よみもの



4.ご公務に随行します




 リィシン様のご公務のひとつに、皇家所有の古代遺跡の調査、管理があります。

 この遺跡は皇都に集中していて、創世記に神木ユグドラシェルが生み出した最初の人族──ユグドラシェル皇家の先祖が創り出した文明の跡だということで、皇家に所有権があります。

 古代文明は今では考えられないくらい発達していたようですので、今後、他星と対等に渡り合うための重要な資料になるとかで、密かに注目を浴びています。


 そう、他星と対等な力を得るために。

 そのためにリィシン様も皇族になられるのですよね。血を護り、遺すために。

 勇者様も皇女様も、御子様方を皇族にするのは反対でした。御子様には自由に生きて欲しいと願われていたからです。けれどもユグドラシェルの血を引くリィシン様は、双子の妹姫であられるリィファ様とともに精霊の加護を強く持ち、高い魔力をお持ちでした。それは従兄であられる皇太子ルドルフ殿下よりも強いとの噂です。

 ですから、皇家に仕える神殿はリィシン様もリィファ様も離したくなかったのです。皇家の威光を保つために。そして……あまり言いたくはありませんが、もし他星と戦争になったとき、現時点で一番の戦力となるのがユグドラシェル皇家と、それに連なる方々だからです。

 特にリィファ様は召喚以外の魔法陣も研究なさっていましたので、戦力を向上させたい軍部からも熱心に引き止められていました。

 でも、リィファ様は留学先で大切な方と出会われてしまいましたから。その方と一緒に生きていきたいと願われたのです。

 リィファ様を留学先の星に残すことを神殿側が反対したため、御子様の幸せを願う勇者様と皇女様が神殿と対立することになりました。

 それを知った星の民がグリフィノー家を支持したり、星の行く末を憂う者たちが神殿を擁護したりと、世界中を巻き込んで長い間揉めていましたが、最終的にはリィシン様が新設される皇族家──公家と言うそうです──のひとつを継ぐことを了承することで神殿側を納得させました。リィシン様も皇族になるのは嫌だったそうですが、妹姫のために犠牲になられたのですね……。


 その事実を先輩方から聞かされたときには胸を痛めたものですが。

「あの方は割りと自由な人だから、こっちが心配することはないのよ」

 と、ジュリア先輩が笑っていました。

 確かにリィシン様は、遺跡調査の依頼が来ると嬉しそうです。小さな少年のように深海色の瞳を輝かせて、剣を携えて遺跡に向かわれます。遺跡には古代にいた化け物なのか、『星の癌』と呼ばれる魔物が出現します。ですから、新たに遺跡が発見されたときには、高い戦闘力を持つリィシン様に魔物を討伐していただいて、それから考古学者たちが入るようになっています。

 ……一番お護りしなければならないお方に対して、何故そんな危険なお願いをするのでしょうか。

 そう思わなくもありませんが、勇者様と皇女様のご子息であられるリィシン様は誰よりも強い方ですからね。誰も文句は言いません。当のご本人が一番楽しそうで、生き生きしていますし。


 そのご公務に、ノギク様もご同行されます。

 魔力もなく武術の心得もないノギク様が、何故そんな危険なところに! と反対しましたら、

「だってシンくん、私がいないと迷子になるんだもん。一緒に行ってあげなくちゃ」

 と、朗らかに笑いました。

 それこそ、誰かに随行させれば済む話なのに……。でも先輩方は誰も止めません。みんなにこにこ笑顔で送り出そうとするのです。何故。


 そういうわけで、女官の私も随行いたします。

 私が侍女から女官に引き上げられた最大の理由が、官位を持っていればこういったご公務に随行出来るからです。侍女は公務などの公的なお仕事への同行は認められていませんので、常にノギク様のお傍でお護りするにはこの身分が必要だったのですね。

 城の中よりも外の方が刺客も狙いやすいはず。

 そして遺跡内部は恐ろしい魔物の住処。

 私がノギク様をしっかりお護りせねば──と、気合を入れて遺跡調査に随行したのですが。

 現在、私はリィシン様付きの侍官と一緒に、分厚い天幕の下でまったりとお茶をしているところです。何故。



 森の中に新たな遺跡が発見されたのはつい先日のこと。すぐにリィシン様に遺跡内部の魔物討伐依頼がきましたので、急ぎ随行員を選出し、考古学者の皆さんと一緒にスケジュールを組みました。

