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11.夏芽はゆっくり育ちます
カサンドラ先輩のご結婚が決まりました。
結婚されてもノギク様付き女官として働くそうなので、特に引き継ぎなどはありません。カサンドラ先輩は平民の私を見下したりしない良い先輩ですので、また一緒に働けると知って一安心です。
ノギク様も結婚祝に贈ると約束していた『ちょっといかがわしい下着』の製作に取り掛かっています。
「ねえ、キャスに贈る『夜の戦闘服』、こんなのどうかな?」
と、いくつかのデザイン画を見せてくださいました。侍女さんたちが悲鳴を上げます。
最近ではちょっとアレな下着も大分受け入れられてきましたので、『こんなの恥ずかしい!』ではなく、『ちょっとこれ素敵、私も欲しい!』な悲鳴です。……私にはまだ早い大人な下着ですので、私だけはちょっと後退りしましたけれども。
「ギュンターさんに頼んでキャスの婚約者さんの好みを聞いてきたから、こんなカンジでバッチリだと思うんだぁ」
「まあ、素敵です!」
「カサンドラ様にお似合いですわ!」
「ええ、カサンドラ様の気高さを損なわない、美しいデザインです!」
侍女さんたちが褒め称えています。
ギュンター様、大活躍ですね。というか、どうやって聞き出してくるのでしょうね、そんな聞き辛いことを……。
「キャスの分が終わったら、今度はマリちんの作りたいよねぇ」
「まあ、マリオン様にもお相手が?」
「それは存じませんでしたわ!」
「えっ、いえ、おりません!」
矛先を向けられて、私は慌てて首を横に振ります。
「マリちん、モテそうなのにねぇ」
ノギク様の視線は私の胸に注がれています。この二年で更に大きくなりまして、女官服がパツパツになってしまいました。先日サイズ直しをしたところです。……ノギク様、胸が大きくともモテるとは限らないのですよ……。
「そうよね、マリオン様は成人なさったことだし、そろそろいいお相手を見つけてもよろしいわよね」
侍女のお一人がそんなことを言い出しました。
「なら私の息子はどうかしら。顔は平凡だけど、真面目で働き者なんですよ」
「私にも兄がおりますわ。神殿に神官として勤めておりますの。いかがでしょう、マリオン様」
「私の弟は皇城の警備をしておりますのよ。剣の腕もなかなかですし、マリオン様にピッタリですわ!」
「え、え、いえ、あの、私まだお付き合いとか考えておりませんので……」
「いいじゃないですか、お友達として会ってみてくださいよ」
「まずはウチの兄から!」
「いえウチの息子からお願いしますマリオン様!」
「ええ、あのー……」
何故皆さんそんなに熱心に薦めてくるのですか。ジリジリと詰め寄ってくる皆さんの目が怖いです。
「あっ、そろそろシオン様のお昼寝の時間が終わる頃ですね、私様子を見てまいります!」
ここは逃げるが勝ちです。
私はささっとノギク様の私室を後にしました。
カサンドラ先輩の結婚が決まってから、私に縁談を勧めて来る方が増えた気がします。確かにノギク様付きで未婚なのは私と騎士様のお一人だけなのですけれど。
でも成人したとはいえ、まだ18ですし、お付き合いとか全然考えられないのですよね。例え弟のマリウスがアイリス様と休日に外でデートをする仲になっていたとしても……くっ! 弟のくせに! 生意気な! でもおめでとう!
溜息をつきそうになるのをグッと堪え、背筋を伸ばして廊下を歩いていきますと、前方から赤髪の男性が黒いマントを翻しながら歩いてこられました。リィシン様です。ご公務が早く終わったのでしょうか。
私はすっと廊下の端に寄り、両手を胸の前で組んで頭を垂れました。
「……お、マリオン?」
通りすがりにリィシン様が私に気づいたようで、お声をかけてきました。
「はい」
私は頭を垂れながら次の言葉を待ちます。
「シオンは起きてるか?」
「今、お部屋に見に行こうとしていたところです。お目覚めでしたら剣の稽古を、と思っていましたが……」
「そうか。なら今日は俺が相手をしよう。起きてたら訓練場に連れて来てくれ」
「畏まりました」
「野菊は?」
「カサンドラ様の結婚祝のデザイン画を描いておられます」
「あー。……じゃ、シオンと遊んだ後に顔を出すよ」
「はい。ではそのようにお伝えします」
「よろしく頼む」
リィシン様が通り過ぎたので頭を上げると、その後ろを歩いていたエーリッヒ様が振り返って小さく手を振っておられました。今日も眩しいほどの麗しいお顔です。
何やら口パクをしているので良く見てみたら、『吸血族から新しい種を貰ったから後であげるよ。今度のも凄いよ』でした。また頂いたのですか……。
『いりません』と口パクで返して、シオン様のお部屋へ歩き出すと、黒髪の少年が扉の前に立っているのが見えました。ヴィルヘルム様です。
本日のシオン様お昼寝担当はヴィルヘルム様なのですね。私が礼をしますと、彼も礼を返してくれました。
「シオン様の様子を見に来ました」
「分かりました」
ヴィルヘルム様は頷いて、扉を開けてくださいました。中に入ってもうひとつ扉をくぐると、侍女さんがひとり、シオン様が眠っているベッドの横に置いた椅子に座り、刺繍をしていました。
