓うもんじゃない


――お、サキュバス!また来たか!





――……たった一言でいい、お前が望むなら…!俺は祓魔師の禁忌を犯してもかまわない…!




あの時、獅郎は何を言いたかったのか………そして気付けば流れ落ちる雫。サキュバスが今まで流したことの無いもの……ただ心には悲しさしかない。サキュバスは膝をつき、生まれて初めて悲しみに泣き叫んだ。

「獅郎……っ!!!獅郎…獅郎――――っ……!!!」

ようやく気付いた。自分の本当の気持ち。獅郎が与えてくれた感情。だがもう二度と会えない。二度と。こんなに悲しくて辛い…



「好き…大好き………っ、大好きだよぉっ、獅郎!!!」

サキュバスの叫びは静かな夕暮れの中に響き渡った。これが人を愛するということ。だがそれを気付いた今…獅郎の温もりは二度と戻らない。サキュバスの涙は留まることを知らず、流れていく。

「……っ………


愛してる……!!!」





彼女の胸元には獅郎の贈った十字架が夕暮れを受けて優しく輝いていた。


















「……っはぁ!!!」

そこでようやく燐の意識が我に返る。今見たのは夢?だが、あまりにもリアル過ぎた。まだ心臓がばくばくと鳴っている。ふと隣を見れば色子がまだ寝息をたてている。そして気付けば、色子の枕元にある着替えの上には十字架の首飾りが置いてあった。

「あれは……」

さっき見た映像の中で獅郎がメフィストを通して色子に贈ったもの。二人の絆を示すもの。

(じゃあやっぱ…あれは色子の記憶なのかよ…?)

悪魔や祓魔師が存在する世界。何が起きてもおかしくはない。

(…色子はジジイを…好きだったんだ……)

そして思い出す。




――あれっ、とうさんだ。
――なにみてんだろ?


幼い頃から自分達が成長するまで何度か見た光景。獅郎は窓の外を見つめて悲しげな表情をしていたり、庭にあった桜の木の下でそっと愛しげに桜の花びらを撫でていたこと。

――とうさん!また量多いよ。
――とうさんが料理作るといつもあまるじゃんか!
――ふははは!!それは大食いなお前達のために多めに作ってんだバーカ!!それにもしかしたら急なお客さんが来たりするかもしんねーだろ!?
――来ないよ!!!わざわざ夜ごはん食べにくるひとなんて!!






(…っ、そうか…あれは全部…!!!色子を待ってたのか…!!)

窓の外を眺めていたのは色子を想っていたから。桜の花びらを撫でていたのは色子のピンク色の髪と重ねていたから。そして料理を多めにいつも作るのも…いつ色子が帰って来てもいいよう、食事を残しておけるように。獅郎はこの二十年間ずっと色子を待っていた。メフィストに行方をたずね、いつも安否を気にかけていた。

(ジジイ…ジジイも色子を…好きだったのか…)

美しい悪魔を愛した祓魔師は、その禁忌を破って一緒になろうとしていた。だがそれは敵わなかった。だからずっと待っていた。色子がまた笑顔で帰ってくること……



すると、色子が身じろぎをしてぱちりと目を覚ました。

「うー……爆睡しちゃった」
「色子…」
「あ、燐、運んでくれたのね、ありがと」
「………」
「燐?」

燐は何かを言いたげに顔を背けていた。色子はきょとんとして燐を見る。そして何かを悟ったように悲しげに笑った。

「…見たの?私の記憶」
「へ!?え、えっと、まあ不可抗力っていうか」
「燐には私の記憶を見れるんだね」
「え」

面白そうに色子は微笑んだ。

「私は下級悪魔だから……たまに意識を制御できなくなる。眠っている時なんかは特にね。で、『見る』素質のある相手にはちょっと心を見られちゃうんだ」
「……じゃあやっぱり…ジジイと…」
「………獅郎は最高の男だった。私にとって…彼は特別だった。……メフィストから、獅郎が命をかけて守った息子というのが…サタンが人間の女に生ませた子だと知って…私は思った。獅郎が守った息子は…私にとっても愛しい存在であると」

色子はそっと起き上がり、燐の頬を優しく撫でた。

「…言ったでしょう、私はあなたに会う前からあなたを愛してた。獅郎が守った子…獅郎が愛した子は私の愛すべき子だと。だからあなたを愛しているの…燐」
「……色子……」

頬を撫でる手は先程までのいやらしいものではなく、とても優しく、愛おしげだった。

(そうか…だから色子はあんなに…)

愛した人、獅郎の息子である自分を見守ってくれていた。危険な目にあわないように。雪男に対する態度も同じものだった。

(…俺は色子に守られていたんだな……)

自分の頬を撫でるその細い手を握る燐。色子は微笑んでいた。

「燐も雪男も私が守るから…」
「……俺はいずれ、色子に守ってもらわなくても大丈夫なくらい強くなるから…、だからそれまで…」
「…ん、わかった」

にぱ、と色子が笑い、その笑顔に燐が顔を真っ赤に染めた時。








ガチャ



「ただい………何してんの、兄さん……それに色子さん?」
「げっ、雪男…!?」
「あ、雪男」
「…………全く」

扉を開けて帰って来たのは雪男だった。現在深夜一時。雪男は朝まで帰らないはずだったのだが…

「おまっ朝まで帰ってこねぇんじゃなかったの!?」
「…ほんとはね。フェレス卿から全部聞いて来たよ。色子さんが…悪魔だってこと」
「え(あのド派手ピンク!!)」

色子はウインクをするピンクピエロを連想して内心毒づく。絶対わざと雪男を早く帰したに違いない。

「……神父(とう)さんとのことも聞いた。兄さんは?」
「あ、ああ…知ってる」
「…僕らの監視および保護が目的、なんですよね色子さん」
「……単刀直入に聞いてもいいのよ?雪男」
「…兄さんの悪魔としての力を出さない代わりのストレス発散として…兄さんの『相手』になる」
「そっ☆それがメフィストが私を物質界に呼んだ目的だったりする」
「あの野郎…」
「兄さん、ひっかかっておいてフェレス卿を恨むことはできないよ」

ハッとする燐。色子は服を整えながら悲しげに笑う。

「…でも私個人は、燐と雪男を見守りに来たつもりだよ」
「!」
「燐と雪男のためなら私……なんでもするよ」
「「…!」」

その「なんでもするよ」が、あまりにも色っぽくて奥村兄弟硬直。色子は微笑みながら尻尾を揺らしていた。




守るため




■あとがき
回想終わりました。あれ、長いな(笑)。獅郎との純愛物語は本当に大事なお話にしていきたかったんですがいかがでしょう。
これからちょいちょい学園話に戻していきたいと思っています。メフィストともいちゃつかなければ…!


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