 今回は皇都の北端にあるノーティスの街まで行きますので、宿泊することになります。

 何日かかるか分からないので、余裕を持って宿泊場所の手配をし、食材やお茶の手配をし、ノギク様のお泊りセットを用意し、前日にはいつも携帯している暗器をしっかりと手入れし、ドレスの中や装飾品に忍ばせて準備万端に挑んだのに……。

 

「いい天気ですねぇ」

 ティーカップを手に、侍官──エーリッヒ=カイル=ランドーク侯爵子息様が穏やかな笑みを浮かべました。遺跡入り口前に設置された天幕の外の青い空を見上げて、のんびりとしたご様子です。

「そうですね……」

 私はテーブルの上に置かれた白いティーカップを見つめながら、居心地悪く小さくなっています。

 リィシン様の侍官は、私の先輩であるカサンドラ様のお兄様であられます。ランドーク家は議会でも強い発言力を持つ家ですが、カサンドラ先輩が嫁げば宰相様とも繋がりが出来ますからね。更に凄いお家になられるようです。

 そんな凄い人とお茶をしているわけですが、私が小さくなっているのは身分の高いお貴族様を前にしているからでも、エーリッヒ様が目が潰れそうなほど見目麗しいお方であるからでもありません。



「そのように硬くならずとも大丈夫ですよ。まずはお茶でも飲んで落ち着かれては?」

 エーリッヒ様はカサンドラ様と同じ豪奢な金の髪を揺らし、青い瞳を細めます。

「はい……」

 生返事をして、私は目の前のティーカップを睨みつけるように見続けます。膝の上に置いた手を、ぎゅうっと強く握って。

 私が小さくなっているのは、古代遺跡という危険な場所に、主人のみで行かせている状況に恐れ戦いているためです。

 何故、何故、ノギク様付き女官のこの私が、危険な場所に赴かれているノギク様を差し置いてのんびりお茶など飲まなければならないのでしょう。

「ご心配には及びませんよ。あの方がご一緒で、妃殿下に何かあるとは思えませんから」

「ですが、私はノギク様をお護りするためにここにいるのです」

 ぎゅっと眉間に皺を寄せると、エーリッヒ様がクスリと笑いました。そして耳につけているインカムに左手を添えました。

「殿下、現在はどの辺りですか?」

 ジジ、という機械音が、私も付けているインカムから聞こえてきました。私たちの他にも学者たち、周囲を警戒している騎士たちもこれをつけて、情報を共有しています。

『地下七階くらいかな?』

『さっき階段を下りたんだから、もう八階だよぉ。仕掛けもないみたいだし、たぶんここが一番下だと思うよ』

 すぐにリィシン様の声が聞こえ、その後、ノギク様のお元気そうな声も続きました。良かった。

「妙な仕掛けなどはありませんでしたか?」

 この声は考古学者の方ですね。隣の天幕で色んな道具をリュックに入れて、遺跡に潜る準備をされています。

『ヤバそうなのは触ってない。魔法陣で封印されてたから、ノルドに見て欲しい』

「畏まり〜、我が君〜」

 ヒヒヒ、と妙な笑い声が聞こえてきました。これがノルドさんですね。

 ノルドさんは魔法陣を専門に研究されている方です。喋り方の通り、見た目からして変人な彼は、同じく魔法陣を研究されていたリィファ様を色んな意味で欲して、求婚して、リィファ様本人にフルボッコにされた挙句にリィシン様からもフルボッコにされ、それでもめげなかった鉄の心臓の持ち主です。仕事は出来る方ですので、リィシン様もノギク様に害がなければいいや、と今は淡々と接しています。

 一通り遺跡内部について報告したリィシン様は、再びエーリッヒ様と会話をします。

『大体の掃除は終わったから、そろそろ戻る』

「分かりました。学者の皆さん、そろそろだそうですので、ご準備をお願いします」

「了解です!」

『よろしく頼むー』

 ジジ、と機械音がして、通信は終わりました。

「この短時間で、もう攻略されてしまったのですか……」

 私は驚きを禁じ得ません。遺跡には魔物が出るのです。その数がいくら少なくとも、攻略には何日もかかるはずです。それなのに、お二人が遺跡に潜られてから、まだ半日ほどしか経っていません。

