よみもの



1.完璧侍女が奉公に上がります




 私がこのお屋敷に勤めることになったのは、母のたっての願いからでした。

 母は昔、勇者様と皇女様がお住まいになる西の離宮で侍女を募集された際、商人の娘でありながら面接へと乗り込んでいき、見事玉砕したことがあります。

 通常ですと、元から離宮で働いている方とか、皇宮勤めの文官様だとか、近衛騎士団の隊長クラスの方とか、神殿関係の方とか、そういった高いご身分の方のご紹介がないと勤めることは出来ないのですが、この時は『能力があるならば身分は問わない』というお触れだったのです。きっと勇者様が平民の出なので、同じ価値観を持つ使用人が欲しいと乞われたのでしょう。

 勇者様と皇女様は皇都ではもちろん、世界中の民の憧れでした。

 世界を滅ぼそうとしていた魔族の王を打ち破り、魔王に苦しめられていた惑星王、そして皇女様をお救いし、世界に安寧をもたらした英雄である勇者様。そして、創世記において、この星を創り賜うた神木ユグドラシェルが、自分の意思を伝える者として生み出した最初の人族の末裔である皇女様。神木の守り人、精霊族に祝福された『神の威を代る者』、現人神としてこの星に君臨する尊いお方。そんな方々を間近で見れるかもしれないのです。世界中の人々が心を躍らせました。


 お二人は十年ほど行方が分からず、世界中の人々が心配したものですが、それも魔族との講和条約を結ぶための知恵を求め、身分を隠して他の惑星を旅されていたためだとお聞きしました。すでに御子様もお二人誕生なされていて、ご帰還の際には世界中が歓喜に湧いたそうです。

 そんなお二人に惑星王が結婚祝いと出産祝いとして贈られたのが、皇都の西に建てられた離宮でした。皇族の方がお住まいになるには少々賑やかな市井にあり、警備上の問題もあったそうですが、世界をお救いになった最強の勇者様のお城に忍び込む馬鹿で恩知らずな輩などいないだろうということで、こちらに住むことが決まりました。

 そこで、新たに侍女を募集されたのです。

 侍女ばかりでなく、料理人や小間使いなど、数人の募集もありました。そこに世界中から人が殺到しました。

 勇者様にご恩を感じられている方。皇族に御奉仕しようという信心深い方。自分の力を是非お二人とご家族のために、という純粋な志を持ってやってきた方は良かったのですが。

 お二人の御子様に自分の子どもを近づけてあわよくば、と考えている高貴な身分の方々、勇者様と皇女様の名前に縋って美味しい汁を啜りたい方、平民の中には単にお二人の姿を見たいだけ、なんていう方もいまして、大混乱になったそうです。まあ、そういった野心溢れる方々は次々に落とされていったそうですが。私の母含め。

 一介の商人の娘が、やんごとなき身分の方々の身の回りのお世話が出来るなど、何を夢見たのでしょうね。

 ですが、母はそれを夢で終わらせるつもりはなかったのです。

 お城勤めの募集が出るたびに応募しては落とされ、やがて私が生まれると、今度は『この子を完璧超人に仕上げて勇者様のお役に立ててみせる!』という迷惑な目標を掲げだしました。

 侍女としての礼儀作法はもちろんのこと、文字の読み書き、計算の仕方、皇族に関わる歴史の丸暗記、貴族の子女並のマナー教育、料理、裁縫、掃除、洗濯も当然のように仕込まれ、更には御子様の身の安全を護るための護身術から殺人術まで。

 私の教育にお金がかかりすぎると父が言えば、ならば商会を大きくしよう、と母が陣頭に立ち、本当に大きくしてしまいました。おかげさまで、我が家は皇都一の商会になりました。

 父がこんな大商会自分の手に負えないよと泣き言を言えば、今度は息子──私の弟ですね──に商人としての英才教育を施し始めました。……弟と私は遊ぶことも許されず、寝る間も惜しんで勉強させられ、もう耐えられないと泣きながら家出を決行しました。

 けれども鬼の形相で追いかけてきた母に、問答無用で家に戻されてしまいました。……殺人術まで極めている娘を、ただの商人の妻であるはずの母が、です。私と弟はこの時、自分の母の執念深さに恐れ戦き、丸一日正座をしてのお説教に辟易しました。そしていつか母から解放される日まで、挫けることなく頑張ることを誓い合ったのです。




 そのかいあって、私は見事、西の離宮の侍女として働けることになりました。

 弟は先に母から解放された私に羨望の眼差しを向けていました。頑張れ、弟! 姉は遠くから君を見守っているよ……!



 そうして私は意気揚々と、勇者様ご一家のご奉公に上がったのでございます。






 

 

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