望みよ…





獅郎と出会い、度々彼のもとを訪れるようになってからどれくらい経つだろう。

「お、サキュバス!また来たか!」
「こんばんは。いけなかったかな?」
「んなことねぇよ、ホラホラ座れ!」
「おお、サキュバス」
「今日は鍋だぞー」

本来、悪魔が修道院に入り浸るなんてありえないことなんだけど。最初は警戒していた修道士のみんなも当たり前のように迎えてくれる。今まで誰かと食卓を囲むなんてなかったから。大勢で語り合いながら食べる人間の食事はとても美味しい。

「サキュバス、お前もっと食えよ?精もつくんだぞ」
「そーなの?じゃあいっぱい食べなきゃ」
「でもあんまお前が精つくと俺がもたねーや、死んじまう」

笑顔で猥談を始めようとする獅郎へ向けられる修道士達の微妙な視線。

「藤本神父、あなた一応聖職者でしょ…」
「だはははは!!聖職者でも男だからな!」

物質界でこんなに充実した日々があったろうか。数百年生きてきたけれど、こんなに楽しいとは思ったことなかった。獅郎という男は本当に不思議で、祓魔師でありながら私を祓わず受け入れ、さらにはこうして食事を囲ませたりする。…不思議な男。彼は現在、三十歳で「まだまだ若いだろー?」とか言っていたけど悪魔の私から見れば獅郎はまだ子供みたいな年齢。だけど態度や行動を見るとどうも老化現象が始まっているように見える。人間ってほんと寿命短いのね。………いずれ獅郎は私より先に逝ってしまうのだろうか。……だとしたら…今の生活は二度と…

「サキュバスっ!!オイ、どうした?」
「え、あ何?」
「お前ホウレンソウが口にへばりついてるぞ」

獅郎に言われて口に手をやれば鍋の中身のホウレンソウがついていた。いけない…ぼーっとしすぎて変な顔見せちゃった。獅郎は爆笑している。ああ…恥ずかしい………!!…そこでふと思った。

(…恥ずかしい?どうしてそんなこと)

今まで男に痴態を見られるなんて慣れているのに。なのにどうして今私は夜の行為でもない、些細なことで恥ずかしいなんて思ったのだろう。私が?まるで人間の女のようなそんなこと……

「サキュバス、どうせ今晩は俺を食べるんだから泊まってけ。明日手伝ってもらいたいことがある」
「手伝い?なにを?」
「大したことはねぇ、礼拝堂の掃除だ。あと明日は客人が来るから、茶菓子買って来てくれねぇか?」
「いいわ、任せといて」

珍しい。獅郎が私に頼み事なんて。掃除は使い魔の小鬼〈ミニデビ〉達にも手伝ってもらえばいいよね。買い物とか何百年ぶりだろう。でも人間に化けて町を歩いてみたこともあって買い方はわかる。……なんか、ほんとに人間の女みたいだな。獅郎は私のことを悪魔扱いしないよね、そんなことを思った。

















「おなかいっぱい…」
「……なんか俺、歳かな…結構疲れる…」

次の日の朝。私は昨晩の獅郎との食事で非常に満腹感を得ていた。逆に獅郎はかなり疲労を溜めたらしい。

「ごめんね…無理させた?」
「いや…俺もまだまだ若い、イケる」
「今自分で歳って言ったくせに」

無理して若ぶろうとする獅郎が可愛くて思わず笑った。すると頬をつねられる。

「いだだだだ」
「笑ってんじゃねーよ、ほらさっさと着替えろー先に掃除だな、その後買ってこいよ」
「人使い荒い」
「うるせー、俺も掃除は手伝うからよ」














礼拝堂で私は両手をそっと開く。すると出てくる使い魔の小鬼〈ミニデビ〉、キッスとハグ。外見は魍魎〈コールタール〉によく似ていて最下級悪魔。尻尾がハート型なのが特徴だ。二匹は私の忠実なる僕。

「キッス、ハグ、高いところの埃取ってちょうだい」
「チュゥ」
「ギュゥー」

…我ながらなんともその名の通りの鳴き声だな、相変わらず。二匹は私の命令を受けると礼拝堂の人の手の届かないところを掃除し始める。

「さすがだなー、サキュバス!よっし俺達は帚とチリ取り持ってこよーぜ」
「うん」

……こうしてふたりで、些細な日常を過ごすのもいいな。ふっとそんなことを思った。……でもいずれこの生活は……

















掃除も買い物も終えた昼過ぎ、ピンポーン、と修道院の玄関のチャイムが鳴る。

「おう来たか。サキュバス、ちょっと出てくれ。あ、すげー格好してる変なヤツだが触れずにいてくれよ」
「?何それ」

獅郎の言う意味がよくわからなかったが、とりあえず玄関へ向かい、扉を開ける。そして互いの顔を見るなり時間が止まった。…なんで、コイツが。

「……メフィスト?」
「………おや、まさか貴女にこんなところで会うとは本当に意外でした。何やってるんですか、サキュバス」

それは二百年ぶりに会う知人、メフィスト・フェレスだったから。向こうも本当に驚いた表情でこちらを見つめるばかり。そりゃそうよね。すると後ろから獅郎がやって来た。

「おう、メフィスト。…ってどうした?二人して」
「藤本君、どうして彼女がここに?」
「なんだ知り合いか?お前ら。あ、まあお前ら悪魔だしな、ハハハ」
「……獅郎、説明してくれる?」