「あの方は迷宮のプロなのですよ。幼い頃に星を渡り歩いていたという話は貴女も聞いているでしょう」

「はい」

「罠や仕掛けの知識もさることながら、危機察知能力にも長けていらっしゃる。そして一番の強みである精霊召喚術。ご自分だけの方が身軽に移動出来ますし、あの方が妃殿下をお護り出来ないような場面では我々などいてもいなくても同じです。かえって足手まといになりますよ」

 エーリッヒ様の言葉に、私は唇を噛み締めました。

 確かにノギク様はリィシン様と一緒に行動されるのが一番安全で、不測の事態に陥ったときに、護るべき対象が一人だけの方がリィシン様も動きやすいのでしょう。

 不甲斐ない。

 生まれたときから訓練されてきたというのに、まだ主人を護るのに力が足りないとは。

「まあ、そう難しく考えることはありませんよ」

 エーリッヒ様は微笑みながら私の眉間に手を伸ばし、そこに寄っている皺を伸ばすように撫でてくれました。

「殿下は、妃殿下とデートをしているのです」

「……は?」

「城にいると、私たちのような者が四六時中張り付いていますからね。まったく気が休まらないのだそうですよ。恐らく妃殿下もそうなのではないでしょうか」

「それは……」

 確かにノギク様は平民の出でいらっしゃいます。いくら身の安全のためとはいえ、一日中他人に張り付かれていたら堪らないのかもしれないけれど……。

 そういえば、先輩方はにこにこ笑顔でお見送りしていました。危険な公務であるはずなのに、まるで……そう、デートに行かれるお二人を微笑ましく見送るような雰囲気で。

 そういうことだったのか、と顔を上げると、エーリッヒ様も笑顔で頷きました。

「我々はお二人のデートを邪魔しないようにしつつ、自分に出来ることをすれば良いのです」

「こんな地下の、罠だらけの遺跡ですが……」

「お二人にとってはどんな場所でも楽園なのでしょう。楽しそうだし、良いのではありませんか」

 そう言われると、そんな気がしてきます。

 確かにお二人とも満面の笑みで、腕を組んで仲良さそうに歩いて行かれましたからね。

「……分かりました。戻られるお二人のために、おいしいお茶を準備しておきましょう」

「そうそう、それが良いですね」

 にっこり微笑んだエーリッヒ様は、優しい手つきで私の頭を撫でてくれました。何だか良いお兄さんな方です。

 そう認識した次の瞬間、エーリッヒ様がピクリと指を動かしました。

 私も感知してドレスのベルトに仕込んでいたナイフを投擲しましたが、それを上回る速さでエーリッヒ様のダガーが飛んでいき、十メートルほど離れた木の上から呻き声を上げて人が落ちてきました。黒装束の、いかにも怪しそうな人物です。エーリッヒ様は素早く敵の元へ駆け寄り、ナイフでぐっさぐっさとメッタ刺しにしました。……急所は外しているようですが、関節を狙ってやっています。逃亡防止でしょうが……少しやり過ぎでは。

 呆気に取られているうちに騎士様たちが駆けつけ、刺客らしき黒装束の者を縛り上げてどこかへ連れて行きました。

 エーリッヒ様はダガーやナイフに付いた血液を布で綺麗にふき取ると、笑顔で戻ってこられました。侍官服に返り血が一切ありません。凄い、プロですね。

「殿下に同行しなくとも仕事はあるでしょう?」

「そうですね、私も気をつけます」

「その意気です。貴女は素晴らしい護衛になれますよ。私たちの主人に牙を剥こうとする愚か者を一緒に始末していきましょうね。あんな下種どもに手加減は不要です。生きていることを後悔させてやりなさい。そしてその裏にいる黒幕はとことん追い詰めて地獄を見せてやるんだよ……」


 にっこにこのいい笑顔です。なのに酷い暴言が聞こえた気がします。

 ……あれ、この方、もしかして凄く怖い人でしょうか。









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