ベッドの中のシオン様はよくお休みです。
まだ目覚める気配はありませんね、と侍女さんと視線を交わし合い、お部屋を出ました。
「まだお目覚めではありませんでしたか」
扉の前に立っているヴィルヘルム様に声をかけられました。
「ええ。しばらくここで待たせていただきます。リィシン様が帰城されて、シオン様と剣の稽古をしたいと仰せですので」
「分かりました」
ヴィルヘルム様は頷いて、前を向いて直立不動となりました。私もその隣に立ちます。
幾人か城勤めの者たちが通り過ぎていきましたが、私たちは無言のまま時を過ごします。
お仕事中ですから、私語は厳禁なのです。楽しい雰囲気を望むノギク様付きの私たちは、その辺りゆるーくなっていますから、こういう風にきちんと『お仕事モード』になるのは久しぶりです。改めて自分の立場を思い出し、身が引き締まる思いです。自然と背筋が伸びます。
静かな時間を過ごしていると、ふと、視線を感じました。ヴィルヘルム様が横目で私を見ています。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ」
ヴィルヘルム様はパッと視線を逸らしました。それから少しだけ居心地悪そうに眉根を寄せ、口元をきゅっと引き結びました。
なんでしょう、と首を傾げると、またチラリと私の方を見ました。
「……マリオン殿は、エーリッヒ殿と仲が宜しいのですか」
「ええと……仲が良いというか、はい、そうですね。いつも早朝訓練にお付き合いしていただいていますし、ご公務で一緒になることも多いですから」
「そうですか」
「はい。エーリッヒ様は侯爵家の方なのに、平民の私にも分け隔てなく指導してくださいます。ヴィルヘルム様も一緒に稽古をつけていただきますか?」
リィシン様命、なエーリッヒ様ですが、その腕は確かです。騎士学校を卒業されたと聞きますし、剣の腕もなかなかですよ。ヴィルヘルム様の相手として不足はないはずです。
「よろしいのでしょうか」
「ええ、他の騎士様も何人か参加されていますし。よろしければ」
「そうなんですね、では是非ご一緒させてください!」
「では後ほどエーリッヒ様にお伝えしておきますね。あの……危険を感じたら逃げてくださっても結構ですから」
「それほどに苛烈な訓練を行っているのですか。マリオン殿は女性の身であるのに……」
やけに感心したような目で見られていますが、そうではないのです、ヴィルヘルム様。
「確かに指導は厳しいです。私も未だに一撃も入れられませんし、他の騎士様も同様です。ですがそれとは別に、本当に身の危険を感じるときがあります。特に貞操の危機などを感じましたら全力で逃げてくださいね……」
ヴィルヘルム様の手を両手でがっしり握り締め、真剣な顔でそうお伝えします。
「え……は、はい、分かりました……?」
何のことやらよく分かっていない様子のヴィルヘルム様。
彼はまだ未成年です。私よりひとつ年下のようですからね。未成年にはさすがに手出ししないと思いますが……もし例の種の実験台にさせられそうになっても、私がお助けしますからね。初めて出来た後輩ですもの、先輩としてしっかり面倒を見ますから安心してください。
そういった意味を込めてぎゅっと手を握り締めると、真面目なお顔にさっと朱が走りました。あれ?
「ま、マリオン殿、その、手を……」
「はっ、あ、ああっ、申し訳ありません!」
慌てて手を離し、俯きます。
良く考えたらヴィルヘルム様は殿方ですものね。軽はずみに手など取ってはいけませんでした。年下だし後輩だし、つい、マリウスのような弟の感覚でやってしまいました。騎士様に対して無礼でした。
「すみません!」
「い、いえ」
顔に熱が集まってくるのを感じながら頭を下げると、何故かヴィルヘルム様も頭を下げてくれました。いえ、貴方様が頭を下げることはないのですよ。更に申し訳なくなってもう一度頭を下げると、向こうも更に頭を下げてきます。
そんなことをしていたら、扉が開いて侍女さんとシオン様が顔を出しました。
不思議そうな顔をする侍女さんにまた二人で「煩くして申し訳ありません!」と二人で頭を下げます。まだ起き抜けでぼうっとした目のシオン様も、こてりと首を傾げています。
「そ、それでは私はこれで」
「は、はい」
お互い視線を下に下げたままにして、ヴィルヘルム様と別れます。眠くてフラフラしているシオン様を抱っこすると、少しだけぐずられました。
「んやー、かーしゃん、かーしゃんがいいのぉ」
ぽよぽよと私の胸を叩きながら、シオン様は不機嫌顔です。
寝起きの抱っこはやはり母上様が良いのですね。いつも懐いてくださっているのに、寂しいです。
「はい、今お連れいたしますね。お父上様が戻られていますので、後で剣のお稽古が出来ますよ」
「とーしゃん? とーしゃん、とーしゃん!」
眠そうだった深海色の瞳が、ぱちりと開きました。シオン様はリィシン様と剣のお稽古をするのもお好きですからね。
元気に私の胸をぽよぽよするシオン様に私も微笑みます。
でも出来るなら、胸を叩く力を弱めていただけると嬉しいです。結構痛いですよ。
bkm
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