とりあえず部屋に入り、三人で紅茶と茶菓子をつまむことになった。っていうか…獅郎がまさかメフィストと知り合いだったなんて…!

「メフィストは昔からのダチでな。まあ腐れ縁か」
「正十字学園理事長、正十時騎士団名誉騎士ですからネ☆」
「え、アンタ祓魔師なのっ!?」

びっくりしすぎて思わずお茶を吹き出しそうになったけど獅郎の手前、止めた。え、ここ数百年虚無界で見ないと思ったら何やってんの!?

「うわ、アンタ昔から何考えてるかわかんなかったけどホントもう救いようがないバカね」
「貴女に言われたくありませんね、サキュバス。私だって驚きましたよ?まさか貴女が藤本君に飼いならされていようとは」
「誰が飼いならされてるって!?」
「今まで日ごとに男をとっかえひっかえしてきた貴女が一人の男に固執するなんてあり得ませんからね」
「ちょっとその人が男遊びしてるみたいな言い方やめてくれない」
「おや?違いましたか?まあ貴女はそういうのが日常ですからねぇ〜」
「うわすっごいムカつくこのド派手ピンク…っ」

ほんと昔からメフィストはこういうヤツだ。何その嘲笑うような瞳。私の今の姿はメフィストは知らないはずなのに一目会っただけで私だとわかる。まあ悪魔同士なら当然なのだけど。最後にメフィストと会ったのは二百年近く前、確か容姿は悪魔本来の姿だったはず。

「なるほどな仲良いんだなお前ら」
「どこが!?」
「ま、今はとりあえず半居候って感じだなー」

獅郎はぽん、と私の頭に手を置く。うう…これじゃメフィストにキレられない。

「しかし君が悪魔である彼女を祓わないとは」
「コイツは悪さをするヤツじゃねぇってお前も知ってんだろ」
「悪さねぇ…サキュバスはどちらかというと男の願望を叶える悪魔ですからね」
「そうそうほんとこの巨乳とかたまんねぇよ」
「言いながら触るな!」

会話しながら私の胸を揉んでくるエロ神父、獅郎の頬をつねれば「いだだだだだっ」と呻く。その様子を見てメフィストが意外そうな顔をした。

「…何?」
「……驚いています。貴女がそんなことをするなんて」
「は?」
「……いや、なんでもありませんよ」

意味深なメフィストの言葉が気になったが獅郎が急に真剣な表情になった。

「で、アレはどうなった?」
「はい、一応書類を持って来たので」

祓魔師の仕事の話か…なんだか居づらいな。……獅郎は優しいけれど、私と同じ悪魔を葬る人間なのよね。…忘れかけてたけど。

「…じゃあ私は礼拝堂にいるね」
「すまねぇな、サキュバス」
「終わったらお呼びします」

私は部屋を出て礼拝堂へ向かう道を進む。……獅郎は祓魔師。悪魔の大半は物質界のあらゆるものに干渉し、人に害をなす。……私は、どうなのだろう。獅郎は私を「悪さはしない」と言ったけれど。人間の男の望む姿に変身し、彼らの精気を食べる私は本当に、「人に害をなさない」のだろうか。……私は人間を苦しめたりしていないのだろうか。

(……獅郎)

悪魔の中でも下級で、人に憑依することもできず、悪魔としての戦闘能力も低い私ができることは…姿を変え、男と交わることだけ。でもその能力と性質は悪魔、人間問わず男達を魅了してきたつもりだ。……私はなんのためにそんなことをしているのかな。ねぇ獅郎…………でも私は、……今獅郎といるのは……ただの食事だけじゃない気がするの…。交わるだけじゃない。お腹が空いていない時でさえ、獅郎に会いたくなる。だから何度も会いに行って、話して、人間の食事をして、笑い合う。………胸がざわめく、獅郎を想うだけで。この感情は何?……わからないけど、…………もし私が人間で、獅郎と同じ時を生き、やがては共に死ぬことができたら、って



私が、人間だったらよかったのになんて思う私がいるんだ。




望みよ…




■あとがき
サキュバスが獅郎に対して初めての感情を抱いていきます。ちなみにメフィストとはサタン繋がりで知り合い。メフィストにとっては父親の愛人という複雑立場ですが悪魔界では普通にそういうの平気な感じだと思っていますー。


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